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虎は旅する  作者: しまもよう
アーリマ五公国編
352/458

脱出の鍵は妖精魔法?

次は9月1日の投稿を予定してます。

時が過ぎるのは早いですねー……。


 エデンは見違えるほど豊かな見た目となった。

 先程までも充分強い力を秘めている気配がしていたが、今はそれを疑うなんて誰も考え付かないだろう。生命の力強さだけではない。明らかに周囲もどこか清浄な空気になっている。もう雰囲気が別物だ。


「この様子だと、魔力水を渡しておけば魔力の問題はなくなりそうだな」


 見ろよ、この葉っぱ。艶々しちゃって。

 俺は頭に落ちてきた葉をつまみ、ハッと笑う。

 この変化の早さには驚かされるが、本来、聖樹は生命力が強く、枯れにくいもののはず。先程までのエデンの状態こそがおかしかったのだ。まぁ、生育環境が良くなかったのもあるかもしれないな。

 ……やっぱり、人工魔石の魔力はヤバかったか。俺、ティアのところにも例の魔石を送った記憶があるのだが大丈夫だろうか……今は、忘れておくか。


「よし、こうなるとデュクレスからどんどん持ってこないとな。ラヴィ、ヘヴンとはまだつながっているか?」


「ええ、たぶん、聞こえているのではないかしら」


「そうか。おーい、ヘヴン。デュクレスの魔力水が必要だから、こっちへ寄越せる奴に持たせてくれるか?」


《もちろん、構わないよっ! たくさん必要になるのかな?》


「んー、いや、どうだろうか……」


 俺は、エデンをチラリと見る。

 バケツ一杯分でこれだけ持ち直しているのだ。あまり多くは必要ない……気がする。


「エデン、どれだけあれば足りる? さっきのバケツ五杯くらいか?」


 分からないことは聞けば良い。だが、肝心のエデンと話をする手段がな……。さっきみたいに集中して妙なトランス状態にならないと話せないのは困る。あのとき――グリルが俺を突いていなければ俺は下手したら俺という意識を失っていたのかもしれないのだから。


《……たりるよ……》


「ん? いまのは」


「エデン、なのかしら?」


「ラヴィ達にも聞こえたのか」


 エデンもこうして話せたんだな。さっきまでうんともすんとも言わなかったのは何故なのか……やはり、力が足りなかったのか。


《つかれるから……じゃあね》


「あ、ああ。だが、こちらから質問したときには答えてくれるよな?」


 返事はなかった。だが、狙い澄ましたかのように俺の頭めがけて葉が一枚。YESの返事だと取っておこう。


「とりあえずバケツ五杯くらいね。ヘヴンさん、お願いします」


《構わないよっ。持っていくのは私じゃないし》


「だろうな……」


 持つことができないという訳ではないはずだが、あいつは面倒だと思ったら一切手を出さない性格だ。そろそろあのつかみ所の無い性格も慣れてきたな。


 聖樹らしい空気を取り戻したエデンと、その葉の隙間に見える繭を俺は見上げる。

 魔力不足については、何とかなる。これで、妖精達を見捨てるという選択を取らなくてもよくなる。

 俺は誰にも気付かれないように小さくホッと息を吐いた。

 別に聖人君子というわけでもないが、妖精は知らない相手ではない。このデュクレスの一員であるのは間違いなかった。そんな存在を見殺しにするのは流石に良心が痛んだのだ。


「さて、それでも俺達がここから脱出しなくてはならないのは変わらないな。ロウ、神術の方はどうだ?」


 エデンが俺達をここから出してくれる気はないようだからな。出来ないと言っていた。だったら、俺達がどうにかしなければならない。

 だがまぁ、魔力水が補給されれば魔力不足とかの問題は解決することが分かったんだ。切羽詰まっているというわけでもないし、俺達がここから出ようとして妨害される何てことはもうないだろう。勝手にどうぞ、という感じだったし。


