ドルメン3 魔道具屋〜教会
鍛冶屋を後にして、俺は魔道具屋へ向かうためにもう一度地図を確認する。どうやらそんなに離れている訳ではないようだ。一つ向こうの通りになる。
魔道具というのは生活・野営の便利グッズと言える。例えば、生きていく上で水は欠かせないものだろう。しかし、自然に存在しているものはその多くが安全とは言い難い。討伐依頼を受ける冒険者は怪我と無縁ではいられないが、その怪我の治療にも綺麗な水が必要となる。野外に出た時、水を持ち歩くのは大変だろう。そういう時魔道具ならば魔力さえ溜めてあればいつでも綺麗な水を使えるし、重量は水を持ち歩くより少なくて済む。俺のようにアイテムボックスを使えるのであれば重量を考えずに持ち歩く事が出来るが、全員が全員使える訳ではないため、意外と需要は高い。
俺が人の常識を反芻しているうちにその体は魔道具屋に辿り着く。
「ここだな。すみません! 猫追うネズミ亭からの弁当を届けに来たました!」
今度もまた返事がない。いないのだろうか……。近くの店に聞こうと踵を返しかけたとき、返事が返ってきた。
「……はいは〜い! ちゃんといるから待っててください〜」
数分後(……長い!)
「ゴメンね。陣の焼き直しをしていたから手が離せなくて」
そう言って出て来たのはシルヴァーよりも若い少女だった。
「いえ、俺のタイミングが悪かったようだな。えっと…弁当の割符はあるか?」
「ああ、割符ね、わりふ……どこに置いたっけ?ちょ、ちょっと待ってて。今探すから」
えーと、うーんとと唸りながら少女は割符を探し出す。
「あ、あったあ。はい、これでよろしく!」
「うん、間違いなさそうだ。これが弁当だ。あ、そうだ。一つ聞きたいのだが」
「? 何でもどうぞ」
「さっき陣の焼き直しと言っていたようだが、どう言う意味なんだ?」
「ああそれですか。簡単に言うとですね、魔道具というものは特殊な素材を特別な過程で加工して付加魔術を掛けるんですけど、……(中略)……無茶な使い方をすることで魔力を溜め込む魔術陣が焼き切れてしまうことがあるんです。それを直す…というか上からもう一度刻むことを焼き直しと言っているんです。ってどうしました? 目ぇ死んでますよ!」
目が死んでいる自覚はある。何せ説明が長すぎる。しかもマシンガントークだったから理解が追いつかなかった。どこが簡単だ、どこが。
「教えてくれてありがとう。何と無く分かった気がする」
「そうですか。それは良かったです。配達はここが最後ですか?」
「いや、後三つ回る。次は教会へ行くつもりだ」
「あら……。教会ならこの通りを下って行けばすぐですよ。また来て下さいね!」
そう言って少女は俺を送り出す。ここでは割とスムーズに渡せたな。そして次は教会か。教会はあまりこういう風に物を頼むイメージが湧かないのだが。
教会宛の弁当は十五個ある。おそらく保護されている子供の分も含まれているのだろう。
時刻は十一時。弁当を配達し終わるまであと三軒。
*******
教会は俺が滞在している宿を通り過ぎたその先にあり、町の入口に近い。
どうやら町の中心付近を一周する事になりそうだ。初心冒険者でも一人で出来る依頼だが……。
『ただ、労力の割に賃金は低いですが』
ふとアンの言葉を思い出す。そうか。初心冒険者が1日を過ごす金を稼ぐには報酬と時間的拘束が釣り合わなく感じるんだな。実際は冒険者として過ごすにあたって訪れるだろう店が選ばれているから損することにはならない。あくまで俺の主観だが。鍛冶屋も魔道具屋も王都への出立前に必ず利用することになる。その時にモグリの店なんかに引っかからないように正統な店・施設を教えることを目的とした依頼ではないか。この町は初心者にとことん甘く出来てるな。ギルドからも勧められるわけだ。俺も冒険者としては初心者もいいところだからありがたい。
そんなこんなで着いた教会。少し急いだのでかかった時間は約二十分。見かけは大変ボロボロで草も生い茂っている。遠目に見える子供たちが遊んでいるところは流石に刈られているが。先ほど立てた推測の自信が一瞬で吹き飛ばされた。
「まあ、取り敢えず弁当届けよう……」
教会の入口まで一本の道があるが、これが意外と長い。俺は黙々と歩く。
入口の前で突然ボールが転がって来た。遠目に見えていた子供たちが遊んでいたのだろう。
「あ、白いにーちゃん!ボールを投げてくれ!」
走って来ていた少年が立ち止まり、叫ぶ。
「ほいっ」
