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虎は旅する  作者: しまもよう
アーリマ五公国編
391/458

洞窟で見つけた痕跡

次は7月13日の投稿を予定してます。


 俺が見つけたのは洞窟の入り口と、魔術陣が描かれている手のひらサイズの板が散らばっている様子だ。板はそれぞれの上部に穴があり、そこに紐が通されている。


「機能はしていないな」


 しゃがみ込み、紐を指に引っ掛けて持ち上げるが、それらに魔力は感じられず、地面に放り返す。

 おそらく、この紐は地面スレスレに張られていたのだろう。俺はあまり使うことはなかったが、板にあったのは虫除けの魔術陣だった。


 グルル《シルヴァーよ、これは微かに魔力が残っているぞ》


 地面に散らばる板を嗅いでいたアルが、そのうちの一枚を鼻先で示す。


「そうか! 気配を覚えておいてくれ」


 もちろん、俺もその魔力の気配を記憶する。

 魔力は人それぞれ少しずつ違う部分がある。確実とは言えないが、魔力でその人を特定することもできなくはない。


「このサイズの魔術陣にまだ魔力が残っているということは、術者はまだ近くにいるかもしれないな」


 小さめの魔術陣はたいてい1日から2日おきには魔力を入れ直す必要がある。入れ直さなければ魔力は自然に抜けていってしまうからだ。

 逆に言えば、まだ魔力が残っているのならその魔力の持ち主は1日から2日以内にはこの場所にいたということになる。そう、現時点でここから1日、2日で移動できる範囲にいる可能性があるのだ。


 グルル《探しに向かうか?》


「いや、まずはこの洞窟を調べてからだ」


 この洞窟から離れたあと、またここへ戻ってこられる保証はない。この場所が一段落したらロウ達のところへ加勢に向かうのだ。人型の核持ち(アグレッサー)という危険物をもし捕まえられたとしたら悠長に探索などしていられない。

 大人も子どもも隔てなくすぐそばに危険があって、対策を急がなければならないとギルドに、そして教国のマリ達にも急いで伝える必要がある。


「この時期のこの森にある“人”の気配。カーバンクルを傷付けたエヴィータ派の男と決して無関係ではないはずだ」


 もしかしたら、ロウが遭遇したという核持ちについても分かるかもしれない。

 研究資料でも残っていれば御の字だな。可能性は限りなく低いが。

 そんなことを考えながら、俺はそっと洞窟の中へと踏み込んだ。


 自然の洞窟なので、基本的に暗くて前方はよく見えない。俺はライトを浮かべながら進んでいく。


 パキリ


 途中で何かを踏んだ感触がし、俺は明かりを地面の近くへ寄せる。


「木の枝か……」


 何てことない、木の枝。拍子抜けしてふぅ、と息を吐く。


 グルル《シルヴァーよ、これも虫除けになる枝だぞ》


 ……この洞窟にいた人物はよほどの虫嫌いらしい。

 森に来ておいて虫を完全に避けるのは無理だと思うのだが、何かそうせざるを得ない事情があったのだろうか。


「馬鹿馬鹿しい。木の枝一つごときで……ん?」


 たかが木の枝一本に深く考察してしまった自分がおかしくなり、俺はそこで思考を切る。

 考えを振り切るように頭を振ったところ、視界の端にキラリと光るものが映る。刃物の煌めきではなかったなと思いつつ、まずは明かりを近づけた。


「透明な……ガラスか?」


 ガラスの破片が反射したのが見えただけのようだ。だが、こんな洞窟にガラス?

 ここを利用していると考えられる何者かが持ち込んだものと考えるのが妥当だろう。


 グルル《少し先にまだあるようだぞ》


 ガラスの欠片は洞窟の奥へ続いていた。奥に進むにつれてその欠片は大きいものが増え、もともと何だったのかが分かるものが出てくる。


「試験管だろうな……。ポーション瓶の可能性もあるか」


 グルル《こんな洞窟でポーションの開発でもしていたと?》


「開発まではいかなくても普通に作成することはあるのではないか? うん」


 仮にそうだったとしても、ポーション作成一辺倒であったとは当然、思っていない。

 というか、思えない。

 俺とアルは洞窟の中に作られていたその一室を見回した。壁側には魚や小動物の骨が積まれていたり、ガラス片がまとめられていた。木の枝を地面に刺し、糸を張ってそれぞれ置き場所を分けていたようだ。中央には何かの作業をしていたと考えられる台。ここにいた人物の荷物などは残っていないようだが、使えなくなったらしい器具が落ちていたりする。


