他人の城で勝手できると思うなよ
次は12月8日の投稿を予定してます。
寒さが徐々に厳しくなっていく今日この頃ですが、皆さんも風邪には気を付けてくださいね。
「ルイ! フィル! 動けるかっ!?」
俺は馬魚を挟んだちょうど反対側にいる二人を見つけてそう叫ぶ。トリッパーの力はどうやら転移。であれば、さっと転移してマリヤを助けられるのではないかと思ったのだ。
俺も転移は出来るが、精度の点においては残念ながら自信は皆無だった。
「私が向かいます!」
フィルがそう叫ぶとマリヤが沈んでいくところを睨みつける。彼女はいま、辛うじて沈みきっていない様子だった。急がないと鼻も口も塞がれてしまう!
ここまでくると精度とか言っていられないので念のため転移陣を手元に用意しておく。
今のところ、馬魚は自分が有利な環境に身を浸し、その具合を確かめているようで動きは静かだった。だが、一度暴れ出したらそのすぐ側で沈みかけているマリヤはひとたまりもないだろう。
下手に刺激できないので、俺も動くことが出来なかった。フィルの転移が頼みの綱だ。
緊張の一瞬。
フッとフィルがマリヤの傍に現れ、一瞬で伸ばされた手を掴むと二人諸共消えた。
これが好機、と俺達は馬魚に向けて魔法を放つ。マリヤが逃げられたので、馬魚が暴れても問題ない。
「こちらに注意を向けて引っ張り出すぞ!」
言いながら俺は馬魚の頭にウォーターアローをぶつける。馬の頭がグイッと俺の方を向いた。俺と同じように水をぶつけているラヴィの方も睨んでいる。パシャン、と尾が苛立たしげに泥面を打つ。
だが、何かおかしい。具体的には、水をぶつけた馬魚の反応が。
「シルキー、ディオール、あれの弱点って本当に水なのか?」
「ええとね……一番反応があったのが水だっただけだよね?」
「そう、順番に攻撃していって明らかに嫌がったのが水だったんだ。他は平然としていたから、消去法で水が弱点だろうってなっただけだね」
つまり、明確にそうだと言えるわけではない? 俺の魔法も、確かに怒らせてはいるようだが攻撃として通っている感じはなかった。
「今回は物理が正解かもしれないわね。他の可能性としては、シルキーの使う魔法が合っていたとか」
「そういえばシルキー達が使う魔法ってどこかが違う感じだったな」
魔法がもたらす結果はそう変わらないが、魔力の巡らせ方が違う感覚だ。
「あたし達の魔法? まぁ、違うと言えば違うでしょ。一番の違いはやっぱり力の広げ方だね。こっちのは一点集中的で、あたしが使うのは広範囲的。ま、あっちじゃアグレッサーってのは大抵大きいものだからそうなるのも当然だろうね」
一点集中的? 広範囲になぎ払う系の魔法も別にないわけでもない。だが、確かによく使う魔法はアロー系、エッジ系のものが多いな。これらはどちらかといえば点での攻撃といえる。
「広範囲の魔法はあまり使わないわね。周囲の被害が大きくなると面倒もあるから」
「そうだな」
とりあえず、俺達も馬魚に火や風、雷といった攻撃を加えてみる。だが、確かに通じている感じはなかった。水もそこまで効いている気がしない。
さてどうしたものか。
「あの泥水も良くないのかもねっ。あの馬魚自ら作りだしたってことはそれだけあれにとって有利なものなんだろうし」
泥水は確かに面倒くさい。接近して攻撃を入れようとするとかけてくるのだ。顔に掛かったら視界が制限されるし動きも止まる。その瞬間を狙われてしまえば大怪我は間違いない。
「そこも考えないとならないな……だが、あれだけ変えられてしまったものを元に戻すのは時間が掛かるだろう?」
「バルディックの天候魔法なら簡単だと思うけどねっ。残念ながらいまは居ないけど」
「天候魔法でいけるのか?」
「たぶんねっ。だけど、よっぽど使い慣れていないと逆効果になってしまうかもしれないよ。……ああ、そういえばシルヴァーには教え込んでいたっけ?」
「ああ」
俺が最初に変化を行ったとき、ヘヴンがサービスだとか言って一般常識(落とし穴レベルの抜け漏れあり)に加えて、今までに絶えてしまった魔法(の一部)を頭に詰め込んできたのだ。その流れで面白いから覚えておくといいよと言って教えてもらった。
「おお! それはちょうど良かったねっ。早速実践だ!」
ヘヴンに背中を押されて馬魚の正面に押し出された。
「ちょ、待て! 離れていても使えるからな!!」
近寄る必要は、ない。
