大・捜・索
次は4月7日の投稿を予定してます。
神術指南書というものがある。
実は教国が喉から手が出るほど欲しがっている書物だ。現在治癒補助といった術しか残っていないスペルの攻撃系統の術が載っていると言われ、その価値は計り知れない。
実際に載っているし、何なら実はそれ以上にヤバい性能を有していたりする。
なぜ知っているのかといえばもちろん、俺がそれを持っているからだ。持っていることはたぶん教国にも知られているだろうな。ただ、追及する隙を見せなかったし、そもそも追及するどころではない騒動が続いたため、ギリギリ逃げてこられた。
だが、何か手を打たないと死神が追いかけてきそうだという嫌な予感があった。
「ここで確保して献上すれば俺達の周囲に死神一行がうろつくことはないだろう」
「うーん、どうだろうね。あの人達、戦力を求めている感じだったから標的は変わらないんじゃないかな……ま、でも探さない意味はないし」
目標ができたあとの動きは早い。俺達はイェーオリ達とともにそれぞれ手分けして神術指南書を探してみる。見本が手元にあるから間違えることはないだろう。
この山ほどある資料を見ると、怯みそうになる俺だが、神術指南書を見つけるという目標を立ててみると不思議なことにそこまで負担に感じなくなる。宝探しのためにいろいろと動き回っても苦にはならないことと似ているかもしれない。
探す最中にもちろん資料を見ることになるのだが(神術指南書を置いてある位置が書いてある可能性もあったからな)、内容については覚えてもいられないので流し読みする程度だ。こういった知識が必要になるのは魔道具職人かその辺りの者達だろうな。俺が知っていてもあまり意味はなさそうだ。まぁ、転移陣を改良していくことを考えると不必要なものというわけではないが。
しばらく黙々と探していると、ついに見つけた。
「あ、ありました!」
紙の束をかき分けて、それを見付けたのはロウだった。
「この読みにくい昔の文体、俺が持っているものと同じだな」
「今だから言うんだけどさ、シル兄ちゃん。俺たち、その文字読めないんだよね……昔の文体とか、さっぱりだったし」
そうだったのか、と俺は驚いた。最初に見つけたとき、俺は特に問題なく読めたから気にしていなかったな。
そういえば、それも不思議な話ではある。俺は昔を知らないのに、どうして“昔の文体”と分かったのか……とかな。
「今も読めないのか?」
「読めるよ。あー、フォーチュンバードの装備を着ていればだけど」
「それもまたおかしな話だがな」
とりあえず目的のものが見つかったのでこの場所に用はない……というわけにもいかなかった。
ラヴィが目を輝かせて魔術陣を自分のノートに書き写していたからだ。それも持って行けば良いのではないのかと思ったのだが、後ろからのぞき込んで書き写している理由が分かった。単純に紙がボロすぎて持ち上げることさえ躊躇うような状態だったからだ。
「何の魔術陣だ?」
「分からないわ。でも、今まで見たことがないほど細かくて試行錯誤の跡があるの。ひょっとしたら魔術陣の研究、ひいては魔法陣の研究を私でも出来るようになるかもしれない。そう思わせてくれるものよ」
「そうか」
「ずっと興味があったのよね。私はシルヴァーさん達のように身体能力が高くないから。万が一の時にしっかり反撃できるような備えが欲しいって」
なるほど。確かに俺やヨシズ、ゼノンなんかは魔獣に近付かれても体術などで対応出来る。だがラヴィ、ロウはそれが難しい。近付かれたら一撃は受けてしまう可能性が高い。そして、怪我ではすまないかもしれない。
俺やヨシズが身を挺して庇うこともできるだろうが、限度だってあるからな。
彼女自身が備えてくれるというのなら、俺にとってもありがたいというものだ。
「……ラヴィもあの装備を使えばその魔術陣も読めるんじゃなかったか」
「……あれ、好きじゃないのよ」
そんな理由で……と思ってしまったが、命の危機でもないし良いか、と思い直す。正直なところ俺だって着なくて済むならあのシュールなカニ装備を着ようとはしないと断言できる。
ラヴィが着ないというのなら、着なくても何となく分かる俺が見てみよう、とラヴィに少し横にずれてもらって、彼女が書き写していた魔術陣の紙をじっくり見てみる。
「なるほど、これが試行錯誤の跡か」
「たぶんそう、よね?」
その魔術陣はインクが使われていなかった。炭のようなものを細くして代わりにしているようだ。そのため、少し触れただけでかすれてしまう。それが、この紙を持って行けないと判断した理由だろう。
「ここは注釈みたいなものだな。位置を間違えて爆発したとある」
……爆発?
