俺だけ疎外感
次は3月3日の投稿を予定しています。
とりあえず朝食を食べている俺達の視線の先には屋敷がある。
まだ離れて見ているだけだが、それでも分かる。この廃村には似合わない、綺麗な屋敷だ。屋根は赤茶色で壁は白く、窓ガラスも見たところ曇りひとつない。
俺がこれまで関わってきた貴族の屋敷、それはちらりと見る程度だったが、それでもその住人の気質を表しているかのように誇り高いと言うべき佇まいだった。
それらと同じような感じを受ける。この屋敷は丁寧に維持されている屋敷だ。すぐに住めそうな気もする。というか、誰かしら住んでいてもおかしくない見た目だ。
だが――人がいる気配は、ない。
「どうする?」
「それはこの屋敷を調べてみるか触れずに去るのどちらにするか、という意味か?」
「それ以外にないだろう。フリオ達の話じゃ気づいたらあったってことだし、何か妙なことが起こっているのは確かだって」
「警戒すべきなのでしょうけど、何となくそこまでの危険はなさそうに感じるのよね。私としては何か面白い発見がありそうだから探索してみたいわ」
特に前向きな意見を告げるのはラヴィ。イェーオリは興味はあるが積極的に探索したいかどうか問われると探索したいとは言いきれないという、微妙な表情だ。俺もどちらかといえばあまり関わらない方が良いんじゃないかと思っている側だった。
怖じ気ついたといわれればそれまでなのだが、得体の知れないものへの恐怖はやはりある。
グルル《我としては離れておきたい気持ちが一番強いが……一応、このような場所で見つけたモノは発見者が好きにして良いのだったな?》
「はい。金目の物があれば僕達の懐も潤いますね」
まぁ、その通りなのだが……それを言った人物が問題だった。
全員の視線が集中する。まずはロウに、そしてすぐさま俺に。
「……おいシルヴァー、お前、子どもに変な教育をしているんじゃないだろうな」
「ティリーの教育係としては、ちょっと心配だね」
シルキーがそう言って小さく笑う。彼女はティリーの教育係なのだそうだ。だから、ロウの不安定さが気になるという。とはいえ、彼女が教育しているというティリーだって良い子とは言えない。
「そいつも大概だと思うが。……ロウ、俺達は実力のある冒険者だ。パーティの財布を任せている俺が言えることじゃないかもしれないが、たぶん、懐がどうとかあまり考えなくても良いはずだ」
まぁ、大人が揃いも揃って金銭を気にしていないと逆に気になってしまうのかもしれない。
「俺としては、ロウには別の方向で見て欲しいところだ」
子どもでいろと言うわけではないが、純粋さを失わないで欲しいと願うのは俺の勝手だろうか。
「そう、ですか。……そうですね。考えてみます」
しかし、ロウがこうしてハッキリと山賊的な考えを表に出すような反応は初めてだろう。
街なんかだと自分から市場調査と言いながら楽しそうに出掛けたりしていたからこの子どものなかにこういう部分があるのだとは気づいていなかったな。
……俺の影響を若干感じなくもない。最近は特に荒んできていたからな。
「金目の物は分からないけどさ、何かありそうな予感はするよね」
「危険が少ないようなら探索してみても良いと思うぜ」
ゼノンとヨシズは探索派か。
「あたし達もそう思う。なんで現れたのかとか、ここで知っておかないとたぶんずっと気になって眠れなくなるだろうし」
「……だが妙な感じになる。あの屋敷に行くことを考えると」
「心配しすぎじゃないかしら?」
どうも賛成の方が若干強いようだな。
「いや、急に現れる家だぞ? 入った途端に俺達も消えたらどうする」
「シル兄ちゃん、何か今回は警戒するところがズレていない?」
「……そうか? 罠を警戒するのは当たり前だろう」
というか、何故かは分からないがあの屋敷を見ているとぞわぞわしてくるのだ。恐怖? 悪寒?
