王都12 朝の1シーン
おはよう。昨日は腹一杯食べたからいつもより起床は遅くなった。だがヨシズもゼノンもまだ寝ている。寝坊助め。
……そんな感想は俺よりアルが言うセリフかもな。もうこの部屋にいないようだ。どこかへ出かけたのだろう。起きてもあの巨体が目に入らない。したがって昨日のような心臓に悪いことは起こらない。いい目覚めじゃないか。
「おはようございます」
下に降りるといつもはもっと賑わっている食堂は思ったよりも閑散としていた。昨夜の影響か? 皆結構呑んでいたし、遅くまで騒いでいたからなぁ。だが見渡す限り食堂内にあの宴会の名残は見られない。女将さんがしっかり片づけたようだ。
「おはよう。シルヴァーさん。朝食を食べますか?」
「ああ。だが、そんなにたくさんはいらない」
「遅くまで飲食していましたものねぇ。分かりました。好きな所で待っていて下さい」
少ししたら女将さんが朝食を持って来てくれた。何故か2人分のお茶とともに。
「ふふ。今日は皆さんなかなか起きて来ませんのでヒマなんです。食事の間だけでいいので話しましょ」
なるほど。そういうことか。確かに起きて来た人はほとんどおらず、女将さんがやることはなさそうだ。
「俺でいいなら付き合おう」
「ありがとう。じゃあ、シルヴァーさんはどこから来たの?」
そんな問いから始まって俺の事、王都のこと、女将さんがドルメンのラーナさん、サーナさんのいとこだとか話題は多岐にわたった。ちなみに女将さんの名前はルーナというそうだ。文字と文字の間を伸ばした名前が流行っているのだろうか? 聞くと女将さんの兄弟は皆そんな名前だそうだ。……あまり必要性のある情報でもないか。
ああそう言えば、女将さんの旦那さんの話も聞けた。惚気混じりでちょっとげんなりしたが。どうやら元冒険者ということでおよそ1年前から遠方の村の援助に行っているそうだ。ここ王都では元冒険者の都民は持ち回りで貴族の視察に付き合って遠方の村の援助に行くことが義務付けられているらしい。それなりにお金も貰えるから話が来て拒否する人は滅多にいない。
「女将さんは1年も前から1人でここを切り盛りしているのか? すごいな」
「そうかしら? でもたくさんの人に助けてもらっているから1人って気はしないわねぇ」
「それならそんなに寂しいこともなかったのか?」
「う〜ん。忙しくて寂しさを感じることはあまりなかったわ。あの人も友人に私のことを頼んで行ったみたいだから。あちこちにあの人の気遣いを感じたから泣かずに済んでいるわね。そもそも私も元冒険者なのよ。めそめそ泣くつもりはないわ」
へぇ……。夫婦そろって冒険者だったのか。冒険者にとって過ごしやすい宿であるのも頷ける。昨日は急な材料持ち込みの料理にもしっかり対応してくれたし。
「お〜い、シルヴァー。お前もう起きていたのか」
「おはよう。ヨシズ。もうってこの時間でもいつもより大分遅いぞ」
「え? ……マジか!!やべえ。今日はマグルスのとこに行かなきゃ行けないんだよ」
ヨシズは慌てて宿から出ようとするが、お前、朝食は良いのか?
「朝食はどうする? パンでも持っていく?」
「あ……女将さん。一つもらっていきます」
女将さんが奥から持って来てくれたパンを咥えて今度こそヨシズは出かけて行く。気を付けろよ。走りながら物を食べるのは意外と危険なんだ。変な所に入って咳き込む羽目になったり、あわや窒息死……なんてこともあり得る。
「まぁいいか。それじゃあ俺も食べ終わったし、ゼノンを起こしに行って来ます。ごちそうさまでした」
「いえいえ。また話しましょうね」
「機会があれば」
俺は部屋に戻ってゼノンを起こす。昨日は一足先に寝たみたいだから割とすんなり起きた。
「うぅ……シル兄ちゃん……。おはよー」
「もう大分日が昇っているぞ。アルもヨシズもどこか行ったみたいだ。ゼノンはどうする?」
「寝てる……「は、ダメだからな」……考えとく」
ゼノンの寝てるという返答をさっくり却下してとりあえず布団を剥ぎ取る。そこまですれば流石に渋々体を起こして軽く伸びをして起き出す。
「とりあえず朝食を食べてこい。俺はここにいるから」
「ふぁ〜い」
ゼノンが朝食を食べているその間に俺も今日の予定でも考えておくか。
「って、そう言えばアルの行方を聞くの忘れてたな」
あいつは一応フェンリルだから誰かに出かけることを伝えているはずだ。出かけるアルを見る可能性があるとすれば女将さんか? また食堂に戻らないと。
「はれ? ひるにいひゃんどしたの?」
「食いながら話すなよ。聞き取れないっての」
「むぐ……どうしたの? 朝食は済ませたんだよね?」
「アルの行方を聞くのを忘れていてな。女将さんなら知っているんじゃないかと思ったんだが…ちょっと忙しそうだな」
昨日騒いでいたメンバーが起き出していたようで、食堂はいつも通りの賑わいを取り戻している。つまり、女将さんに雑談する余裕がなさそうなのだ。ここまで忙しくしている中話しかけるのは少し躊躇われる。
「話すくらいなら良いんじゃない? 聞くのはアルを見たか見てないかだけでしょ。女将さーん! 聞きたいことがあるんだけどー!」
「ちょ、ゼノン……」
「はい!少し待っていて下さい!」
「ええと……どのような用件ですか?」
「朝方にアル……少し大きめの白銀のウルフを見ませんでしたか?」
「ああ!見ましたよ。シルヴァーさんの所の子だったんですね。王都の中心の方へ向かっていましたね。小さかったので少し心配です」
小さかった……? まさか、子犬バージョンで行ったのか? となると、騒ぎが起こっていそうだな。頭が痛い。
「助かった。だがおそらくあいつを心配する必要はないだろう。そこらの冒険者が勝てるような存在じゃない」
何せ聖獣だ。
「そうですか? あの可愛さにやられて突撃していく方々が出て来そうな気がしますが。ああ、そう言えば夫もそうでしたね。可愛いものに目がなかったわ。
可愛いものが大好物な人はここ王都には結構いるんですよ。いくら強いと言っても大勢に囲まれたらどうしようもなくなるのでは?」
……どうしよう。初日のことがあるから反論出来ない。
「あり得るね。じゃあ今日はアルを早いうちに回収してそのあと街を散策出来る依頼でも受けようか? シル兄ちゃん」
それがいいだろうな。アルが引き起こすであろう騒動は大きくなりすぎる前に収めないと。とはいえ、どこをどう探せば良いのか。
「……ごちそうさまでした」
探し方に迷っているうちにゼノンが食べ終えたようだ。
「ゼノン。どうやってアルを探す?」
「騒ぎが起こっている所をしらみつぶしで探すしかないんじゃない? それと、依頼は受けるとしても、アルを見つけてからだよね」
やっぱりそれしかないか。依頼については俺も同じ意見だ。アルを探すのに時間がかかって失敗になったら困る。
「そうと決まれば、行くか」
目的はアルを見つけること。だが、その間にこの王都がどんな所か分かるだろう。それも楽しみだ。
近いうちに東西南北街の散策が出来たらいいと思う。学院に通うようになったらきっとそんなに時間が取れないだろうから。