砂漠の厳しさ
次は11月18日の投稿を予定してます。
正直、砂漠を舐めていたかもしれない。
俺はカラカラ生活三日目にしてかなり心が疲弊していた。喉がカラカラなら心もカラカラになるのだと身を以て実感している。
「シル兄ちゃん! また砂牛の群れが!」
ゼノンの報告に俺はげんなりした顔を隠さずに叫ぶ。
「食べられもしない牛ばっかり来やがって……食べられる牛よ来い!」
そう言いながら俺は神術を駆使して最小限の魔力でゴウッと強く風を吹かせ、砂牛を吹き飛ばしてしまう。
この砂牛は驚いたことに体の70%が砂で出来ているのだ。そのため強く風が吹けば体の砂が飛んで弱ってしまう。今回は俺の風によってほとんどの砂をはぎ取られていた。砂牛の身の部分は細く、それを曝け出すことになった奴らは小さく震えている。
襲ってきたのだから、容赦はしないが。
「ラヴィ、これだけいれば食べられるくらいは取れるか?」
馬車内に向けて声を掛ける。すると、兎耳がひょっこり現れた。そして外の砂牛をちらりと見て適当な感じで頷いた。
「一人分くらいはね。でも、調理してどうするの? どう味付けしても砂の味しかしないから罰ゲームにしかならないわよ」
「それなら、仕留めて放っておくか?」
「それはそれで面倒な魔獣を引き寄せそうで嫌なのよね……」
ラヴィが危惧しているのはスカイシーフと屍肉喰らいという鳥だった。どちらも他の生き物が相手を倒したあとにどこからともなく現れる。そして俺達が倒した魔獣や魔物を横から掻っ攫っていくのだ。
だが、スカイシーフについては出刃ネズミよりも肉の割合が大きいので狙い目ではある。ただ、それらを倒すためには点や線で攻撃する刀剣類よりも魔法が有用なのだが、それを頻繁に使えない事情があったりする。
問題は、強い魔力につられてくるさらに厄介な魔獣がいるということだった。それは、この砂漠における頂点の捕食者だという。冒険者が狩る相手として一切話題にでなかったものでもある。ある意味、竜よりも手に負えないとされていた。生態も良く分かっていなかったのだ。何しろ、それに襲われて生態調査をする余裕のある者など居なかったのだから。
「砂鯨か……」
俺達も実は砂漠生活二日目、つまり昨日それの襲撃を受けていたりする。
*******
あれは、そう……ちょうど先ほどの砂牛のようにこの砂漠の生き物が何かにつられるようにして馬車の近くに集まってきた時のことだった。
出刃ネズミを筆頭に砂牛や砂狐、まんまるなリス(フクロリスというらしい)がひょっこりやって来ては馬車に攻撃してきたのだ。それは波のように、何度か繰り返されていた。
「おーい、シルヴァー。またなんかいっぱい来てるぜ」
「食べられそうな肉なら確保だ」
最初は獲物が向こうからやって来た! と俺達は喜んだものだ。大半を仕留めてからスカイシーフや屍肉喰らいという鳥が現れ、毎回混戦のような状態になる。その際、一気に魔法を集中させて撃墜するのだが、毎度毎度苛々させられていた。
「また横取りする系の鳥か。目にものを見せてくれる……っ! って、何だこの臭い!?」
それは、ちょうど俺達の苛々がピークに入り、たまたま魔法のタイミングが揃ったときのことだっただろうか。
その場に強烈な匂いが広がったのだ。臭い、というよりは強すぎる匂いという感じだ。生き物がこのような匂いを出すとき、だいたい状況が決まっている。
仲間に知らせようとしているか、危険を察知してそれを遠ざけようとしているか。
その瞬間は判断できなかったが、匂いが広がった数拍後に感じた異常に濃い魔力に俺達も戦慄した。
「何か来るよ!」
ゼノンが蜘蛛装備に変えて全力で警戒する。
「ヤバい魔力だね、これ」
シルキーが敵を見据えるかのように目を細め、呟く。
「砂漠からです!」
焦りからかロウが混乱を見せ、
「その、どの方向だよ!」
ティリーが思いっきりツッコミを入れる。
背後は大障壁なので敵は現れないとして、警戒すべきは他の三方。だが、魔力が濃すぎてどこから向かってくるのか分からない。
「何なんだよこの魔力は!!」
その場にいる全員の言葉を代弁したイェーオリ。彼の恐慌一歩手前な感情が伝染しかけたその時、ザザザ……と砂を押し流しながらそれは現れた。
ヴォオオオオン……
「っ!」
「でっかっ!」
俺達は息を飲み、唖然として見上げる。そこにいたのは口の端からボロボロと砂牛の残骸を零している巨大な砂の鯨だった。遙か高い場所にあるその目が確かに俺達に向けられた。まるで時が縫い止められたかのような一瞬。
「――【炎嵐】【雷雨】」
