奴らは何を連れてきた
次は1月20日の投稿を予定してます。
樹木がなぎ倒されていくことでできるギャップ。それは上から見るとまるで道のようだった。その道が伸びていくのは……俺達のいる方向だな、どう見ても。
「外に出ているのは……」
「放流組がヨシズさん、ライスさん、イェーオリさんの三人です。アルは下ですよね?」
「ああ。ラヴィ、シルキー! 手伝ってもらえるか?」
あの勢いで樹木を倒し続けられる何かが近づいているのは脅威だ。あの進路上に俺達がいるのはちょっとどころではなくマズそうだった。少しでもいいから急いで進んでしまって直線上から逸れていた方が良さそうだ。
そう考えた俺は魔法で一気に加速することに決めた。
放流組三人との合流が難しくなってしまうかもしれないが、緊急事態だからな。一応、はぐれた時のために周囲が安全であれば日が暮れてから光球を空に上げることにしていた。
「どうしたの?」
「あれ、なんだが。どう思う?」
顔を出した二人に、俺はまだ離れているが着実に樹が倒れていっている景色を指差した。樹を倒しているナニカの姿は見えていない。つまり、体高はそこまで大きくないということだ。それでいて、あの太い幹の樹を容易くなぎ倒せるだけの力を持っている――。
「とっても危険な予感がするわね。私とシルキーを呼んだってことは魔法でブーストかけて一気に進めるということかしら」
「ああ、そのつもりだ。ヨシズ達が上手く合流できないかもしれないが、まぁ、そうなる可能性は考えていたからな」
「確かに。それじゃあ、気合い入れて魔法を使いましょうか。……あ、魔力を捕捉してしつこく狙われないわよね?」
ふと、ラヴィが不安を滲ませた顔で気合いを入れた最後に呟く。尋ねられて、俺も一抹の不安を覚えてしまった。たぶん、共通して思い出しているのは例のアイツだ。
「どうだろうな。砂漠での例があるから、一概にないとは言えない」
「でもさ、あの勢いで近づいてこられるんじゃどうしたって強い魔法使わないといけないような気がするけど?」
「そこが問題だな。まぁ、今回はこのまま普通に使っていく。追いかけられたら、その時はその時だな」
九人いるから戦力的には問題ない……と思う。
「急ごう。とりあえずこの大障壁沿いに進むのは変えないつもりだ」
「オーケー。ラヴィ、あたしは進路を調整するから」
「分かったわ。それなら、私は馬車の後ろにいるから。シルヴァーさんは状況を見て指示をお願いね?」
「ああ」
ラヴィはふわりと軽く飛ぶように跳躍すると馬車の上に着地し、そのまま一息に後ろまで向かっていった。彼女が魔法を使って浮いている馬車に推進力をつけるのだ。当然のことながら、急に加速すれば馬車の進行方向もぶれてしまう可能性があるので、そこをシルキーが調整することになる。
「シル兄さん、僕達も手伝いますか?」
「ロウか。うーむ、今はまだ良い。もしかしたら、戦いになるかもしれないからその時に備えていてくれ」
「分かりました。みんなにも伝えておきます」
ロウは俺が見ている方向を同じように見て僅かに眉をひそめてから戻っていった。どこか覚悟を決めたかのような顔に、のんびり旅をできない道中になっていることを申し訳なく感じる。
絶対、最近の出来事はロウに良い影響を与えてはいないと思うからだ。個人的にはもっとのんびりしてもらいたいところだが、環境がそれを許さないのはいかがなものか。
まるで親のような気持ちになってしまった。
頭を軽く振って余計な考えを振り払うと、眼下に走っている白い狼を見下ろす。
《アル、聞こえていただろうが変なのが近づいてきている。急いで離れるから、上に来てくれ》
《あれか。確かに正面から遭遇したら大変そうだ》
アルはそう言うと勢いよく大障壁へ駆け出すと跳躍、大障壁を力強く蹴り、上までやって来た。そして俺のすぐ側で小さくなる。が、それと同時に馬車が急発進した。
俺は慌てて子狼姿になったアルを引っ掴んだ。俺が捕まえていなければおそらく急発進した馬車の壁に激突していたことだろう。
アルもそれ分かったのか、毛が若干逆立っていた。
「ギリギリだったな」
……わぅん《……ラヴィめ》
子狼から漏れた恨めしげな呟きに思わず頷いてしまう。
アルが上ったのを確認したのだろうか、していなさそうなタイミングだったぞ……。
「さて、森の破壊魔の方は……」
俺はアルを足元に下ろすと森の方を向く。樹がなぎ倒されて道のようになっている部分の最新の場所は――物凄く近くなっていた。
「近い」
「シルヴァー! どんな感じで近いのか詳しくっ!」
進路調整のために正面から目を離せない様子のシルキーが叫ぶ。
「進路が若干変更しているようだな。やっぱり、俺達のいる方向へ。そろそろ、アルの詳細な気配察知が利くのではないか」
わふ《今範囲内に入ったぞ》
「どんな感じだ?」
ととっと軽く俺の頭に乗ったアルがそちらの方を向いて集中する。
わふ《人型三つが巨大な……推定鳥に追いかけられているようだ》
人型三つ?