「ありがとー。シスターなら中にいるよ!」
ボールをキャッチした少年はそう言って駆け戻っていく。なかなか聡い……。子供たちの年長だろうか。
「すみません! 弁当の配達に来ました!」
「はあ〜い」
のんびりとした声で返事をしながらドアを開けたのはふんわりとした雰囲気の女性だった。この人が少年が言ったシスターだろう。
「こんにちは。弁当を届けに来たのだが、割符はあるか?」
「ありますよ〜。どうぞ~」
「はい、確かに。では弁当をと言いたいところだが、女性にあの量を持たせるのは罪悪感が湧くから、大きめのテーブルがある所まで案内をお願い出来るか」
「寧ろこちらからお願いしようと思ったところです〜。案内しますね」
シスターの後に着いていくとそこは大広間だった。
「ここに置いて下さい。いつもここで食べるので〜」
俺は弁当十五個を積み上げる。
「ありがとう、ございます〜。やっぱりアイテムボックス持ちだったのですね〜。旅をするのに重宝する能力ですよ。大切にして下さいね」
やはり冒険者に配慮されている依頼だよなあ。シスターの言葉も冒険者の心得的に変換出来る。
訳:〈冒険するなら有用な能力は育てなさい〉
こんな感じに。改めて考えると当たり前のことなんだが、こうして注意してもらえると怠けることが無くなるので大変助かる。
「白いにーちゃん! もう帰るんだ? また来る?」
教会を出た所でさっきの少年が話しかけて来た。
「ああ、坊主。また来れたら来るぞ」
「俺、坊主じゃないよ。ちゃんとゼノンっていう名前があるから! 名前で呼んでよ」
言い返して来る坊主……いや、ゼノン。子供ってのはかわいいよな……。
「そうか。俺はシルヴァーだ。暇になったら来てやるよ」
そう言ってゼノンのふさっとした髪を掻き回す。
「うわっ。ボサボサになる……」
「ふっ。じゃあ、またな」
「またね!」
時刻は十一時三十五分。弁当を配達し終わるまであと二軒。
*******
「ゼ〜ノ〜ン?シルヴァーさんとはもう話していたのね?」
「うん。ボールが飛んでいっちゃって。教会の前から投げ返してもらったんだよ」
「「ゼノンにいちゃんは悪いことはしてないよ!」」
ゼノンと遊んでいた他の子たちがかばう。このメンバーは一度本気のシスターから怒られたことがあるのでかばい方も必死だ。
「あら、怒るつもりはないのよ~。ただ、シルヴァーさんは冒険者だからゼノンはいろいろ教えてもらえると思ってね。貴方は実力は十分あるでしょ~?教会の皆の護衛ってことで引き留められていたけど、これを機に外の世界へ行ってもいいと思うの」
先程とは一転、重い空気がたちこめる。
「それは……。俺はここを追い出されるってことですか?」
ゼノンも雰囲気を一転させた。
「違うわ! 私達は貴方を追い出すつもりなんてない ! ここは貴方の家、それは忘れないで。でも、シルヴァーさんを見て、貴方はどう思った? 多分、高い実力を持っているように見えたのではないかしら? そして、多くの可能性を見てとったはず。……違うかしら〜?」
ゼノンの言葉に声を荒げて反論するシスター。最後はいつもの調子に戻ったが、目の奥にはゼノンを射抜くような光があった。
「違い……ません。あの兄ちゃんは可能性の塊だよ。この町にいるってことはランクは低いのだろうけど、実力は高ランクの人にも引けをとらない。と、思う」
「ゼノンはどうしたいのかしら〜? シルヴァーさんについて行く? あなたはそれが出来るわ」
「シスターは察しが良くて困るなぁ。でも、俺がいなくなってここはどうなる? チビ達の面倒はシスター達二人じゃ見切れないはずだよ……」
「大丈夫。なんとか出来るわ。私を誰だと思っているの?」
「あ〜。確かBランクでしたね……」
「ええ〜。ギルドのあのアンちゃんの元パーティメンバーよ? 実力はあるのです」
にっこり笑ってシスターは胸を揺ら……いや、反らす。
*******
その時ギルドにて
「くしゅん。う〜ん噂されているようね? 旧友の誰かと見た」
受付嬢らしい鋭い洞察を見せていた。
「アンちゃん、風邪でも引いたの? 俺が温めてあグブッ」
「「アンちゃんを邪な目で見る者には……制裁を〜!」」
その後、文字通り叩き潰された冒険者Aを見た者は……。
冒険者Aさん、生きてますからね!死んではいませんよ。この町が少々トラウマになったかもしれませんが。
冒険者Aは町に来たばかりなのでアンちゃん及びその親衛隊(笑)の恐ろしさを知らなかったのですよ。御愁傷様(-人-)