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虎は旅する  作者: しまもよう
アーリマ五公国編
361/458

世間は広いようで狭いのか

次は11月3日の投稿を予定してます。


 俺は第一訓練場の端の方に寄る。こちらにはマリヤとルイ、フィルを連れてきている。


「さて、まずは……」


 俺はおもむろにアイテムボックスを開くと手を突っ込み、目当てのものを引っ張り出した。それはズバリ、聖樹の枝。ティアのものではなくてエデンのものだ。


「とりあえず、これを置いておけばエデンにもつながるんじゃないか」


 試しに地面に突き刺してみて、おーい、と呼びかけてみる。返事が来ればそれでよし、来なければまぁ、エデン抜きで決められる事を決めて貰えば良い。


《シルヴァー、だね。聞こえて、いるよ》


「おお。繋がったな。なら、ここはこれで良いか。ブレイン、あとは頼んだ」


《かしこまりました》


 聖樹の枝から聞こえる声はところどころ繋がりが怪しいところがあるが、概ね問題なしとして俺は突き刺したエデンの枝に念を送るように両掌を向けそうっと離れた。

 倒れるなよ、倒れるなよ……。


「マリヤとルイはブレインを交えていろいろ改めて決めていってくれ」


 何をどこまで? みたいな顔をされたが、そこはブレインに丸投げだ。

 とりあえず住処とか外の森に向かう頻度、何かあったときの連絡などが分かっていれば良いのではないだろうか。万が一の時、俺も駆けつけられるように。


「それと、フィルはこっちだ。どんな経緯でエデンに協力する流れになったのか一から説明して貰うからな」


 そう言いながら俺はヘヴンの方をちらりと見る。虎亀(仮)は死んでいるのは間違いないようで、ピクリとも動いていない。ヘヴンのへばりつきようを見るに、余程面白いものがあるようだ。

 俺も怖い物見たさでもう一度近付いてみたくなってくる。

 聴取はさっさと終わらせて俺もあちらに混ざろうか。武器部屋から出てきていない数人と……訓練場の反対側でちかちか光っているラヴィとロウとラプラタが若干気になる。あのメンバーだと魔法関連だろう。何をしているのだろうな。



 *******



 そして、フィルから話を聞き終えた俺は額を押さえ、数秒沈黙する。

 思いつめたフィルの行動はなかなか怖い。そう思わされた。時間がなかったとはいえ、妖精郷を犠牲に妖精全員(フィルたちを除く)の転属を目論むとか。よく思い付き、すぐに実行に移したものだ。


「妖精が真面目に考えていると悪い事を引き寄せるんじゃないか? フィルには悪いが」


「真面目ではないものとなると、例の四匹が良い例ですよ?」


「それはマズいな。あんなのばかりになったらどうしようもないぞ」


 やはりまともな頭をしている者は必要だな。

 当たり前の結論を改めて出して、俺はうんうんと頷いた。


「しかし……思い切ったな。妖精郷はヘヴンの手も入っていただろう?」


 ヘヴンがわりとがっつり関わっていたものだったと思う。あれは、そう、神樹での件が一段落したころ、このデュクレスに来た際に俺に渡してきた万能薬。その材料に妖精郷のものを使っていたことを覚えているだろうか。妖精郷は素材という意味でも重要な場所だっただろう。

 だから、あいつが簡単に手放すはずが無いと思ったのだが。


「そうですね。ですが、妖精郷はあくまでも妖精達のものでした。ヘヴン様には大変お世話になりましたが、郷に対して勝手を出来るわけではなかったのです。……後々、何か無茶を言われそうな予感はしていますが……」