それは、放流組三人ではないのだろうか?
追いかけられているということは、あまり良い状況ではないのだろう。まぁ、あの“道”の長さを見れば分かることだが。
「合流した方が良いか?……?」
「自業自得だと、あたしは思うけどね。振り切ってから合流してもらいたいよ」
「いや、無理だろう。それに、シルキーのところの隊長もいるのだが?」
「……はぁ、それこそ、自業自得さ。だいたい、イェーオリは向こうにいる時から妙な引きだけはあったんだから。それを忘れたせいで、こうなったんだろうし」
イェーオリは不幸体質? 周囲まで波及する者は最悪だぞ。
どうしようかと悩んでいる内にもアルいわく、推定巨大な鳥とそれに追いかけられた人型はこちらに近づいている。
「見殺しにしたくはないな。合流する方向で考えるか」
「馬車のスピードはどうする?」
「一旦緩めてみよう。アル、中のメンバーに戦闘準備を伝えてきてくれ」
わふ《承った》
少ししてから俺の察知範囲の中にも人型が入ってくる。そのくらいになると念話も確実につながるので、人型がヨシズ達だと判断してそのまま大障壁まで走り、馬車に飛び乗るように伝えてみる。
《助かる! このクソ鳥、しつこくてなぁ!!》
とても口の悪い返事が返ってきた。どうもかなりの距離を走らされて気が立っているようだ。そんな精神状態でも逃げることを選択しているということは、追いかけてきている魔獣は余程強いのか。
わふ《そろそろ見えるぞ》
「だろうな」
数秒後、三つの小さな影が森から飛び出し、大障壁沿いを浮いている馬車に向けて走ってくる。
「逃~げ~ろ~!!」
「早く乗れ!」
三人の後ろから樹を蹴倒して現れたのは、その辺に生えている樹木の半分くらいの高さはある飛ばない鳥、ストルートだった。
通常の二倍くらいある。雑に羽が輪郭から飛び出しており、余計に大きく感じるのかもしれない。この鳥は基本的には茶色っぽい羽をしているのだが、興奮すると色が鮮やかになるという特徴があった。今はオレンジに青緑の目がついているかのような羽の柄になっている。この羽は攻撃に使われると鋭い刃となるのだ。
わぅん《ミュータント種とやらか?》
「ありうるな。倒すのも面倒くさいやつだ」
とりあえず三人が馬車に乗ったところで急発進。このまま振り切れれば良いが、無理そうなら余裕があるうちに撃退するか討伐しなくてはならないだろう。
「《ラヴィ、余裕の方はどうだ?》」
「《ちょっと厳しいかもしれないわね。あれ、どうしても諦めるつもりは無いみたい》」
「討伐するしかないか? というか、三人はいったい何をやったんだ、何を」
元凶達は馬車の入口で撃沈しているところだ。まだ微妙に呼吸が整っておらず、話が出来る状態かというと……分からない。
「《もう五分、粘ってみるわ。それくらい時間を稼げればあの三人も落ち着けるでしょう》」
「《そうだな。頼む。大変なようだったら俺が交代するから》」
俺はシルキーに後五分頼む、と言ってから馬車の上に乗り、ストルートを見る。鳥は俺達のいる馬車しか目に入っていないかのようだった。完全にロックオンされている。
「これは大変だな」
感覚的に、諦めさせるのは無理だと思う。
そのとき、運悪くラヴィの風魔法を抜けたストルートの羽が彼女の頬に一筋の赤い線を作る。
カッと強い衝動が襲い、気づけば俺は風魔法を引き継ぎ、ラヴィ自身を抱き込むようにしながら傷を治していた。
「スペル【ヒール】――ラヴィ、少しあれに攻撃を加える。風魔法の制御を頼んだ」
「え? シルヴァーさん? 分かった、けど……攻撃してしまうとますます怒らないかしら?」
「もともと激昂しているから大して変わらないだろう。見たところ、僅かに向こうの速さの方が上回っているから――少し、引き離す。スペル【炎蛇】」
炎の蛇は俺の思うとおりに動く。ストルートの目を焼くように頭の周りでとぐろを巻くように固定させた。さすがのストルートも嫌がり、脚が止まる。
「えげつないわね……」
「ここまでくれば遠慮はしていられないだろう。俺はあれを狩ると決めた。……ということでアル、ちょっと馬車に戻って戦闘確定と伝えてきてくれ」
風魔法の勢いが弱まる。
馬車はまだ滑るように動いているが、先ほどよりも明らかに遅くなっていた。
しかし、ストルートにはまだ炎蛇が絡みついており、余裕はなさそうだ。
そのまま弱ってくれれば後が楽だが……。大きさに見合うタフさも持っていそうな気もする。
とはいえ、絶対に狩ってやる。
俺はカニ装備を展開。
少し本気を出す。




