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虎は旅する  作者: しまもよう
アーリマ五公国編
368/458

トリッパー・コール

次は1月5日の投稿を予定してます。


 長距離の転移はトリッパーのような()()()()()()の能力でもない限り、魔術陣を使うのが安全かつ確実だ。だが、それよりも安定しているのが俺の転移門。

 デュクレスの王の特権だ。


「さて、マリヤとルイは一緒に来るんだったな。交代の連絡については……ヘヴン、ブレインから話があったと思うが、しばらくは頼めるか」


「断るよっ」


「は? おい」


 すっぱり断られて俺は目を瞬く。

 ブレインが話を通していなかったはずがない。そして朝に何も言っていなかったのでヘヴンは引き受けてくれているものと思っていたのだが……。

 唖然として振り返った俺の視線の先でヘヴンはニヤッと笑っていた。


「私もそんなに暇じゃないからねっ。だからシルヴァーにはこれをあげようじゃないかっ」


 ヘヴンはそう言うとパチンッと指を鳴らした。幽霊なのにどうして指を鳴らせるんだ……? 実体はないだろ。

 と、疑問はさておき、ヘヴンの指パッチンで俺の頭上に小さな影ができる。上から何かが落ちてくるのを察知した俺は一歩下がりつつその正体を捉えた。


「箱か?」


 手を伸ばせばちょうどのところに落ちてくる。色は深緑で大きさは俺の手のひらより若干大きいくらいだった。ヘヴンが「あげる」と言ったのはこの箱だろう。そう判断してさっさと開き、中を見てみることにする。

 その中身が気になるのは俺だけではなかったようで、ロウ、ゼノン、ラヴィ、ヨシズも寄ってきた。5対の目が集まる箱を俺はそっと開く。


「あら、可愛い」


「何だ、これは」


 箱を開けたら花が咲いた。いや、花が箱ぎっしりに詰め込まれていたのだ。その花は大きな花弁が幾つも重なるようにできていた。一見するとバラのようだが、花弁はバラよりも丸い感じだ。

 それぞれ花弁の色が赤、白、青、ピンク、紫、橙と違っていたが、形はどうやら同じようだ。一瞬だけ花束か? とも思ったが、触れてみれば感触が違う。ヘヴンから貰う理由もない。そもそも匂いも違っていた。花は甘くて立ち上るような香りだが、これは開けたときから無臭だったからな。

 説明を、とヘヴンを見れば、腕を組んで得意げな顔を浮かべていた。


「昨日、ブレインから聞いて完成させたのさっ」


「ということはこれは、通信具か!」


 昨日の今日でまさか完成品が出てくるとは夢にも思わなかった。俺は花の一つをつまみ上げると目の前に持ってくる。素材はおそらく金属とは違う何かだ。では何で出来ているのかと聞かれても答えられないが。


「その通りっ! もともとマティユやジェルメーヌ達が核持ちの討伐に向かっている先から連絡を取れれば良いなと思って試作していたんだよっ」


 三種の混合体のこともそうだが、核持ちについての研究を進めるためには研究対象の実物が必要になる。だが、何らかの要因で核持ちを持ち帰って欲しいという連絡をしてもそれが届かないことがあったらしい。結局現物を確保できず、しかも核持ちの特徴も消し去られて必要な情報がなくなってしまったこともあったという。腐っても英雄なので力を出せばその程度のことは(むしろそちらの方が)簡単にできるのだろう。そこで、超長距離でも機能する通信具の開発に踏み切ったそうだ。

 そのままヘヴンは花通信具の説明をつらつらと話し出した。


 超長距離の通信で何が問題かというとやはり必要魔力の多さと確実に音を伝えられるかどうかというところで、この花型通信具は基本素材を魔石にすることで魔力についてはクリア、音については転移陣を応用してタイムラグなく、そして確実に届くようにしたという。


「「「魔石?」」」


 ポロッと俺の手から花が落ちる。


「ヘヴン……安全性は?」


「もちろん、安全になるように作っているよっ。一つ一つの花弁に魔石があるんだけど、その魔石に使用者が直接触れることがないようにカバーしているからねっ」


 触れなければ安全というわけではないと思うが、まぁ、直接触れるよりは安全なのは間違いない。

 この通信具はヘヴンが言ったように花弁に魔石が含まれている。その魔石は互いに引き合う性質があるので、近くの花弁に反応する。ヘヴン曰く、そこで魔力にも指向性があらわれるので、それを声の転移魔術陣に流れるようにしているのだという。


「同じ花同士で話せるようになっているよっ。だから、これはこちらへの連絡手段として使ってもらって良いけど、パーティメンバー同士での作戦会議とか合図とかにも使えるからぜひとも活用して欲しいねっ」