そう言うと、ヘヴンはきょとんとして、首を傾げた。どうやら天候魔法というものを知ってはいてもその詳細は知らなかったらしい。教えてくれた本人が知らないとは……と複雑な気持ちになったが、そういえば天候魔法は使い手を選ぶものだったなと思い出した。
「まずはあの泥を何とかしないとねっ」
「固めるなら太陽を出して乾かすか? 通じればいいが」
「何事もレッツ、チャレンジ!」
取り敢えず俺は【照らせ太陽】を使う。目標はあの馬魚に近寄れる状態にすること。そのためには、馬魚の作りだした泥をどうにかしなくてはならない。
俺の魔法の効果は拍子抜けするほどすぐに現れた。
「ヒュヒヒーン!!」
「おお? 上手く固まったみたいだな」
馬魚の尾が地面に固定されたようだ。これで面倒な泥の攻撃はなくなったはず。
《陛下、あの魔獣の魔力パターンの分析が完了しました》
「おっ! ってことは私の出番かなっ」
ちびブレインがヘヴンに何やら見せている。俺よりも先にそれに一通り目を通してウンウンと頷いた。
「ちゃんとパターンとして出来ているから次に同じような攻撃が来ても抑えられそうだねっ」
つまり、あの泥水を作り出すような魔法を封じたも同然だということか。その分、他の魔法を使うように誘導しないと。
「とはいえ、ここからは俺達のターンだな」
グッと拳を構え、俺はニンマリと笑う。
今度こそ滅多打ちにしてやる。
「シルヴァー、イェーオリとティリーが参加したいってさ」
「ああ、別に構わないぞ。ただ、攻撃手段は物理で頼む」
「オーケー! ティリーには良い経験になりそう」
標的がほぼ動けないというこの状態で、経験になるかどうかはよく分からないが馬魚を攻撃する手が増えるのはありがたい。
「武器なしで向かう俺は頭を狙う! 魔法組は万が一の時のフォローを頼む。他はタイミングを合わせろ」
頭を狙うのは俺の他にはイェーオリが手を挙げた。獣化していなくてもそれなりに肉弾戦はできるという。
馬魚は目で見て防御を固めるタイプだ。ひょっとしたら攻撃も。頭側は特に気を付けなくてはならない。しかも、これはあくまでも可能だったらの話だが、馬魚が今まで見せていない魔法の攻撃を誘発させる予定だ。危険度は跳ね上がる。
大丈夫だろうか、と不安が過ぎった。
だが、イェーオリはニヤリと笑う。
「まぁ、見とけ。こっちだってそれなりに経験を積んできているんだ。下手は打たないぜ」
「まぁ、危なくなったら討伐へ切り替えるだけだからな」
「おう、それに、どうもこの馬は俺達の知るアグレッサーとよく似ているんだ。多分、魔法が来るとしたら魔力も本体の動きも大振りでくるぞ」
「なるほど。大振りなら逃げる隙がありそうだな」
「そのはずだ。じゃあ、俺は向こう側から狙うぜ」
「ああ、頼む」
イェーオリのは予想が出来ているからこその余裕だったか。アグレッサーというのは大障壁の向こう側の世界に蔓延っている魔獣と認識していて良いのだろう。それらを知っているイェーオリが言うのなら、可能性としては高い。
まぁ、油断は禁物だが。
「いくぞ」
俺は地面を蹴り、一気に距離を縮めると馬魚の鼻面にメリケンサックを着けた拳を寄せる。
「ヒュヒヒンッ!」
馬の目を見て、俺はフッと笑った。
「俺ばかりを警戒していて良いのか?」
馬の前脚が俺を蹴り飛ばそうと空を掻く。
だが残念だったな、俺は別に俺自身が攻撃を入れることに拘っているわけではない。
「頭上にもご注意ってな」
俺よりも若干遅く馬魚の傍にやって来たイェーオリが高く飛び上がりそのまま勢いよく足を振り下ろした。それは綺麗に決まり、馬魚は顎から地面に崩れ落ちる。継ぎ目の部分もゼノンとティリーが攻撃している。
しかし、どれも決定打にはなっておらず、馬魚の目は怒りに燃えるようだった。
「ヒュヒヒーン!!」
「おっと、それはもう使わせないよっ」
いななきと共に馬魚から魔力が広がる。が、今度はヘヴンが何やら魔法を使って打ち消していた。
「ヒュヒヒンッ!」
「翼が飾りじゃないのは知っているぞ」
今度は力ずくで尾の自由を取り戻そうとしたのだろう。忙しなく羽を動かし、暴れる馬魚。俺は武器を刀に変え、動きを読みやすい付け根を狙う。
「ヒヒンッ!」
何が来るのかと思ったら、つけたはずの傷が若干薄くなっていた。
「おお? 自分で回復できるのか。珍しいな」
「だが、攻撃が上回ればそれも意味は無い。ということだな」
結局、馬魚は固まった地面から尾を引き抜くことが出来なかった。そして泥沼を創り出す以外の魔法攻撃を持っていなかったようで、終には地面に伸びて沈黙したのだった。




