しかばねの王国!
次は6月2日の投稿を予定してます。
デュクレスは相変わらずデュクレスだ。きれいに晴れ渡った空にどこまでも水平線が広がる果て無き草原。
振り返ったデュクレス口には……鬱蒼とした森ゾーンが新たに出来ているが、それもまた味があって良いものだ。……と、しておこう。
俺自身の考え?
どこの魔の森ですか、という感じだな。不健全な森は俺の好みではない。
そもそも、この邪悪樹の森のどこに味があるのかさっぱりだ。
「さて、デュクレスへ入るとしようか」
「ちょっと待とうか。シル兄ちゃん」
「なんだ?」
「とぼけるにはちょっと無理があるんじゃないかしら」
右手をゼノンに、左手をラヴィに捕まえられる。そのままグッと引かれてしまったので俺はバランスを崩してたたらを踏んだ。
「ちょ、待て……」
アルが上手いこと背後に回ってくれて少し体勢を戻す。だが、二人はそんな俺のことなど気にしていなかった。その視線の向く先はやはり森。
「ちょっと来ない間にさ、ここ、何があったわけ?」
「……禍々しいなぁ……」
珍しくヨシズが隙だらけで唖然とした様子で邪悪っぽい森を見上げていた。いや、ロウなんかは固まっているし、イェーオリ達は気味悪そうに周囲を見回していた。
「育成過程が気になりますね。どれほどの力をかければこのように歪むのでしょうか」
だが、トーイは平然としているな。おどろおどろしいものに対して耐性があるのだろうか。
それと、恐らくだが最初に強い魔力をどどんとかければこうなるのだと思うぞ。それ以外の可能性としては術者の歪んだ感情か?
狂っていた、というトーイならできそうだな。他意はない。
「ゼノン、ラヴィ。落ち着け。ちゃんと話すから」
別に秘密にしなくてはならないというわけでもない。
「闘技場の地下でのことが原因だった」
そしてモサタイガーになった俺が魔力を消費させるために行ったことの結果がこれだ。
そんなことを軽く説明した。
「これだけのことができるほどの魔力を良く保てたね」
「我ながら大したものだと思う。二度はごめんだがな」
しかし、この禍々しい見た目には俺も驚いてはいる。ジェルメーヌがこの見た目を嫌っていたからとっくに修正されていると思っていたのだ。妖精を住まわせるとかなんとか言っていたような気がするが……。
「あ! シルヴァー様! お久しぶりですー!」
妖精の姿ないな、とか思っていたところ覚えのある声が響いた。
「フィルか?」
俺が唯一親しくしている妖精と言えばフィルだ。彼が近くにいるのだろうかと思って周囲を見回す。
「あ、あそこ!」
ラヴィがまず気が付いたようだ。そして真っ直ぐ邪悪樹の上を指差す。
「フィル……?」
俺は思わず首を傾げてしまった。自分の目が信じられず、頭を振ったり目を瞬いたりする。
おかしいな? フィルが5、6歳くらいの子どもの大きさに見えるぞ。
妖精は身長が人の顔ほどだったと思う。彼だってそうだった――はずだ。
「お久しぶりです!」
フィルは木の上からひょいっと一息に降りてきた。背中側から風を吹かせたかのようにふわりと一瞬浮遊するかのような不思議な降り方だった。
「久しぶりだな、フィル……でいいんだよな?」
「はい!」
「大きくなったか? なっているよな?」
「はい! 一部の妖精は羽を落として人に近い種族になれたんです」
人に近い種族?