「まぁ、他に使い道があるのなら利用させて貰うが……五つあるみたいだがどれでもヘヴンとの連絡が取れるのか?」


「そうだねっ。連絡するのは私とは限らないけど。ちなみに、音は全てに繋がっているから現段階では何かを話したらこの五つと私の手元に置いておく一つの全てに聞こえるようになっているよっ」


 つまり、パーティ内のやりとりはヘヴンに傍受されるということか。

 いや、今気にするのはそこではないな。ヘヴンと連絡が取れるという一点だけでいい。


「使い方は?」


「肌に触れるところにつけて言いたいことを念じるだけだよっ。念話を使う感覚でできるかなっ」


「それなら、僕でも何とか出来そうですね……」


 ロウがほっとしたような声を出した。

 魔術陣を介した念話なら俺達にも経験がある。とはいえ、街中程度なら通じるというレベルだが。それ以上だと魔力の消耗が激しくて使いものにならないのだ。あの感覚でできるなら使い方については問題はなさそうだな。

 だが、あるのだ、他にも問題が。


「この派手な花をどこにつけろと?」


 トリッパーの交代の連絡はいつくるか分からないので俺達は誰かはこの花を付けておかなければならないのだ。だが、派手すぎても悪目立ちする。

 一番目立つピンク色の花をつまみあげ、頭に乗せてみる。我ながら似合っていない。似合っても困るが。


「そこで良いんじゃない? 頭に花が咲いている感じで」


 ゼノンがチラリと見て、そう言い捨てる。

 俺は無言で花を下ろした。そしてそのまま隣の兎の耳元に当ててみる。


「ラヴィなら似合うだろう。ほら、うん、かわいい」


「なっ」


「ラヴィはこの色で良いだろう。男にピンクはあまり合わないから」


「そ、それは良いんだけどっ! シルヴァーさん、この花って髪飾りでもないし、動いたら落ちちゃうわ」


 俺が置いた花を軽く押さえながら少し上擦った声でラヴィが言う。その頬は髪を飾る花のように色づいていた。じっと見ていたいほどだが、何となく逃げていく兎の後ろ姿が見えた気がしてさり気なく視線を外す。


「そういえばそうだな。ヘヴン、取り回し悪いぞこれ」


「使い方を聞く前に文句を言われても困るよっ。面白かったけど」


 おっと、言われてみれば確かに聞いていなかった。

 改めて使い方を聞いてみると、どうやらこの花はほんの少し魔力を流して付けたい位置に押しつけることでくっつくらしい。解除方法は花の中央に魔力を流すだけ。


「なるほど。簡単だな。とはいえ、デザインはもう少し目立たないものに出来なかったのか……?」


 派手な花を髪に付けて戦闘する冒険者……貴族ごっこでもしているのかと野次られそうだ。場違い感も甚だしい。


「突貫だったからねっ。デザインについては諦めて欲しいなっ。いやむしろデザインについては褒めてもらいたいほどだけどね」


「そうかスゴイゾ」


「そうだよねっ?」


 ヘヴンがそのまま花型通信具の自慢に入りそうになったので慌てて話題を切ることにする。


「それよりふと思ったのだが、交代するのはトリッパーなのだからそっちが持っていた方が良いんじゃないか? これだけの数があるなら基本二つを使って他は予備に回すことも出来るだろう」


「おっと、言われてみればそれも可能だねっ。流石の私も頭が回っていなかったかもしれないね……うーん、でも、私個人としては実戦で使って貰いたいんだっ。ということで一つはトリッパーに持たせておくけど、基本的にはシルヴァー達が活用してぜひともフィードバックをくれると嬉しいね」


 俺達はヘヴンの発明品のテスターか。

 だが、一晩で仕上げたにしては上等な品だ。


「フィードバック……なら早急に見た目を大人しいものに変えてくれ」


「どんなものをご希望かなっ?」


「とにかく目立たないもので」


「考えておくよっ」


 笑いたいのを堪えようとするかのように口元をもごもごさせてヘヴンは約束する。だが、どうにも信じられない気がするのは俺の被害妄想だろうか。


「はぁ、悪乗りもほどほどにな……」


 俺はそれだけつぶやくと転移門を起動させた。ついでに、デュクレスの門に沿うようにエデンのところに繋がる転移門を起動させておく。必要なくなったら俺に連絡が来るだろう。


「横から見ていたが……」


「……シルヴァー、あの幽霊に甘くない? こっちに影響ないなら別に良いんだけどさ」


 外野からは俺達のやり取りがそんな風に見えたらしい。


今年も虎旅をご覧頂きありがとうございました!

この話が今年最後の投稿となります。

コロナで相変わらず憂鬱な日々ですが、皆様の来年が良いものになりますように!良いお年を!

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