デュクレス第一訓練場へ
次は10月27日の投稿を予定しています。
第一訓練場は訓練場と言ってはいるが、実用されていたころは騎士や兵士が汗水垂らして訓練に明け暮れている、といったような光景はなかっただろう。あったとしても、それはあくまでも儀礼的な御前試合とかではないだろうか。
「第一は大広間に面している訓練場だ。王族の目に触れる場所だからか無駄に広い」
そんな風にイェーオリや途中で合流したトーイに話しながら案内していた。
「ここばかりは権限のある王族とか宰相、騎士団長くらいしか開けないんだよね」
補足のようにそう付け足したのはディオールだった。デュクレスはこの男が過ごした場所でもある。さすがに知らないなんてことは無いようだった。
「ディオールのときはどんな使い方をしていたんだ?」
「ん? ああ基本的には陛下の鍛錬用だったかな……下僕部隊の欲求不満を解消させるためにも剣か鞭を握らなければならなかったんだ。他にも、高官だけの通称黒い会食とかあったねぇ」
「深く聞いちゃいけないやつだねそれ」
ゼノンが遠くを見るような目で悟ったように言う。
俺でも分かる触れてはいけない単語が三つくらいあったと思う。
「まぁ、あの場所の使い方としてはやはり大多数に見られない何かをするというのが正しいというか普通なのだろうな」
「ですが、私も同行してよろしいのでしょうか?」
トーイが不安そうな質問を俺に向ける。表情はほとんど動いていないのでその気持ちは良く分からないが。
「まぁ、トーイの家がある場所はスタンピードの危険が全くないという訳でもないからな。知っておいて損はないだろう。それに……もし良ければピュルテとトリッパーがデュクレスの外で動く際の拠点のようなものになってもらえないかと思っていたんだ。事前に知っていれば受け入れやすいだろう」
別に強制するつもりはないが、と続けて言う。
とはいえ、俺としては何となく何らかの役割を持っていた方が健全にアンデッドライフを過ごせそうな気がしていた。
「初耳です」
「今言ったからな。ちょうど良い機会だし、トーイも生活に変化をつけてみてもいいと思うぞ」
「それ、良いと思うわ。私達だって最近はとても楽しいもの。ここの人達って少し前までピクリとも動かないような過ごし方をしていた人もいたのよ? それが今は人里離れた場所とは言え自由に外を動けるようになって生き生きとし始めているもの」
意外にも一番に反応したのはカルティエだった。そして教えてもらえるアンデッドの実情。まぁ、アンデッドフェスティバルとかもそう頻繁に聞くものでもないし、他に喋るアンデッドの噂もない。
あまり活動的ではなかったのは間違いなさそうだ。
「そういえば、アリスとか良く喋るようになったよね」
「兄様、アリスティドと言わないと、他のアリスが怒りますわよ」
どうやらアリスという名前のアンデッドもいるらしい。俺は会った事の無い相手だろうな。すれ違うくらいはしているかもしれないが。
「そうだったね。まぁ、ティアが言わなければバレないバレない」
ディオールの妹、カルティエの愛称はティアという。
うっかり聖樹の方が浮かんだ俺は一瞬だけ肩を跳ね上げてしまった。
「さて、そろそろ着くぞ」
俺は扉の一つに手をかけると、押し開く。
ブレインに予め言ってあったからか、扉は施錠されていなかったようで軽いものだった。扉の先の部屋はそこまで広くはない(デュクレス城の他の部屋と比べればだが)が、入ってみて一番に思うのは“狭い”という感想一つだろう。
「シルヴァー、ここってさ、僕の記憶じゃ王族用の部屋だったと思うんだけど。……いつの間に、物置になったわけ?」
「さてな。俺も実際に入るのは今日が初めてだから何とも言えない。ブレイン、そのところはどうなんだ?」
《とある時期を境に当時のメジアン王が収集されたという記録が御座います》
「えぇ……ってことは少なくとも僕達が死んでからこうなったってことか」
ディオールの度肝を抜いたその部屋は、武器の見本市と言っても差し支えないほど数多くの武器防具が置かれていたのだ。
彼らの心当たりがないということは、デュクレスが廃墟と化すその前にこの部屋はこのような形になったということだ。そして、この形を完成形と定められたのだろう。
「武器って、こんなに種類があるんですね」
ロウが感心したように周囲を見回していた。イェーオリ達も唖然として視線をあちこちに向けている。
「一般的なものから使い手を選ぶ特殊なものまで考えられる限りのものをかき集めた感じだな。その手の知識はわりとあると自負しているオレでも知らないものがいくつかあるぞ、おい」
「まぁ、部屋を埋め尽くす勢いだからな。とはいえ、今日の目的はこれじゃないだろう。訓練場へ下りるぞ」
俺は気にはなっていたが、本題は別としてあまり興味を見せずにスタスタと部屋を横切る。そして、反対側のガラス扉を開け放った。
狙われることなど微塵も考えていないような部屋の造りだが、その理由は外に出てみれば分かる。
「ほら、早く」
「でもこの部屋、すっげぇ見応えある……」
イェーオリ達が本格的な鑑賞体勢になっていた。気持ちは何となく分かる。良く見れば、ロウも目を輝かせているな?
