振る舞い
次は5月5日の投稿を予定しています。
俺達はその応接間に置かれている椅子に好き好きに座った。フリオとゼノンなど、数人は立っていることを選んだようだ。別に椅子が突然俺達を拘束するとか、爆発するとかそういった危険はないだろうが、流れのままに座ることに危機感を覚えたらしい。
「お茶も出しましょう。エマ――ルビーの花茶を」
ルビーの花茶?
聞いたことのない単語に、俺は首を傾げた。
「綺麗なイメージのわく言葉ね。どんなお茶なのかしら?」
「あぁ、ルビーを溶かしたような艶やかなお茶ですよ。妻はどこかフルーティなまろやかさがあると言って好んでいましたね。大障壁沿いの村落でしか栽培できず、駄目になりやすいのでほとんど知られていないでしょう」
「高級茶ですね。確か、公国でも一部の者しか手にすることができないとされている幻のお茶です」
「ロウ、知っているのか?」
「昔――僕が本当に小さい頃に、伯爵様が自慢されていたんです」
伯爵というとイルニーク伯か? 子どもに自慢するとか、少し残念な感じだぞ。
「何でも、宝石茶は生産地・栽培地・生産者・販売者全て謎に包まれていると言います。手のひらほどの茶葉でも屋敷が建つほどの金額になるとか」
「わぁ……」
シルキーが分かりやすく引いていた。屋敷が建つ金額と言われて想像する額とそれに対する感覚は俺達とそう違いはなさそうだ。
屋敷が建つ金額か。ピンからキリまであるとはいえ、Aランク依頼何十回分だろうな……。
少し気が遠くなりそうな気分のまま俺はそう考える。世の中には目が飛び出そうなくらい高価なものがあるのだ。
しかし、謎に包まれているといっても販売者はさすがにないと思うがな……。流通しているということは売っているということなのだろうから。
「そ、そんなお茶をいただくわけにはいかないのでは……?」
「いえいえ、構いませんよ。別にこちらから何かを要求するというわけでもありませんので」
というか、代金を支払えと言われても払えない可能性があるな。そうではなくて何よりだ。
「しかし、そんな希少な茶というのなら、トーイは一体どこで手に入れたんだ?」
「シル兄ちゃん……聞いちゃうんだ、それ」
「気になるだろう」
「気になっても聞かない方が心穏やかでいられる類の情報だって、絶対」
お茶界の神術指南書のようなものだと考えてみろとゼノンに言われ、考えてみる。
納得した。
たかがお茶の情報、と思ったが、貴族すらもろくに飲めないほど貴重であるならば少しの情報も洩らすのはマズそうだ。入手元ともなれば、マリの時のように狙われてしまうのだろうか。むしろますますあいつらに狙われそうだな……。
「だが、まぁ、誰にも話さなければ良いだけの話だ。俺としては気になる気持ちの方が強いな」
ちょうどその時、壁の一部が開いてトレーのような物が出てきた。その上に湯気の立ったカップが人数分乗っている。
「ありがとうございます、エマ。皆さん、このお茶は熱いうちが香り豊かでおすすめなので早めにどうぞ。このお茶の入手元は飲みながらでも話せますから」
全員の手にお茶が渡る。俺もカップの中をのぞき込んだ。
艶やかな赤味のある液体がとぷんと揺れている。見た目は確かに宝石――ルビーを溶かしたかのような綺麗な色だ。
「とっても素敵なお茶ですね。それに、美味しいわ」
「ありがとうございます」
躊躇わず最初に口を付けたのはマリナだった。それに続くように俺達もルビー茶を口に含む。その途端にふわっと口の中で豊かな香りが広がり、驚きに目を見張る。今までに無い、甘い香りだ。しかも、ずいぶんと後まで残るので、長くそれを楽しめる。
ゼノンやロウも気に入ったようで、表情が柔らかくなっていた。
「では、簡単に話しましょうか。まぁ、難しい話ではないですよ。単に、このお茶の原料である花を私が栽培してこの屋敷で加工しているからお茶を出せるというだけです」
「あら、花が材料なの」
「ええ。宝石花といって、壁向こうのジュエルフラワーを無害化したものになります」
「「「ジュエルフラワー!??」」」
驚愕と、疑問の音が重なった。ガラン、とカップが落ちる音も響く。
驚愕はもちろん、俺のパーティメンバーだな。ヨシズだけは少し考える仕草をしただけだったが。疑問の声はイェーオリ達だ。彼等は知らないのだろうか。
ジュエルフラワーが爆発的に繁茂する危険な毒植物なのだと。
「おや、さすがは冒険者ですね。ジュエルフラワーのことをご存知でしたか」
「危険物としてな」
「えっ、マジかよ」
「原種はその通りですよ。ですが、このお茶にしているものは偶然ではあれども確かに無毒化に成功したものになります」
トーイはいたずらっぽい調子で笑うとまた一口、お茶を飲んでいる。その様子は、どうも飲み慣れているように見えた。
……一つまみが屋敷レベルの価値となるお茶を飲み慣れている?