「そこは読めるわよ」
普通の言葉で書かれているからな。
しかし、爆発。そこはかとなく嫌な予感を覚えた俺はより慎重に見ていくことにした。
「対象が物、効果が回復? ……物なら修復か。ざっと見た限り、物を直すための魔術陣のようだな」
物を直す魔術陣で爆発なんてされたら俺だったら心が折れてしまいそうだ。
「珍しいものね。……それが普及していれば修理専門なんて職業はなくなるもの」
「ああ。デュクレスも相当だと思ったが、これも実在していたら世界が変わりそうだ」
デュクレスについては魔力の込められた水が街を回ることで廃墟となっていても元の姿を取り戻すという謎技術を指している。今ある国のどこもそんな技術を持っていないはずなので、ヤバい情報だということだ。
「おい、その修復する魔術陣ってこの紙にあるやつも関係していそうじゃないか?」
俺達の会話をしっかり聞いていたのか、少し離れたところにいたヨシズが一枚の紙をぴらぴらと泳がせながら言った。
「見せてくれ」
ぱっと取ってそれを見る。ヨシズが見つけたそれは陣だけが書かれているものだったのでしっかり読まなくてはならない。
「どうだ?」
「ああ、趣は似ているがあれとは別のものだな。これは修復対象が魔力? 形のない力みたいなものを指しているようだ」
「つまり、どういうことだ?」
「魔法を修復する魔術陣と考えられるな。どのような場合に使うのかさっぱり分からないが」
魔法なんて発動してしまえばそこで完了するものだ。壊れるという事はないように思う。壊れようがない。
「オリジナルのものだという可能性が高そうね。それも書き写すわ」
「ああ。うっかり魔力を込めないようにな。さっきの魔術陣もそうだが、書き損じると爆発するとか危険すぎる」
「分かっているわよ」
ラヴィが魔術陣を書き写している間に俺は資料を片っ端から見ていく。有用なものは持ち出せそうな状態であれば持ち出し、それが難しいのならばせめて記憶してしまおうと思ったからだ。
「魔術陣も魔法陣もこの部屋を見ていればかなりの種類になるんだな。案外、シルヴァーの調子を悪くしたあの獣避けもこの部屋での成果なのかもしれないぜ」
「あぁ、その可能性があるのか。だが、獣の要素を持つ人……つまりは獣人だけを省くなんて、あまりないだろう」
「そうか? 帝国じゃ獣人差別が蔓延っていたが。まぁ、獣人周りの帝国の確執は最近の話か」
「それと、魔法陣についてはそこまでの数はないぞ。基本は魔術陣だ」
第一、魔法陣は今、最先端の技術とされているものだ。過去に完成しているものがあったとしたら、学院の院長は目が笑っていない笑顔で追いかけてきそうだ。
想像してしまってブルリと震える。クナッススでのあれこれはちょっとしたトラウマになっていたようだ。
「それでも、ここまでまとめてあるのは初めて見たかもしれないが」
「だな。オレも学院の時は教師特権でいろいろ見て回ってきたが、ここほどのバリエーションはなかった」
「そういえば、これだけ知られていない知識があるのに、この場所については噂にも聞かないな」
「何かあるんだろうぜ。それこそ、ここの知識の持ち出しを禁じられていたり」
「どうだろうな。一応、最悪を考えて構えておくか」
さて、そろそろいいだろう。
「ラヴィ、動けるか?」
もはや彼女以外はゼノンとロウとシルキーくらいしか資料の山を漁っていない。彼等にしてももったいない精神故に時間があるから見ておくというような時間つぶしの感じが強い。
俺はとうに情報を頭に叩き込む努力を放棄している。もちろん、自分に必要になりそうな分は覚えたしメモにとってあるが。
「ええ、大丈夫。とても良い収穫だったわ」
良い笑顔のラヴィが立ち上がり、俺達はこの研究室を離れることにする。次にこの部屋に来られる時は来ないかもしれない。そう思うと惜しい気持ちも……沸かないな。
今の俺はそこまで魔術陣を研究したいという欲がない。というか、今の俺にとって一番重要そうなものを見つけたから満足してしまったのだ。
さいきょうのじゅうまのかえしかた
最強の従魔の孵し方。胡散臭いが、なぜか一向に生まれてこないストルートがこれで卵から生まれるかもしれないのだ。
「さて、持ち出しを禁止するような術が攻撃を仕掛けてきたらことだから俺が最後に出るぞ」
神術指南書はまたも俺に預けられてしまった(なぜだ)。
そういうわけなので、俺が最後尾となる。
何の傷害も妨害もなく持ち出せたら嬉しいが……。