 前半はキリッといっそ威厳のようなものも感じるくらい堂々と話していたのだが、最後は微妙に口元を歪めて胃の辺りを抑えて俯いてしまった。

 ヘヴンだからな……しつこく実験に付き合わされるくらいは覚悟しておいた方が良いかもしれない。俺に関係してはこないはずだが。


「まぁ、頑張れ。死にはしないだろうさ」


「そのギリギリのところを分かっていて要求してくるんですよ……」


 フィルはわりとヘヴンと関わる事があるようで奴の性格をよく知っている反応を見せる。フィルの懸念を否定する材料を俺は持っていない。


「あんまり無茶言うようなら研究材料を取り上げるぞと脅せば良いんじゃないか。多分止まるぞ」


「そうですね」


 フィルがそう言ってちらりと視線を逸らした。おそらくはヘヴンの方に。だが、その瞬間、怯えたようにビクッと肩を跳ね上げる。

 その反応に、俺も思わず同じ方向へ視線を向けた。つまりは、ヘヴンの方へと。


「シルヴァー、聞こえてたからねっ?」


 ヘヴンがむぅっと口をへの字にしてじとっと俺達を見ていた。その隣で虚ろな顔をした虎亀(仮)が妙な迫力を付け足している。


「フィルに無茶を言わなければ良いだけだぞ」


 それくらいはできるだろ、と返せば、ヘヴンはふいっと視線をそらす。

 その反応は、出来ないと言っているのだろうか。


「ヘヴン……良い歳した大人なんだから自重を覚えた方が良いんじゃないか?」


 離れた場所にいたと思ったが、いつの間にかこちらに来ていたもう一人の幽霊が呆れたような顔をして浮いていた。


「おっと、ラプラタには向かってもらいたい場所があったんだよね」


 ヘヴンは良い歳、に反論が出来なかったのだろう。耳に痛いことを言うラプラタに何やら紙を飛ばす。

 ラプラタは慣れたようにそれを掴むと、中身を見もせずにビシッとヘヴンへ人差し指を突き付ける。


「またかよ。ヘヴンは私をこき使いすぎだっての!」


「だって使い勝手が良いんだもん。今回はまぁ、君の挨拶がてら行ってみたらどうかなってところだねっ」


「挨拶ぅ? ここ、確か砂漠だったと思うけど」


 ラプラタが広げた紙には地図が載っていた。その一部分が赤く印が付けられている。それは教国と公国の間に広がっている例の国境砂漠だった。


「君さ、一応獣霊の王だったよね? 自分の管轄の者は知っておかないと」


「管轄の者? 知ってるよ。砂漠だと、ファルケだっけ。別に助けを必要としているわけでもないだろうに」


 そのファルケは俺が出会ったファルケだろうか。砂漠という場所も一致している。


「とはいえ、珍しく動き回っているみたいじゃん。気にしておくべきだよっ」


 というか、なぜヘヴンがそれを知っているんだ? 基本的にデュクレスに引きこもっていると思っていたが。

 横で聞いていた俺は首をかしげる。

 そんな俺の疑問を聞いていたというわけではないだろうが、ヘヴンはくるっと俺の方を向くと得意げな顔をする。


「ふふふ……私の情報網を舐めて貰っちゃ困るねっ。特にいまはアンデッド達が世界各地に散っているから前よりも分かるのさっ。ちょこっと視界を借りるとかしてね」


 どうやら、アンデッド達はヘヴンの目であり耳でもあるようだ。本人達の同意を得ているかどうかは怪しいものだが。


「俺がファルケに遭遇した事も?」


「へっ? も、もちろんだよっ」


 明らかに嘘だな。全知全能は遠い。


「あぁ、それは流石に知らなかったか」


「シルヴァー、ファルケに会ったんだ」


「ああ、助けてもらったぞ」


 すると、ラプラタが少し思案するような顔をしながら問いかけてくる。


「その状況、聞いてもいいかな?」


 俺は一つ頷いて簡単に話す。別に隠す必要があるわけでもない。ファルケには自分達の事についてあまり広めてくれるなと言われたが、ラプラタに話す程度、広めた内に入らないだろう。


「ファルケに出会ったのは“音外れの呪い”とやらに遭遇したときだ。それについて教えてもらったんだ」


「あぁ、それは会うだろうね。ファルケが警戒しているものの一つだ」


「音外れの呪い……それってさ、昔に聞いた覚えがあるよっ」


「あるんだ? ヘヴンには私が話したかな? 音外れの呪いって、元は羽を落とした妖精なんだよ」


「えっ」


 フィルが目を開いてラプラタを凝視する。

 羽を落とすとは、新種族になるなどして妖精では無くなるということを指す言葉だ。つまり、あの耳障りな音をまき散らしていた楽器達はもともと妖精だったということだ。


「ファルケが抑え込んでいたと思うけど、呪いをまき散らせるほど力を増しているならちょっと見に行った方がいいかも」


「それはラプラタがやるべきことなのか? その、獣霊の王としての仕事とかか」


「ん-、ちょっと違うかな。でも、生きている人間じゃできないことは私達がやらないと」


 そう言うと、ラプラタは宙でくるりと回ると風に紛れるように消えた。砂漠に向かったのだろう。


「おーい、ヘヴン様ー、そろそろ僕が獲ってきた分を出してもいい?」


「もちろん! ふっふっふ、研究材料が充実していくのって素晴らしい幸福感だねっ」


 ヘヴンの切り替えが早すぎる。

 とはいえ、研究材料の充実にここまで喜ぶのなら、フィルにしたアドバイスは間違えて居なさそうだな。俺もこの幽霊を動かさなければならなくなったときにはその手を使おう。

 ヘヴンを操縦する手綱を内心で数えた。




 ……ディオールが取り出した混合体に度肝を抜かれる数秒前。


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