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虎は旅する  作者: しまもよう
アーリマ五公国編
384/458

黒のカーバンクル

次は5月11日の投稿を予定してます。


 ***



 一方、イェーオリ達は――


 ティリーとアルをこの空間から飛ばしてからしばらく経った。黒のリスは未だ健在。そもそも殺してしまわないように抑えているのだから、そうでなくては困る。

 黒リスが狙うのは人に限っているので、この場でその可能性があるのは5人。トリッパーのルイも人枠だ。

 不思議なことに、黒リスは狙ったその人以外からは意識が逸れる。だから誰が狙われているのか判明次第、他の面々が抑えに動くのだ。それを5分〜15分のインターバルで行っていた。

 面倒ではあるが、休むこともできるのでそう大変でもないというのがゼノンとしての感想だった。全方位を警戒する必要がないのでむしろ楽かもしれない。


「あの黒いの、本当にもとに戻るのかな?」


「さてなぁ……白いのの話だと今も少しずつ悪い魔力を減らしているっつうことだが」


「変わっていない気がするけどね」


 一息つきながら、イェーオリとそう話す。今狙われているのはルイで、抑えにかかっているのがライスとフリオだった。この二人はそろそろ抑えるのも手慣れてきている。


「ルイいわく、あれにはどうやらアグレッサーの気配もあるらしい」


「アグレッサーというと……核持ちの魔獣?」


 最近はシルヴァーとヘヴンが核持ちと言っていたので、とりあえずゼノンは自分のリーダーに倣う形で核持ちと言っている。

 一方でイェーオリ達はアグレッサー一択のようだ。こだわりというほどのものはないが、向こう側で核持ちと言っても通じないからアグレッサーという呼び方を使い続けるのだという。

 とはいえ、核持ちと言ってももう通じるようになっているので、イェーオリは軽く頷いた。


「そうなるな。魔力溜まりと似たような感じで消すことができそうだと話していたぜ」


「いつ?」


「ああ……ちょうど、お前さんが追いかけ回されていたときか」


 黒リスにちょうど狙われたときのことらしい。

 追いかけられたという言い方にはその時の自分には余裕がなかったかのような印象がつく。

 実力不足を暗喩されているように感じてイラッとしたゼノンだが、しかし見方によっては確かにその通りなので反論はできずに黙る。


「……それでピュルテを派遣って話になったんだ」


 そう言って嘆息する。

 ヘヴンの声が突然頭に響いて跳び上がってしまったのがつい先程のこと。黒リスに狙われているところだったら地面に足を取られてすっ転んでいたかもしれない。それほど驚いたのだ。


「ピュルテは、あーっと……」


「能力としては魔力を散らしたり浄化吸収する感じだったよね。本人達もすべて分かっている感じじゃないみたいだからまだ他にも特性があるかもしれないけど」


「……新しい種族って不思議だよな」


 イェーオリはピュルテとトリッパーについてまだ困惑があるようだった。


「こっちもそんなに遭遇することはないけどね……あ、休憩時間だ」 


 黒リスが動きを止めたのを見て、ゼノンが心なし姿勢を変えた。ちょうどその時、白い影が寄ってくる。


《お前らのやり取りを聞いていると気が抜けるな》


 念話だというのに盛大にため息をついていると分かる声とともにふわりと白いリス……もとい、普通のカーバンクルが一匹だけ二人の間に浮かぶ。


「緊張しっぱなしも大変でしょ。というか、ここに来たってことは次は俺が狙われるのかな?」


 黒リスに狙われるとき、この白リスが補助に回ってくれる。基本的に狙われる前に寄ってくるので、ゼノンは自分が次の標的になるのかと思ったのだ。

 ちなみにゼノン達の補助をしてくれる白リス達の中で、喋るのはこの個体だけだったりする。他のリスはどことなく警戒が滲み、積極的に近付いてこようとはしない。


《いや、次はこっちのイェーオリの方だな。何となく魔力が向いている。それは置いておいて》


「いや置いておかれても困るって」


《補助はするから心配するな。それより、連絡が来たと、伝えに来たのだ》


「連絡? あ、ヨシズさん達が着いたんだ」


《そのようだ。お前たちの誰かが迎えに行ってやれ。我らのうちの誰かが向かっても良いが、基本的に人をよく思っていないからトラブルになる可能性のほうが高い。それに、狩られても困る》


「あはは。カーバンクルがいるっていうのはシル兄ちゃんだって知っているからそこは大丈夫だと思うけどね。……じゃあ、俺が行って来るよ」


 ルイは黒リスに追いかけられていたので疲労困憊、イェーオリは標的予告あり、ライスとフリオは引き続き抑える係をするようだ。

 ここで動きやすいのはゼノン自身だと判断し、シルヴァー達を迎えに行くことにした。


「……あれ、ヨシズとロウ、マリヤに見慣れないピュルテ3人だけなんだ。シル兄ちゃんは?」


「アルと同じ障りがあるから留守番組だ」


 ヨシズから返ってきた言葉にゼノンはポン、と手を打つ。


「あ、そっか。何となくいろいろと中心にいるから今回もそうだと思ってた」


「流石のシルヴァーも下手したら即死しかねない状況じゃ強行しないってことだ。まぁ、来ようとしたが思いとどまらせた、が正しいか。それより、そっちの面々は大丈夫だったか?」