「まさかとは思うが、トーイが生産者か?」
「……いやはや、気づかれるのが早いですねぇ」
俺の疑問にそう返してくるということは、本当に彼が宝石花の作成者なのか。
「正確にはエマが品種改良、栽培しているんですよ。もちろん、私も全く関わっていないという訳ではありません」
「その、エマというのはあんたの奥さんの方ではなく」
「ええ、分かりやすく言うなら管理魔術陣のエマということになりますね。まぁ、どちらのエマも私の愛しい妻であることには変わりませんが」
「……イェーオリ、お前の兄とそっくりなやつだぞ」
ティリーがイェーオリの袖をつまみ、引き寄せるとぼそりと呟いていた。
「いやぁ、あの嫁馬鹿はもう少し動きが派手だったんじゃないっすかね」
「隊長、口調口調」
「おっと」
必死に隠そうと? しているのを見ていないことにすれば良いのか笑えば良いのか。イェーオリ達もなかなか複雑な事情持ちだ。
「ねぇ、本題に戻らない?」
「そうだな」
ここで俺はその管理魔術陣について詳しく聞くためにトーイについてきたのだと思い出した。
「トーイ、その管理魔術陣っていうのはどういったものなんだ? この屋敷についても話せるなら教えてもらいたい。あと、ジュエルフラワーもだな。あぁ、そもそも知りたいのは――」
聞きたいことが次から次へと湧き出てくるようだ。
「そんなに焦らなくても、話しますよ。ですが、皆様はお時間の方は大丈夫でしょうか」
「あ-、実のところ、大障壁沿いをひたすら辿ってきて現在地が不明だったりする。それに冒険者だからな。時間的な意味ではまったく問題ない」
さすがに年単位で行方を眩ませたらまずいとは思うが。
「そうでしたか。それでは……何から話しましょうか?」
「俺にだけ効果のあるこの謎の圧について理由を知りたい」
おっと、本音がしっかり零れてしまった。
「圧、ですか?」
それは予想外だったというように、きょとんとしてトーイが首をかしげる。
「あぁ。どうも感じているのは俺だけのようだが、この屋敷にいると何となく忌避感のような落ち着かない気持ちにさせられる」
「忌避感であれば関係しているのは人払いのような魔術陣でしょうか。欠陥があったのかもしれませんね。急ぎ確認いたしましょう。――エマ」
『情報開示の要求を受け付けております。魔術陣を表示いたします』
廊下で聞いたあの声がした。すぐに、壁に魔術陣が浮き上がってくる。
「珍しく、エマがずいぶんと好意的ですね」
トーイは戸惑ったような顔をすると、なぜか俺の方を恨めしげに見てくる。
恨まれるようなことはなかったような、と俺は首をかしげるしかない。
それよりも、魔術陣だ。
「これは人払いと獣避けを合成したものですね。エマが出してきたということは、これが関係しているのかもしれません」
「近づいて見てもいいか?」
「もちろんです。修正場所が分かるようでしたら、教えてもらえれば助かります」
屋敷の主の許可も出たことだし、と俺は静かに魔術陣に近づき、読んでいく。
「俺に関係しているとしたら、やはり対象の部分だな……って、これはまた複雑な」
俺は思わず唸ってしまう。
記号と線と文字の重なりが複雑な模様を描いていた。もちろん、魔術陣とはそういうものだが、目の前のこれは飛び抜けて細かい。
これは原因を探すのも一苦労だぞ。