「この森、魚とか動物とかちゃんといるんだな」


 数は少ないが。


 グル《問題はそこではないだろうが》


「そうだ。この実験室で何が行われていたのか、ここにいたのは一体誰なのかが問題だな」


 何となく、この森にいる生き物の少なさから察するものはある。たいして動物がいないこの森で、それでも実験するとしたら、対象になるのは……。

 きっとロウ達のところに現れた“人型”が答えだ。

 俺は壁の一方に近寄る。何か掘られているなと見ていたら、何となくその模様の並びが引っかかった。


 グルル《魔術陣か?》


「どうもそのようだ。……だが、これは」


 俺は首を傾げる。まだ記憶に新しい“最強の従魔の孵し方”の魔術陣に見た並びだったのだ。その魔術陣の、特に対象の能力を高めると指定している部分だった。

 この実験室にいた者はあの魔術陣を知っているのだろうか。


 グルル《知っているものか》


「知っている魔術陣の一部だというだけだ。ただ、対象物の力を引き出そうとしている部分だから気になるな」


 グルル《何に使おうとしたのか、いや、使われたのか、か》


「ああ。悪用のしようは色々とあるものだからな……一概には言えないが、もし、エヴィータ派の手にあったとしたら少しマズいかもしれないぞ」


 グルル《シルヴァーよ、ならばロウのところへ急いで向かうか? 人型などという信じられない核持ちが現れたというのだから、エヴィータ派が関わっている可能性は高いぞ》


「それはそうなんだが、まだ、見ておかなくてはならないところはある」


 アルの焦る気持ちは俺も分かる。先程の連絡時にはロウが危険な状況に陥っている感じはなかったが、その人型がかなりの力を持っているかもしれないことまでは分かっていないわけだ。

 物凄く加勢に行きたい。

 だが、それをグッとこらえて実験室の更に奥へ視線を向けた。

 この空間の奥にもまだ洞窟が続いているようなのだ。あまり時間をかけたくないのが本音だが、見に行かないという選択肢は無い。

 とりあえず、ロウにも伝えなくてはならない。そうして頭に咲いている花に魔力を流そうとして、はたと止まる。戦闘に入ってしまっていた場合、急な通話は危険かもしれないのだ。しかし伝えないのもまずい。

 俺はまずラヴィを対象にして連絡することにした。ロウにも聞こえてしまうのだが、自分が対象でない分、焦りはないだろうと思ってのことだった。


「ラヴィ、今大丈夫か?」


『っ! シルヴァーさんね。ええ、大丈夫だけど』


「人型の核持ちのことなんだが、もしかしたら予想より力が強いかもしれない。こちらで魔術陣の一部を見つけたんだが、力を引き出すといった意味の並びだった。それを試していた場合、その核持ちの危険性は跳ね上がるぞ」


『身を以て感じているわ』


「もしかして合流済みか?」


『ええ、ヨシズさん達はまだみたいだけど』


 ラヴィ達がついているのならヨシズ達も遠からず合流するだろうな。


「この会話、聞こえていると思うから大丈夫だろうが、互いに気をつけておいてくれ。捕まえるとか悠長なことを言っていられなければ全力でかかっていい」


『もちろん、そのつもりよ』


 懸念は伝えた。俺の方はもう少し洞窟の探索だな。この実験室以上のものは見つからない気がするが。


「アル、進むぞ」


 そうして進んでいくと、今度は生活空間が現れる。簡易的なベッドとテーブル、水桶となぜか盃のようなものが転がっていた。水はどこから? と思って調べてみると、どうやら湧き水があるようだった。


 グルル《住めなくはない条件は揃っているな》


「それなりの期間ここにいたのかもしれない。エヴィータ派だと思うか?」


 グルル《ああ。あの盃には覚えがある》


「盃に?」


 俺はそれを拾い上げてまじまじと見る。縁の近くには六つの花弁がある花で統一された花輪が描かれており、可愛らしい印象を持つ。


「とりあえず、これは持っていくか」


 それ以外には特に気になるものはなく、そして洞窟もそこからすぐのところで別の出口に出てしまった。ここの探索はここまでだろう。


「グリルを拾ったらすぐにロウ達のところまで向かうぞ」


 エヴィータ派に迫るヒントに近づいたと思ったのだが、掴もうとした手をすり抜けられてしまった気分だ。

 その思想が危険だということ、おぞましい実験を繰り返していること程度は分かっているか、その組織編成や拠点、そしてどんな人がいるのかはほぼ分かっていない。

 もやもやとしたものを抱えながら、俺は森を駆け抜けていった。

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