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虎は旅する  作者: しまもよう
アーリマ五公国編
369/458

トーイの屋敷へ帰還

今年もよろしくお願いします。

ついに来ました、トラ年が!

次は、1月12日の投稿を予定してます。


『おかえりなさいませ』


 俺が転移門を開いた先、というか指定した先はトーイの屋敷だ。おそらくデュクレスへの門を開いた管理室のようなあそこに出るのだろうと思っていたのだが、予想外に玄関先だった。

 とはいえ、この位置でもエマの範囲内にあるらしく、玄関は誰も触れていないのに開き、俺達を迎え入れる。


『シルヴァー様達も、お疲れでしょう。今晩はどうぞこちらでゆっくりお過ごしください』


「エマは本当に彼らに好意的ですね……まぁ、私が拒否することでもありませんので、どうぞ旅立ち前の英気を養ってください」


「個人的にはデュクレスで充分休んだ気もするが、休める場所があるのはありがたい。あぁ、そういえばエマにはまだ紹介をしていなかっただろう。マリヤとルイだ。ピュルテとトリッパーという種族になった元妖精で、まとも枠の2人だ。他のピュルテやトリッパーがとち狂った行動をしたらこの2人に話を通せば良い」


 どちらの方向を向いて言えば良いのか分からず戸惑ったが、とりあえずエマが知らないだろう2人について簡単な紹介だけする。


『マリヤ様とルイ様ですね。旦那様から聞いた限りですと、これからもこの屋敷にお越しになるのでしたね』


「は、はい、その予定です。ピュルテのマリヤです。特技は大気中の淀んだ魔力の浄化になります」


 特技というか、種族特性と言って良さそうだがな。ピュルテならだいたい持っている能力だ。マリヤはエマに対して余程緊張しているのだろう。怖いのだろうか? 俺としては、特に危険な感じもないので気にならないが、マリヤには何か感じるモノがあるのかもしれない。

 とすると、ルイも? そう思って見てみれば、若干表情が固い気がした。


「トリッパーのルイです。転移能力は僕達が持っているので、エマさんとは僕達の方がいろいろ相談させていただくことになるかもしれません」


『承知いたしました。旦那様の了承を得ているのでしたら、私の方で言うことはありません』


「ええ、ここも賑やかになりそうです」


 トーイは穏やかな顔でそう言う。はっきりと言葉にしていないが、しっかり考えて聞いていればそれはマリヤやルイ達の訪問を受け入れている内容だと分かる。


「良かったな。野宿よりはこうした安全な屋内の方が余程過ごしやすいというものだ」


「野宿も興味はあるんですが」


 意外にルイが食いついた。そのまま野宿談義になっていく……前にトーイが立ち止まる。


「ここが食堂になります。食事は特に希望が無ければこちらでとっていただけると助かります。お客様がいるうちは明るくしておきましょう。あぁ、広間や居間の方も火も入れなくては。公国はそれなりに気温が下がる時期ですから」


 流石に自分の屋敷ともなれば、慣れたように案内をしてくれるな。


「いや、食事の面倒まで見てもらうのは流石に……」


「デュクレスでは私もお世話になりましたからね。そのお礼の気持ちとして受け取っていただけるでしょうか」


 俺は思わず視線を彷徨わせてしまう。ヨシズやゼノンと互いに瞬きを見せ合うかのような状況になってしまった。

 世話になったと言うが、それはブレインの魔術陣のことだろうか。それだったら世話したも何も元々目的だったのだからそこまで気にしなくても良いと思う。むしろ、トーイのためのデュクレス訪問だったのに俺達のせいでだいぶ滞在時間が延びてしまったことを俺はエマに謝らなければならないくらいだ。

 俺の遠慮する気持ちを察したのか、トーイは言葉を重ねてくる。


「エマがもてなしの心を込めて準備してくれたものです。せっかくの料理を腐らせてしまうのはもったいないですよね?」


「言い方がずるいぞ、トーイ。ま、遠慮しなくて良いというのなら遠慮はしない」


 食事の心配がなくなったところで、俺達はとりあえず今日泊まる部屋まで案内してもらう。そのあとは各自放流だ。

 俺は何をしようかと手持ち無沙汰に彷徨き始める。少し外を見に行っても良いが、万が一の時戻ってこられなかったら致命的だ。このオーフシャンの森ではぐれたら街までいかないと(へたしたら街まで行っても)合流できないかもしれない。


