長の家にて
次は6月15日の投稿を予定してます。
カーバンクルの長の家は広かった。普通の人の家と遜色ないくらいだ。
「ここなら、グリルを放しても大丈夫だろうか」
ピィピィ鳴き始めた鳥を掴み上げ、その目に頑固な光が灯っているのを見て、俺はため息交じりに尋ねる。
ここで軽くでも遊ばせておかないとこの鳥は暴れそうだ。というか、暴れるぞと目が言っている。大人しくしているのに飽きたようだ。
《グリル? ああ、その鳥のことか。物を壊したりしないようであれば構わないよ》
ビャッ
許可が出たことを察したのか、バタバタと羽ばたいて俺の手から逃れるとグリルは部屋の中をぐるぐると回りだす。
「ぶつかって壊さないようにしろよ」
ビャッ!
返事は良いのだが、半ば飛ぶかのように走っているので、見ているこちらがひやひやする。
グリルはどう考えてもスピード狂だ。乗りこなすのにはしばらく苦労することだろうな。
そんなグリルを少し眺めたあと、俺はふとカーバンクルの方を向いて尋ねた。
「そういえば、名前があるんだな?」
《まぁね。不意をつかれてうっかり契約してしまう、なんてことがないように予防策として名前を持っている子もいるのさ。それに、互いに名前をつけることで結束を高めることにもつながる。最近は番う際に互いに名前を贈り合うようになっているよ》
「あら、素敵な文化ね」
《文化! ……そっか。文化とも言えるんだね》
ラヴィの感想にカーバンクルはどこか驚いたような顔をすると、どこか複雑な顔をして頷いていた。
何か変なことを言ってしまったのだろうかと不安になったのか、俺へと視線を向けていたラヴィも不思議そうに首をかしげる。
「文化という言葉に、何かあるのか?」
《いいや、素敵な言葉だと思うよ。ただ、文化は人の子の分野で我々の生活とは程遠いものだと断じていたから……そうだね、少しばかり驚いたんだ》
説明のようなものを言われたが、説明にはなっておらず、よく分からなかった。
「驚いた……」
《我々は人ではないのだから人の領域には触れないでおくつもりだった》
彼はぽつりと独り言のように呟く。
「ここまでの話を考えるに、文化は人の領域なのか? だが、そのことが何か問題でも?」
《私にとっては。……私はね、幻獣はいずれただの獣として世界に紛れてしまうのが一番幸せな道だと思っていたんだ》
肌を冷やすような風が部屋の中を通っていく。そこに落ちたその言葉もひやりとさせる諦観を感じられたが、同時に叶うならば、というような淡い希望のようなものも混じっていた。
《我々が我々の役割を果たしたとしても、結局人がそれを消費し壊していく。悲しくて、空しくて、それしか道がないと思っていたのだけど……うん、そういえば名前を贈り合っていたルブランやラウラは幸せそうだったなぁって思えば、その考えはもしかしたら間違っているのかもしれないと感じたんだ。上手く説明できないけど、我々はきっと、人の領域に触れて喜びを感じるのも嫌いではないんだよ》
「そうなのか。何か、迷いみたいなのが吹っ切れたみたいだな」
にこりと笑って見せたカーバンクルに戸惑いながら、そう返す。だから何なのか、と言ってみたくもあったが、ちょうどそのとき、人の気配が家の前に集まって来るのを感じ取る。
俺が振り返るように動くと、カーバンクルもそちらへ顔を向けた。
《来たみたいだね。私は彼らを案内しに言ってこよう。君達はこの部屋でのんびりお茶でも飲んで待っていてくれ》
「ああ」
お茶は話している途中で一匹のカーバンクルがふよふよと浮かしながら持って来てくれたのだ。カーバンクルには不釣り合いな、人用のカップで持ってこられたそれにラヴィが驚いていた。
幻獣は、とひとまとめにして言って良いのかは分からないが、少なくともカーバンクルは人との交流が間違いなくあったのだろう。
「あっ、シル兄ちゃん」
「シルヴァーとアルがここにいるってことは魔力を吸い取るあれはもうないってことか」
部屋の入口から顔を出したゼノンに俺は手を軽く振る。
「ああ、俺とアルも来られるようになっている。……そちらは無事なようだな。まったく、これっぽっちも! 連絡が来なかったから俺の方は気を揉んでいたわけだが」
「あ……」「あはは……」
「すみません……」
ヨシズがしまった、と明らかに今まで忘れていた顔をし、ゼノンは連絡を忘れていたことに気づいており俺の方の状況も予想がついていて改めて指摘されたことでうやむやにできないと悟った諦めの顔で、そしてロウは素直に謝っていた。
「まぁ、無事で何よりだ。イェーオリ達はどうだ?」
「何とか無事だ。それより、ティリーはどうなっている?」
イェーオリは俺とラヴィ、アルしかいないのを見てから、真っ先にそう尋ねてきた。
「治癒はした。血が流れすぎている感じだったからシルキーが増血薬を投与している。命に別状はないから安心すると良い」
「そうか。良かった……失うわけにはいかないからな」
「そうなのか。それにしては、本人は危険にも飛び込んでいきそうな危うさがあるが?」
「そういう年頃でもあるんだ。まぁ、俺達が守れば良いだけだからな」
対象が危険に飛び込んでいくようであれば、守り切れるかどうかは怪しいと思う。
思ったのだが、口に出すことはしなかった。
《それじゃあ、今回のことについての説明と、私の方からはいろいろ聞かせて貰いたいことがあるから、そこまで付き合ってもらえると助かるね》
カーバンクルが1匹と他人間(従魔は勘定に入れず)という、この村ではそうそう無いような顔ぶれで輪になって座る。
《まずは感謝と謝罪を。ラウラを……あの、黒くなったカーバンクルを助けてくれてありがとう。同時に、我々の事情に巻き込んでしまって申し訳ない》
床に降り立ち、深く深く頭を下げて見せるカーバンクルの長。
「いや……」
この件に最も被害を受けたイェーオリ達は、お互いに困ったような顔をすると、許すとも言えずに一言零すだけだった。
《許しを得ようとは思っていないよ。きちんと誠意を見せて、今回のことはしっかり説明させてもらうから》
と、黒のカーバンクルについて細かいところまで知ることができた。
――遡ること二月前。
カーバンクルの村に人がやってきたのだという。紺の髪にシルバーグレイの瞳の男で、格好こそ旅人のようだったそうだが、所作は貴族のような身分にあると察せる程度には整っていたそうだ。
「貴族を知っているのか」
《私を含め、昔から生きている者もいますからね。見たことはありますし、関わったことも、少しは》
カーバンクルの寿命はエルフ並みに恐ろしく長いのだろうか。思考が逸れそうになりつつも、話に集中する。
――そんな彼はその日、黒のカーバンクル……ラウラの家に泊まることになった。その時はまだ客用の家が育っておらず、一晩くらいなら大丈夫だと判断してしまったという。
(あの“きのこの家”は育てるものらしい……)
いまならそんな怪しい男は野宿でもさせておけばいいと言えるが、不運なことにその日は人間を知る者がほとんどいなかった。長達は以前の住居からやってくる第二陣に付き添っており、不在にしていたのだ。
悲劇はその晩に起こる。
具体的に何があったのかはラウラ自身もよく覚えていないそうだ。ただ、その子どもが一部を見聞きしていた。異様な力を感じる赤い石と、『魔獣を以て魔獣を従える』という言葉、そして『我等が神に栄光あれ』。
《……君たちも、思い当たる節があるようだね》
「そうだな……」
予想通り、黒のカーバンクルはエヴィータ派の被害者であったのだ。