「あー……関係者だけで、良いか? 具体的にはディオールとカルティエ、ヘヴン、マリヤとルイ、フィルだな。ブレインはどこにいても会話は聞き取れるか?」
《はい、問題御座いません》
俺の指定したメンバーだけが訓練場に降りてくる。
ヘヴンが武器類に大して興味を見せなかったことに若干の珍しさを感じつつ、俺はちらりと振り返ってみる。狙われることなど微塵も考えていないような扉の理由。ガラス扉のその上には装飾のような顔をしたゴーレムがあった。万が一の時はこれが敵を排するのだ。
一瞬立ち止まった俺とすれ違うようにすい~っとヘヴンが訓練場の真ん中の方へ飛んでいく。
「さてさて~。まずは核持ちからだよね? ね?」
「まぁ、フィルへの聴取は別にヘヴンがいなくても良いからな。ピュルテの能力チェックは……あぁ、分かった、見たい奴がそろうまで待つから」
「絶対だからねっ」
訓練場は広いのでやりたい事の全てをほぼ同時進行に出来ると思ったのだが、ヘヴンに絶望の眼差しを向けられてしまったので諦める。
三種の混合体の確認とピュルテの能力チェックはヘヴンを省くと拗ねられそうだ。
「マリヤとルイはまずはブレインと話してもらうぞ」
「はい」「わかりました」
ピュルテとトリッパーの能力を鑑みて住居やデュクレスでの仕事などについてまとめてもらうのだ。俺は決定したらそれをまとめて教えて貰うつもりだった。
「しかし、ヘヴン。三種の混合体はそんなに見たかったんだな」
「傷がなくて、毒も使っていない。そんな状態で持ち帰られた三種以上の混合体って何気に初なんだよねっ」
俄然やる気を出したヘヴンがディオールとカルティエを急かしていた。
「そしてたぶん、混じっている三種がはっきりしていて、ある意味真逆な性質しているのはあまりないと思うわ」
「まずは僕の方からかな」
「まずは? ってことは複数あるんだねっ!?」
ヘヴンが期待に目をキラキラさせている。実に嬉しそうだ。
「核はどんなものなんだろうな」
「ん-、混合体はわりと青いのが多い印象だねっ。無理矢理性質の違うものをつなぎ合わせて動かすのに魔力を使っているから、石自体の魔力は減っているんじゃないかと私は仮説を立てているよっ」
「とりあえず、出すよー」
ディオールが亜空間を開き、よいしょっというかけ声と共に何かを引っ張り出した。
「おお~っ!」
「うわぁ……」
ヘヴンと俺、反応は二つのタイプに分かれた。
現れたのは虎の頭に亀の甲羅、百足の尾を持った核持ち。虎に亀の甲羅ならまだ気にならないのだが、そこに百足の尾が加わるだけでおぞましさが際立つ。
「どうやったらこんな見た目になるんだ」
「それも私の研究課題だね」
ヘヴンはフフフフ……と低く笑いながらその核持ちにへばりつくようにして調査を始める。
俺はあまり直視できそうにないのですぐに視線を逸らすとフィルを連れて離れた。虎が混じっているとうっかり自分事のように感じてしまうのだ。
さて、こちらはこちらでさっさとやることを済まそう。