確かに、フィルは人の子どものような姿だ。
「それは良かった……のか?」
「はい。とても良いことなんです。実は、妖精というものは不安定な存在なんです。存在するだけでも魔力の消費が大きくて、妖精郷に日の半分はいないと消滅してしまうような儚い命でした」
そうだったのか。
俺は衝撃を受ける。妖精がそんなにも死にやすい存在だったとは思いもしなかった。
「ということは、今はそんなことはないのか?」
「はい! 飛べなくなってしまいましたが、代わりに安定した命を得たので総合的にプラスですね」
フィルの笑顔は明るく、嬉しそうだった。安定した、と言うからには安心感も大きいのだろう。
「良かったな。フィル以外も妖精脱却か?」
「全体の3割程度でしょうか。残りはまだ妖精であることに未練があったり、他の種族として派生できるかもしれないと言ってそのままでいます」
まだ他にも新たな種族が現れるようだ。デュクレスはますます混沌とした何かになっていきそうだった。
「ところで、フィルはなぜそこにいたんだ?」
「あぁ、シルヴァーさんもご存知の4匹を探しているんです」
俺も知っている4匹といえば……奴等か。綺麗な見た目を裏切る性悪妖精ども。あの4匹は本当に問題児(妖精)らしく、会うたびにフィルは頭を抱えていた。
「ちなみに容疑は?」
「この森に掛けていた正常化の付与をロストさせやがりましたね」
容疑ではなかったようだ。
正常化の付与とは、言葉の感じからするとジェルメーヌの言っていた森の見た目を取り繕う妖精の術のことだろう。これだけの森の見た目を普通の物に装うのには相当な力を割いているはずだ。術自体も掛けるのが大変かもしれない。
よく見てみれば、フィルの眉間には深くしわが刻まれていた。
「大変そうだな。手伝おう……と普通なら言うんだが、生憎とこれから観光案内を予定しているんだ。その後でも大丈夫か?」
「シルヴァーさん、私の方は急がずとも構いませんが」
「いや、デュクレスの(比較的まともな)客なんだ。ぜひとも歓待させてくれ。それに、ブレインについては俺が最上位の権限持ちだからな」
おそらく、俺がいなくてはブレインが管理魔術陣であるかどうかさえ知ることはできないだろう。
「だったらさ、オレらがこのちっこいのを手伝えば良いんじゃねぇか? イェーオリ達はともかくオレやゼノン、ロウは別に今さらデュクレスの観光なんていらないからな」
「いえいえ! 無理に手伝っていただかなくとも大丈夫ですよ」
「無理じゃなきゃ良いんだろ。な? シルヴァー」
「そうだな。フィルの探している4匹は本当にろくでもないことをする奴等だ。さっさと捕まえられるなら捕まえてしまった方が良いだろう。あぁ、こちらから2,3人割くくらいは問題ない」
ヨシズ、ゼノン、ロウ、アルを戦闘派遣することにした。
俺が4匹の凶悪さについて気をつけるように念押しをしたら、これは本気なのだと悟ったようで、真剣な顔で頷く。
「フィル、4匹はまだ妖精なのか?」
「はい。なので、森では見つけにくかったのです。ですが、四人が加わってくださるというのなら、かなり追い詰められることでしょう。いえ、追い詰めてみせます……」
フィルは一瞬だけ凶悪な表情を浮かべる。俺がゾッとしてしまうほどの凄みがあった。
そんな彼は妖精捕獲隊に【ロスト・マジック】と【バインド】を付与した金棒とジェル玉を配っていた。
これは、相当お冠だぞ。終わったな、あの4匹。
渡された金棒からどうしても目を離せない様子の彼等を残して、俺はデュクレスへ歩き出した。
「良かったのでしょうか……」
「まぁ、3人と1匹が加われば4匹の羽虫程度簡単に捕まえられるだろう」
「そんな扱いなんですね」
「まぁ、迷惑を掛けられたからな。それより、ここからがデュクレスの城下になる。異色の騒がしさだが、気にしないでくれ」
門兵はゴーレムだ。俺に気が付くと跪き頭を垂れる。この時ばかりは俺も“陛下”という気分になるな。
「ようこそ、デュクレスへ」
城下を背にトーイ達の方を向いてそう言ってニヤリと笑ってみる。
そんな俺の背後では……
なぜか棺桶が立ち並び、ときどきボウッと光ったかと思うと中から人が出てきている。ただの扉ですけど何か? とでも言うかのような顔で。
露店のようなものもある。どう見てもゲテモノ料理屋だった。
来るたびに何か変なものがあるな。だが、それこそがデュクレスかもしれない。
ここは世界のどこよりも混沌とした街だ。