「ある程度決まった流れができたからかなり楽になっているよ。ただ、ちまちま進めていても終わらないからさ」


 黒リスの特徴について、ゼノンはヨシズ達を案内しながら説明する。

 分かっていることとしては、自分の魔力をきっちり抑えておかないと黒リスに近付くとすぐに魔力を持っていかれてしまうこと、黒リスの攻撃は魔法と鋭い爪のようなもの、正気に戻るのと狂気に駆られるのが交互にやって来ること、狂化中に狙われるのは人間のうち誰か一人だけであること、核持ちの魔獣の気配があることだ。


「ピュルテの力が通じれば良いがなぁ。核持ちだったら通用するが、混じっているらしいという点がどう作用するかだな」


「やってみなきゃ分からないんだよね、それ。レッツ、チャレンジ! ま、安心して。黒リスを抑えるのはもう手慣れたものだからさ――ライスとフリオが」


「そこで自分を含めないのか」


 ヨシズのツッコミに同意するかのように、新顔ピュルテ3人からもどこか冷えた視線が向けられる。ここへやってきた当初から緊張によるものか固い顔をしていたが、少しはほぐれたようだった。


「無理無理。盾もってないし。避けるのは簡単なんだけど傷つけずに抑え込むのは結構難しいんだよ。ヨシズさんならできるかもしれないけどね。専門だし」


「必要があるならやるが、最初は様子見だな」


 ゼノンはヨシズ達を連れて黒リスを留めている中心部へ戻ってきた。

 さて黒リスの様子は、と見てみると、ちょうど追い掛けられているイェーオリがこちらに走って来ているところだった。お互いにバチリと目が合う。


「あ……やべっ」

「あ、下がろっか」


 一瞬の判断でゼノンは右手を横に伸ばしてヨシズ達がそれ以上進まないように抑える。鉢合わせそうになったことで焦ったのか、その目の前でイェーオリが足をもつれさせ、地面へと倒れ込んだ。


《避けろ!!》


 イェーオリが倒れたのを好機とみたか、黒リスの魔力が瞬間的に強くなる。すかさず白リスが警告していたが、倒れ込んだイェーオリがすぐに立て直せるかというとそうではない。


「ヨシズさん、盾出して!!」


 守るように腕を伸ばしていたゼノンだが、その腕は軌道を変えてヨシズをガシッと掴んで前に引っ張り出していた。


「早速実戦って……くそっ!」


 ヨシズはここに来るまでに魔法を使うのはだめだと言われていたことは覚えていたので、大盾だけ出す。フォーチュンバード製の装備の良いところは、使用者が危険に陥ったとき、的確に現れてくれるところかもしれない。

 ガッと音が聞こえそうなほど勢いをつけて取り出した大盾を黒カーバンクルとイェーオリとの間に立て、自分はゼノンに引っ張られた勢いを殺さずに大盾の影に入る。

 その直後に襲い来る衝撃。そこそこのものが3回くらいだ。あの一瞬の溜めでヨシズにとってそこそこな攻撃を3回……侮れない相手だという認識を強める。


「大丈夫ですか、イェーオリさん」


 ロウが駆け寄って傷がないかどうかを確認する。大きな傷こそないが、ここまでの戦闘で小さな傷はいくつかあり、ロウはそこへ持って来たポーションをかけていた。


「おぅ、助かった」


 安堵の息を吐くとイェーオリは体を起こした。倒れたときに膝を打ったが、動きに支障はないようだ。


「はー、焦った。さて、そろそろ休めると思ったんだが」


「そうだね、()()()()だよ。えーと、ピュルテの力って今使える?」


 黒リスの様子を見ていたゼノンが3分にも満たないが休憩時間になったと肯定する。そしてマリヤの方を向いて尋ねていた。


「はい……使えます。これは確かに、核持ちの魔獣が混じっている感じですね」


 マリヤはそう言うと仲間に合図をして黒リスを囲むように動いた。それぞれに白リスが近付き、黒リスから向けられる魔力を散らしている。

 ピュルテ4人は黒リスに手をかざす。すると、見る間にこの空間にかかっていた圧が小さくなっていく。


《これは……驚いた》


 白のカーバンクルが目を丸くしてピュルテを見ていた。


「この黒いのみたいな相手に対する特効薬のようなものだもん。うまく行ってよかった〜」


 黒リスはピュルテの力に囲われてからしばらくすると漂白されたように白くなった。だが、意識はなくぐったりと地面に横たわっている。慎重に様子を診るが、普通のカーバンクルでしかない。

 ルイの言葉は本当に的確なものだったのだ。


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