 ……と、思っていたんだが。


「シル兄ちゃん、まただ!」


「くそっ」


 困ったことに、神術を完成させないとでも言うかのようにたびたび邪魔をされていた。攻撃ではない。ただ、地面に書いている術陣……魔法陣を消されてしまうのだ。


「なぜ俺達を邪魔する!? 俺達を出て行かせたくないのか!? エデン!!」


 だが、エデンから返事はない。

 どうしろっていうんだ、と俺は頭を抱える。


「ねー、シル兄ちゃん」


「ん? なんか解決策でもあるか、ゼノン」


「それはないんだけどね」


 解決策あるならカモン! という気分は即座に叩き潰された。


「なら、何だ」


「思ったんだけどさ、エデンからしたら魔力水が来る保証はないわけじゃん。だから、俺達を確保しておきたいんじゃない?」


 ……なるほど、今も魔力不足であるのは間違いない。エデンにとって俺達(俺とアル以外)は大事な魔力源だったな。


「とすると、ヘヴンが遣わしてくれた誰かがここに来てくれるのを待つしかないってことか」


「さっきまで書いていたものからシル兄ちゃんが完成させてくれても良いけど?」


 エデンに消される前まで作ってあったところからなら一から組み直すよりは楽だ。

 俺は別に鳥頭というわけでもないので覚えてもいる。だが……頷けない。


「複雑なのは俺だって無理だ。書いて確認してからじゃないと間違いなく失敗するぞ」


「だよね~」


 神術指南書なんてものがあって、魔術指南書というものの話は聞かない。その理由を考えるといい。力を通す順番やルートの選択がシビアだからこそ、マニュアルが必要になるのだ。

 しかも、俺達がやろうとしているのはその応用だぞ。難易度は跳ね上がっている。


「とはいえ、何もしないというのも落ち着かないな。考えるだけはしておくか……?」


 目下一番の問題はエデンの術に混じっているというフィルの妖精魔法への対処だった。恐らく、それがヨシズ達から魔力を奪う効果を持っているのだ。解けなければ怖すぎて出て行けない。


「妖精魔法って、私はあまり見たことがないのよね。前にデュクレスの近くでスタンピードが起こりかけていたあのときにちらっと見たくらい」


「その時は普通の魔法との違いとか分からなかったのか?」


「必死だったもの。そんな余裕はなかったわ」


 妖精魔法と普通の魔法は違う。だから、対処法も違ってきてしまう。

 そして、俺達は妖精魔法をよく知らなかった。


「かくなる上は――ヘヴンだな」


「ヘヴンさん?」


「今思い出した。フィルが前に言っていたんだ。ヘヴンに失伝していた妖精魔法を教えてもらったと。ということは、知っているんだろう? ヘヴン」


《まぁねっ。伊達に長く生きてきたわけじゃないし》


「……だったらお前もこっちに来てくれないか?」


《それが人にものを頼む態度なのかな~?》


「……」


 恐らく、ヘヴンのことだから俺達が妖精魔法云々と話題に出した時点で想定済みだったはずだ。気付くのを待っていたのか? いつ気付くかとニヤニヤ笑っていたとしても驚かない。


「……くそ、ヘヴンの知識が必要だから来てくれ……くださいお願いします、で良いんだろ!?」


《あはははっ、頼み込むの苦手すぎるってシルヴァー! いいよいいよ。面白いシルヴァー見れたし。――まぁ、何となく察していると思うけど、既に私はそっちに向かっているんだけどねっ》


「それは、助かるが……うん、その可能性はあるだろうなとは思った」


 ヘヴンの態度にイラッとするものを感じつつ、何も言わずとも手助けをしてくれるつもりだったのだろう彼を怒るわけにもいかない。


「じゃあ、ヘヴン、こちらに着いたらエデンの範囲に入らないようにだけは気をつけておいてくれ。全員捕まったらどうにもならない」


《はいはい。分かっているって~》


 俺達はそのままヘヴンたちの到着を待つ。

 俺はエデンに気付かれないように神術を考えていた。これだけは完成させておかないとヘヴン達と合流したときに困ることになるからだ。妖精魔法はもうあいつに任せる。ヘヴンなら何とかなるだろうと思う程度の信頼はあった。


 グルル《シルヴァーよ、何かが近付いてきているぞ》


「何かって何だ。数は? それと、人か? 魔獣か?」


 地面を向いたまま俺は言う。だが、続くアルの言葉に顔を上げざるを得なくなった。


 グル《数は一人、覚えのある魔力をしている――これは、フィルという奴であろうな》


「フィル、だって……?」


 ヘヴン達が到着する前に、どうやら一騒動ありそうだった。




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