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虎は旅する  作者: しまもよう
アーリマ五公国編
377/458

豊かな自然と油断ならぬ森6

次は3月16日の投稿を予定してます。


 もうカーバンクルに追いつけないし姿も見えない。それでも、とりあえずという感じで湖の周囲を見て回ることにした。


「少し見てくる」


 ぐるっとその場から周りを見て、端的に告げる。カーバンクルの捜索ではなく、周囲の安全確認のためだ。あのリスもどきが脱兎の如く駆けていったのだ。ひょっとしたら俺達が気付けない何らかの危険が近付いているのかもしれない。もっとも、たとえそれがなかったとしても、元から野営地の周辺は見回りをするものだからやることは変わらない。

 どちらから行こうかと考えつつ足を動かすと、ラヴィが跳ねるように立ち上がって俺の腕を取って言った。


「なら、私も行くわ! 一人より安全だもの」


「まぁ、そうだな。だが、休んでいなくて平気か?」


「当然。そんなにヤワじゃないわ」


 それでもここまで馬車を細かく制御してきたのだからそれなりに疲れていそうだとは思うが、彼女が言うのなら大丈夫なのだろう。


「軽く周りを見てくるだけだからな。湖側と反対側。どっちから見たい?」


「湖ね。ぐるっと一周してくるくらいで良いかしら」


「ああ、今のところはそれくらいで充分だろう」


 湖側とその反対側。どちらに行くかについてはラヴィがきっぱり湖と言ったことであっさり決まった。その場にいる面々に伝えると、俺は手持ちの武器を確認し、備えておく。


「じゃあ、シル兄ちゃん、反対側は俺とアルで見て回ってくるよ!」


 わふ《我もか》


「だって木を移っていくつもりだし。追いつけるのはアルくらいでしょ? あ、コーレは置いてく。ロウ、頼むよ」


「分かりました」


 コーレがまるでボールのように放られる。だがグリルのように寝汚くは

なかったようで、ロウが手のひらで受け取るとその上でしきりに何かを主張し始めた。もう一度投げてほしいとかだろうか。活発さはコーレの方が上かもしれない。


 それにしても、ゼノンは一体どれほどの速さで動こうと思っているのだろう。木を移りながら進むと言っても、そこまで極端に速くなることはないはずだが。いや、草に足を取られないだけで大分違うのか?

 とはいえ、先程合流するまでも同じことをしていたのだろう。その上でまだ出来るということは、かなり体力がついている。俺も精進しなくては。


「分かった。それなら俺とラヴィは湖を一周してくるだけだな。……ああ、シルキー、マリナ、マリヤ。もしイェーオリ達が追いついてきたらここで休んでいるように言っておいてくれるか」


 忽然と居なくなったことについてしっかり話を聞かなくては。


「オーケー。ふん縛っておくよ」


「ええ、勝手に居なくなって心配させたことを後悔させておくわ」


「いや、そこまでしなくても……」


 シルキーはギュッと縄を結んで絞るような動きを、マリナは何かを両手で絞めるような動きを見せる。首か? 首なのか? 何気にマリナの方が怖い。

 実は相当心配していたのだろうか。心配の深さの裏返しでそう言っている……のかもしれない。


「もし黄昏までに返ってきそうになければ本格的に探しに行かなくてはならないだろう。一応、準備はしておいてくれ」


「あ、そうだったね。あたしの方は魔力も充分あるから大丈夫だけど」


「私もよ」


 ふたりの言葉を聞きながら俺はちらりと空を見上げる。

 まだ日は高いが、日が傾いてからでは遅いのだ。どこからともなく増えていく魔獣や魔物に不意を打たれる可能性が高いのだから。まぁ、この森は気配が薄いので他の場所よりは警戒しなくても良い可能性もまだあるが。