「あ、シル兄ちゃん。そろそろ生まれそうなんだよね」


 生まれそう? ゼノンの子が? と一瞬考えてしまった。


「……何の話だ?」


「ストルートの卵だよ。流石にこれ以上孵るのを遅くはできないかなぁって感じ」


 ゼノンが掲げるのはスカイブルーをした卵。


「そんなことをしていたのか。孵すのならこの屋敷の研究資料室にある“最強の従魔の孵し方”とかいう魔術陣を使ったらどうだ」


「そのつもり。ただ、場所が良く分からなくて」


「わざわざあそこに行かなくても俺が映してきた魔術陣があるぞ? ゼノンとしては元のものを使ってみたいのか?」


「あ、シル兄ちゃんが持っているものでも良かったんだったっけ。それじゃあ、借りてもいい? 場所はどこでやろっか。やっぱり卵から孵る時は小さいんだよね? グリルはどうだった?」


「生まれたては雛だぞ。本当に。だからそこまで広い場所が必要という訳でもないはずだ。とはいえ、そっちの卵は全員の魔力を馴染ませてみたやつだからどうなるか不安もなくはないな」


 ちなみにグリルは今も俺の懐で惰眠を貪っている。大きさは生まれた時よりは大きくなっている気がする。起きたら起きたで餌くれとピーピー煩いが、寝ていても若干俺の魔力を吸収している気がするんだよな……これで成長しなかったらしめてやる。


「とりあえず、全員集まれて、かつ万が一戦闘になっても早々に壊れない頑丈な部屋があればそこでやろう」


 俺がそう言ってみれば、一拍後、壁に矢印が描かれる。


「この矢印の先に進めってことかな?」


「そうだろうな」


 そうしてやってきたのは屋敷と研究所の間辺りにある部屋だ。入口以外に出入り口がない。


「シルヴァーさん、ついにもう一つのストルートを孵すのね?」


「ああ、ゼノンがもう孵らないようにしておくのも限界だと言っているからな」


「どんな風に生まれるのか楽しみですね」


 ぐるる《そこのグリルのように怠け者でない方が良いな》


「役に立つ個体が生まれれば良いがなぁ」


 ストルートの卵に魔力を与えていたゼノン、ヨシズ、ラヴィ、ロウ、アルは興味津々で見ていた。俺は床に魔術陣を置いて、ゼノンから卵を受け取るとその中央にそっと置く。縦に。予想以上に難しいのだ、これは。


「それぞれ同時に少しずつ魔力を流してみよう」


 卵に吸収させた魔力は俺達全員分。せっかくなので魔術陣も俺達全員分の魔力で動いてもらおう。それで何かが変わるかは分からないが、気分的にわくわくしてくる。

 俺達はそれぞれ適当に魔術陣に触れ、そっと魔力を流す。魔術陣の中央の卵はコッと動き、横倒しになってしまった。中の雛が魔力の刺激を受けて外へ出ようと殻を突いているのだ。

 魔術陣が完全に起動してから、その動きは顕著になった。


《ビャ!》


「グリル、今は大人しくしていろ」


 魔力に気付いた腹ペコ鳥が俺の懐から顔を出して頭から落ちそうになる。予想できていた俺はその首を掴み、元に戻した。気が削がれることこの上ない。


《ピャ!》


「だから大人しく……ん? グリルより高いな(鳴き声が)」


「生まれてるよ!」


「おお……黒いな」


 生まれてきたのは漆黒のストルートだった。字面はかっこいいかもしれない。だが、パッと見て思うのはグリルをはるかに上回る圧倒的な魔獣力!

 大きく成長すると威圧感がかなりありそうだ。

 とはいえ、漆黒のストルート(仮称:クロとする)は殻を破るのに疲れたのか、尻側の殻に重心をあずけて、力を抜いている。何となく、酒場で壁際で寝かせられている酔っぱらいを彷彿とさせられる。


「名前はどうするんだ?」


「一人ずつ挙げて考えてみない?」


 ということで出てきた候補がこちら。

 ゼノン考案、フォンセ。見た目そのままの印象、“闇”から。見た目の印象はやはり強い。

 俺考案、ボイル。グリルがグリルだから。焼くがあるなら煮るも合わせてやればいいと思った。

 ヨシズ考案、シュヴァルツ。ラヴィ考案、ネロ。どちらも色“黒”から。見て分かるから分かりやすくて良い。

 ロウ考案、オニキス。黒い宝石から考えたのだという。少し捻った名前だな。小さい頃から貴族の屋敷にいたからだろうか。磨き抜かれた感性を感じる。

 そしてアル考案、コーレ。炭という言葉から考えたそうだ。名前を付けるのは人間が得意としていることで自分は大したものを出せないと言っていたが、そうでもなかったようだ。


 こうしてみると、俺だけ真面目に考えていないな……。

 


1. ゼノン考案:フォンセ

2. シルヴァー考案:ボイル

3. ヨシズ考案:シュヴァルツ

4. ラヴィ考案:ネロ

5. ロウ考案:オニキス

6. アル考案:コーレ


サイコロの神様は告げました、漆黒のストルートよあなたの名前はコーレです、と。


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