一人だけ、ただ呆然とするわけでも絶望するわけでもなく真っ直ぐに顔を上げているひとがいた。練り上げられる魔力と紡がれた言葉に気付いて俺もその意図を汲み、その魔法の半分を引き受ける。
「【暴風】【氷獄】」
懐かしい気持ちになった。これを初めて見たとき、圧倒されたものだ。到底俺が出来るようなものでは無いと思っていた。だが、今ならできそうだ。
俺はラヴィと頷き合う。
「「【天変地異】」」
方向を定めることだけは忘れない。だが、それでも至近距離で目標に当たった魔法が弾ける、その余波はどうしても受けてしまう。
ドウッっと重苦しい音が聞こえた。魔法が当たったのだ。
襲い来るであろうその余波を覚悟して、俺は体を反転させラヴィを抱きしめながら身を固くしたが、予想していたような衝撃が来ない。
「「っ【アースウォール】!!」」
グルル《【レディクト】》
「装備展開っと」
俺より一拍遅れて我に返ったのだろう。ゼノンとロウが壁を重ねていたからだ。
アルが壁を強化し、ヨシズは盾を地面に突き刺すと魔力を流して不可視の盾を展開していた。
「やっばい、壁が壊れる!」
「僕の方もです」
ピシリと壁にヒビが入り、バラバラと崩れてしまった。だが、まだ盾は一枚ある。
壁の先はもうもうと立ちこめる砂煙という景色だった。止まっているかのようなその砂煙は、俺の目には動いているように見えた。いや、動いていたのだ。
グォオオオン……
砂煙の向こうに苦しさのような感情が窺える鳴き声を上げた砂鯨が背中から砂の面へと落ちていくようなものが垣間見えた。
「ヨシズ、しっかり構えろ!」
「おう!」
「っ、こっちもサポートするっ」
うっすら見える砂煙の向こう側に見上げるほどの何かはもう見えない。
砂鯨は追い払えたのだと思う。あれだけの魔法を受けて苦しそうにするだけという結果には戦慄するしかないが……それはともかく、あの巨体が勢いよく砂漠に潜って、表面が何もないと思うか? 俺はそんなに楽観的には考えられなかった。
これ以上は俺の中の魔力を練り上げられないので神術で盾となり得るものがなかったかどうか必死に考える。だがそうしている内に勢いよく砂煙が向かってくる。合わせて、普通にしていたら軽く吹き飛ばされそうな風も到達してしまう。
できるのはヨシズの盾とようやく我に返ったイェーオリ達のサポートで凌げることを祈るだけ。
「シルヴァー! 念のため伏せてろ!」
「ああ、分かった」
そうしてヨシズの盾が何とか暴風をやり過ごし、砂煙が収まったとき俺は真っ先に仲間の安否を確認した。
「全員、無事だな!?」
「ああ、こっちは問題なし」
「大丈夫です」
グルル《血の臭いもしないな》
怪我人もいないようだった。久しぶりにヒヤリとする相手と遭遇したが、この結果は上々だ。
俺は砂鯨がいた場所を見る。
そこに砂鯨の姿はなく、砂漠は何事もなかったかのように平然とした顔を見せていた。
その後、さすがに危機感を覚えて俺達はあの鯨が現れた理由を考察したところ、暫定的ではあるが大きな魔力に釣られてきたのではないかという結果に落ち着いた。
それはつまり、この砂漠においては魔法を使っての攻撃は多用できないという厳しい状況に置かれてしまったことを意味する。
*******
砂鯨が魔力を察知して寄ってくる可能性があるとはいえ、魔法を一切使わないのも難しい。特に砂牛や砂狐など砂○○系の魔獣……魔獣? は斬撃も打撃も利きが悪かったからだ。
「アル、砂鯨の位置は?」
グルル《変わらず外周より様子見しているようだ》
「神術で最小限の魔力を動かす程度なら反応しないのか」
とはいえ、神術の場合はその最小限の魔力でもそれなりに強さを持つので今後砂牛に対しては俺が対応すれば良いだろうか。
「シル兄さん、僕も装備を変えれば神術を使えるので手伝います」
「オレも習得を進めないとなぁ……ドラゴン装備の状態であれば確かに使えそうな感覚はあるんだ。だが、どうしても安定しない」
どうやら神術を確実に“使える”と言えそうなのは俺とロウくらいだ。イェーオリ達はまっったく使えそうにないらしい。
ゼノンやヨシズについては使えないこともないが安定しないらしい。丁度良いから練習すれば良いだろう。人間、命の危機がすぐ側に控えていれば何でもできるものだ。
「ラヴィとアルはどうなんだ?」
「威力制御の練習が必要よ」
グルル《思考だけでは上手く動かぬ》
こちらも要練習、と。
やはり、普通に魔法が使えないとなると困ったことも出てくるな。
この砂漠を通って公国まで商売に出向くような商人などはどのようにして砂鯨などの脅威を避けているのだろうか。
気になるが、今は知ることのできない情報だ。事前の情報収集の大切さというものを実感するな。




