閑話 アルジェント
我はしがない一匹のウルフ“だった”。とある森の奥で気ままに過ごしていたが気付くと聖獣になっていた。ここまで来るのに数多くの同胞を見送った。聖獣である我は寿命もないような存在になっていたからな。そして、数多くの生き物を狩った。生きるためだったとは言え、彼等の命を奪ったことに違いはない。“聖”などという言葉に我はふさわしくない罪深い存在だ。
ある時、我が見守る群れの一匹がおかしくなった。数日間行方を眩ませ、帰ってきたと思ったら魔力だけが大きく増していたのだ。魔獣化とも違う不思議な現象。その時の我は長い狼生、こんなこともあるだろうと気にも留めなかった。いや、警戒だけはしていたか。原因が分からなかった故にな。他の奴らにも注意を促していた。
魔力が大幅に増えたやつはだんだん意識を保てなくなっていたようだ。我も群れの一員を魔獣にさせてしまう訳にはいかなかったから魔力を消費させて対策をとっていたが恐ろしいことに日が経つにつれて魔力量がどんどん増えていた。
そうしているうちに似たような状態になった奴がポツリポツリと増えていった。終いには群れの9割がその状態になった。その頃には初めの方で異変が起こった奴らはもう群れにはいなかった。残念なことに魔獣化してしまったのだろう。帰って来なかったのだ。
一匹、一匹と姿を見せなくなっていく……それは仲間を助けることが出来なかったということだ。守ることが、出来なかった。流石の我もこれには堪えた。今だ原因が分かっておらず、対策も取れない。群れとしての存続も危うくなってきた。
場所を変えるか。
他の場所に行って別の群れに合流する。そうすれば最後まで正気を保っている奴らもなんとか伴侶を見つけ、子を残せるだろう。そうと決まれば、明日ここを出よう。我は残った数匹にそう告げた。
それが悪手であった。
静かな、静かな我等が住処を後にして森の浅い所に着いた。この先は木々もまばらな草原だ。進もうとすると、我の索敵範囲に見知った気配が入り込んだ。初めの方で帰って来なくなった数匹だ。彼等の動きは魔獣のような荒々しさはなく、統率されている。てっきり魔獣化してしまったのだろうと諦めていたが、無事だったのか? それにしては、内包する魔力が我に追いつくほど高まっている。一体どういうことだ。
どうやら我等がいる所を目指しているようだ。少し待ってみるか。
しかし、よく見れば彼等は“異常”であった。その立ち居振る舞いにウルフらしさはあれども、内包している魔力は彼等が抑え切れる限界をとうに越しており漏れた魔力が威圧感を感じさせる。我以外の正気な奴は動きたくても動けない状態にあった。
対峙することしばし。突然彼等が動き出した。一斉に、同時に。その機械的な動きに虚をつかれ、反応が遅れてしまった。生物は皆あの様に全く同じタイミングで動ける様にはなっていない。必ずタイムラグが生じてしまう。それが、どうだ。彼等は我の知覚出来る限り全く同時に動いていた。まるで、まるで誰かに操られているようではないか。
嗚呼……
我は絶望の声を上げる。いつの間にか我等は囲まれていた。もともと群れにいた奴とその他の獣。これで彼等が操られていると確定出来た。共闘出来るわけがない組み合わせが見られたから。もはや逃げ道もない。
恐ろしいことだ……。これだけの数を操れる存在が現れているとは。他の者たちに警告すら出来ないことが恨めしい。
ジリジリと追い詰められ、とうとうあちらは決着を着けにきた。我等は彼等の余りある魔力で押さえつけられ、その闇に意識を沈ませていった。
せめて、我が聖獣であることは隠さねば……。
「……おお? 今回の奴は強い個体だな。計画のために先立って食糧でも集めさせるか。クヒヒッ」
「群れのボス格だったんだろう。ウルフ達をまとめて放つか?」
「群れる奴らはその種族でまとめておいた方が連携は取りやすい。そうしよう。クヒヒッ」
「「我等が神に栄光あれ」」
一瞬、ほんの一瞬だけ意識が浮上した。だが、体は動かない。その刹那に男たちが交わしていた会話は一体何なのかは……分からない。
我の意識は近付いて来た男が何かしたことで刈り取られ、再び闇に沈んだ。
どれだけの時間が経っただろうか。闇の中、我は幾つもの囚われの意識と会話した。その結果どうやら我が群れの長だったため、他のウルフは我に従うようになっているらしい。こんな闇に閉じ込められているのは我だけで他は意識だけなら外へ向けられるという。
ならば、指揮制御を奪えば被害を減らせるかもしれない。魔力を使わないように指示すればただのウルフになる。そうなればきっと強き者が止めてくれる。
そうして闇の中から表層へ干渉して、なんとか指揮制御だけは奪った。襲撃において、魔力の使用を禁じた。これが、我の打てる最大の手だ。どうか、我等を止めてくれ。
「お……ろ、ウ……フだ!」
遠くからぼんやりと人の叫び声が聞こえてくる。また、襲いかかっているのか……此度の者達は我等を止めてくれるだろうか。
“魔力を使うな”
この命令を出すのももう何度目だろうか。我が出来るのは本当にこれだけなんだ。人任せにするしかない我が身が恨めしい。
「あ……らの首……る!」
く……び……? そこに、原因が?
程なくして我等の負けという形で決着が着いた。解放された者から倒れていった。ろくな食糧もなく、ただ命令のまま動き続けたんだ。いろいろと限界だったんだな。だが皆ようやく助かったと安堵している。我も闇から抜け出せた。
「白銀の毛を持つ獣は総じて幻獣かそれに準ずる魔獣だ。確か自分が認めた相手で、特別な儀式を経たら意志疎通が出来たはず」
「その通りだよ。死なせると教国から睨まれちゃうからさっさと手当しよう。幻獣だと言うならかろうじて死んではいないはず」
ふむ。良いことを聞いた。
其方等はまだ魔力が大きいままだ。しかしもう自分で扱える。これは其方等は幻獣であると言えるだろう。人の言う教国へ向かえ。その近くなら何かあっても対処出来るだろう。
我は、この者達に着いていってこの不甲斐ない身を鍛えるつもりだ。またいつか会おう。
群れにいた者達にそう告げた。
我も甘かったと痛感した。それに、我等は奇跡的に助かったがまだ他にも多くの獣が利用されている。何か手がかりがあるといいが。
その後、よく見たら我に近しい存在がいたので彼に着いて行くことに決めた。そうして向かったのは王都と言う場所だ。割と高い塀が見える。苦労して作ったのだろうな。我は飛び越えられるが。
そうそう。我に近しい存在……シルヴァーと言う名前らしいが、彼が我の本来の姿じゃ連れていけないと言ったので体を小さくしてみた。この状態だと自分で歩くのが面倒になる。頭に乗せてもらうか。
王都に入ると、女子や御婦人がどんどん集まってきた。我はカワイイそうだ。少し声を披露すると面白いくらいに揃ったリアクションが返ってくる。楽しいな!
やり過ぎて少ししっぺ返しをくらった。だが後悔はしてない。
ただ……シルヴァーが人が少ない大通りがある所に着いた時、僅かに嫌な気配が感じられた。何か、あるのか? あんな気配が近くにあったら我でも気が狂うかもしれない。シルヴァーは特に反応していなかったから気付いたのは我だけなのだろうが要注意だな。
ああ、近いうちに我の力を試せる所で修行をせねばならんな。シルヴァーに言えば見繕ってくれるだろうか。