「こんなに人のいない場所で? こんなに豪華な罠ってないと思うけど」
「それなら、あれを何だと考える? ゼノン」
「……遺跡の一種、だと思うよ。ほら、シル兄ちゃんの国だってそうじゃん」
「「「は?」」」
「……国じゃない」
デュクレスのことを言っているのだろう。俺は集まる視線を散らすように手を振る。
「えー、今は(生きてないけど)国民いるでしょ。じゃなくて、えーと、遺跡はただ古いだけというものもあるけど、魔法的に保全されているものだってあるわけ」
「あの屋敷がその一例だということかしら」
「可能性としてはあると思うんだよね」
そして、珍しくゼノンがわくわくした明るい顔を浮かべていた。俺が感じている恐怖や悪寒めいたものは一切ないらしい。ラヴィもそうだな。
ということは、俺の勘が狂っているのだろうか。それでも何か違和感がある。
「分かった。調べてみるか」
「そうこなくっちゃ!」
考えてみれば、普通なら俺だって面白そうとか言って探索を進めるはずだ。今回に限ってこう恐怖のようなものがあること。逆に考えればそれは――あの屋敷に“何か”があるということにはならないだろうか。
「ただ、俺自身の妙な感覚もある。できれば外から慎重に見ていきたいのだが、良いか?」
「それはもちろん、当然だよね」
俺だけが反対しているみたいな形になってしまったので閉じた口をもごもごと動かした後、渋々といった体で頷いた。絶対の条件も付ける。
「あとは――この場所で分断されると困るからできるだけ全員で向かいたい」
「ああ、入った途端に消えちゃうって予感の話ね。考えすぎだと思うけれど、良いんじゃないかしら」
「それなら、食事周りの準備が必要ですね。あ……馬車はどうしますか」
「家の周辺を見て大丈夫そうなら近くに置いておこう」
何かあったらすぐに乗って逃げられる。
……というのは些か情けない話、後ろ向きに過ぎるが。
「行ってみようか」
俺は眉を寄せたいかめしい顔で歩き始める。屋敷に近付こうとするたびに反対側に向きそうな身体を制御するのが大変だからだ。
しかも、その状態なのはどうも俺だけのようだ……。
わふ《やはりこうなるか》
「どうした、アル?」
わふん《シルヴァーよ、ここまで近いと大変だろう》
まるで俺の状況を理解しているかのようなアルの言葉につい足を止めてしまう。
ちなみにアルは俺の頭の上。この会話は俺との間だけで行っているようなので他のメンバーは俺の異変にはあまり気づいていないと思う。
少なくとも先頭を進んでいるゼノンやラヴィは気付いていないだろうな。
「おい、シルヴァー?」
「ああ、悪い。アルが話があると言っていてな。ちょっと先に行ってくれ」
「まぁ、良いけど。遅れすぎてはぐれるのを嫌がった本人がはぐれるとかギャグにしかならないからな」
そこはもちろん気をつけるつもりだ。
俺はヨシズ他メンバーを先に向かわせ、アルと向かい合う。つまり、子狼をむんずとつかみ目の前に持つ。
「何か知っているのか」
わふ《ここにきてようやく、な。この屋敷には分かりにくいが強力な“獣避け”がかけられているようだ》
「獣避け? 今の俺には効かないはずだが」
今の俺は人という括りの中にいる。だから獣避けの効果は無い。そのはずだった。主要な町や村にも当然、獣避けはあるのだが、その近くを通っても何も思わなかったくらいだ。
わふぅ《妙な不具合を起こしているのだろう。そして、効果がある者とない者に別れるようだ》
そうだ。違和感はそこにもあった。
わふ《何となく、獣成分が多いものほど引っかかる傾向があると感じるな》
俺は獣成分が多い方なのか。初めて知った事実だ。そしてたぶん、ラヴィは例外なのだろうな……。
「頑張って行ってみよう。アルは俺に捕まっていれば行けるな」
あとは、俺が自分の脚を動かすだけ。大丈夫だ、俺はヒト、俺はヒト、俺は虎じゃない。
近付くにつれて強まる衝動に抗って歩いていたので屋敷のすぐ側に来る頃には歩き方もおかしくなっていた。
右手と右足が同時に出る。
出したはずの左足が横にずれて右足と絡まる。
鎖でもかけられたかのように体が重い。
「大丈夫か、シルヴァー」
「ヨシズ、“獣避け”を探してくれ。俺とアルはそのせいでまともに動けそうにない」
「ああ、分かった……納得したぜ」
納得されてしまった。それほど今の俺の動きはおかしいということだろうな。
獣避けの魔術陣を抑えられればおそらく今よりもましになるはずだ。
俺はそれを探す気力もなく、力なく壁にもたれてずるずると座り込んだのだった。