「ヨシズ、ロウ! それとゼノンで良いか。ヘヴンから預かった例の花をつけておいてくれ。何かあったら連絡する」


「おう! しかし、今回はやけに警戒するなぁ」


「何か嫌な予感がするからな。冒険者の勘は馬鹿にできないものだろう?」


「ははっ、今までの経験的にもその通りだな」


 正直に不安を吐露してみれば、ヨシズは否定もせずに頷いていた。ヨシズ自身は特にそういった予感がするという話がないので、今のところは俺だけなのかもしれない。


 グルル《我も妙に肌がざわつくような感覚はあるぞ。毛が立つというか……少なくとも、愉快ではないな》


 普通の狼くらいの体高になったアルが鼻先を宙に向ける。どこか不機嫌に細められた目が俺を向く。


「アルもそうなのか」


 この謎の感覚が俺だけではないことにどこかほっとする。杞憂だったらその方が良い類のものではあるのだが。


「とりあえず、イェーオリ達が無事に合流するまでは各自警戒しておいてくれ」


 それだけ言い残すと俺はラヴィを連れて見回りに出た。湖が辛うじて見える程度まで広めに見て回る。

 森は静かだ。

 樹々は見上げるほど高く伸びている。足元は至る所に薬草を見つけられる。果実も種類がある。随分と恵まれた環境だと思う。

 だが生き物がいない。


「気づいてしまうと本当に不気味だな」


「そうね。何事もないうちに抜けてしまえれば良いんだけど」


「そうだな……」


 会話しながらも視線はそれぞれ別方向を向いたまま。見回りなので当然なのだが、二人で向き合ってのんびり話すような時間が欲しい気もする。


「あっ」


「どうした?」


 ふいにラヴィが声を上げたので、俺も足を止めて視線を向ける。


「今、何か影が落ちたような気がしたのだけど……」


「気配はしなかったな……どの辺りだ?」


 ラヴィも言いながらどこか自信のなさそうな顔をしていた。


「あの光が落ちている辺りかしら」


 今見ても、当然のこと影はない。影が見えた位置に目印を置き、場所を記憶してから俺達はまた先に進む。そしてしばらく進むと、今度は俺が樹の上の方を走る影のようなものを視界に捉えた。


「いた! ……もう見えないな」


「相当速いのね」


 ラヴィは俺が影を見た場所を尋ね、同じように見上げてから呟いていた。


「そうだな。それに気配察知も上手くいかない。こうなると最終手段を試してみても良いかもしれないな」


 どうしてもちらちら感じる気配を捉えたい場合にのみ使う手段が一つある。ただしそれは、前提として気配察知で捉えられない相手であり、こちらの気配や実力が相手にも知られてしまうというデメリットを許容でき、更にもう一つ条件を満たしている必要がある。


「ああ、あれね」


「もしいるのが幻獣なら、同じ()がついているのだから、見つかるはずだ」


 というか、見つかって欲しい。いやむしろ、見つからないとおかしい。

 ラヴィも俺の言う“手段”が何か分かったようで、理解した表情で頷いていた。


「ふふ。それでも見つからなかったらもはや幽霊よね」


「いや、この方法なら幽霊だって見つかるぞ」


「……え?」


 ピシリ、とラヴィが冗談を言ったつもりの顔のまま固まる。

 俺は首をかしげた。もしや、もう忘れているのだろうか。俺が思い浮かべているのは砂漠でのことだ。あのときのことはきちんとラヴィ達にも話したはずだが。


「聖霊だとか幻霊だとか言っていたが、結局のところそれは、幽霊だ」


 普通にしていては見えないそれを“見る”ためには魔力が必要だった。


「あ……」


「魔力を使ったら見れるようになったのだから、幽霊は魔力を使えば見れるのだろう」


 そもそも幽霊とは何か。少し前なら「それはヘヴンとラプラタだ」と言う一択だったが、砂漠でのことがあってから少し考え直した。

 一言で言ってしまえば、幽霊とは話して動ける魔力。生物的な死を迎え、物理的な肉体を失い、それでも自我を持つ高密度魔力体がそうなのだ。


「魔力で見れば本気で隠れたヘヴンも見つかるぞ」


「あら、そうなの」


 デュクレスで城内かくれんぼが勃発した際、元凶を炙り出すために使ってみたら判明したのだ。


「あんな風に気配も掴みにくければ、透明になって見えなくなることだってできる。そんな存在を見つけるには魔力で見るのが一番だ……そういえば、どうして幽霊談義になったんだ?」


「魔力で見て見つからなければ幽霊と思うしかないと私が言ったからよね。……そうね。幽霊だって見つかるのだから、この辺にいる何かにも通用するわよね」


 生き物は大なり小なり魔力を持つ。だから、魔力で見れば見つかるはずだ。


「そのはずだ。実行するとしたら、全員が揃って不測の事態にも対応出来るように備えてからだがな」


「ええ」


 それからも気配はないのに影を見る、というようなことが続いた。

 そして、湖を半分ほど回った時のことだ。ラヴィが湖の方へふと視線を向けると、驚いたように体を揺らす。


「シルヴァーさん……湖って、あんなに遠かったかしら」


「うん?」


 俺もラヴィの視線の先を追い掛けるようにして湖の方を見る。

 俺達が今いる場所は湖の真横ではないが離れてもいない位置のはずだった。だが、いつの間にか随分と離れるように進んでいたようだ。


「気づかないうちに離れていたんだろう。もう少し湖沿いに進んでも良いか」


 深く考えずにそういうと、湖の方へ歩き出す。

 この時すでに、俺とラヴィは異変の中に踏み込んでいたのだった。



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