その頃、都の西では
次は8月12日の投稿を予定してます。
暑くなってきましたねえ……。マスクの”むれ”にウッとなるのは私だけじゃないはず。
重い溜め息が騒がしいなかに落ちて消えた。
ここは、西側の街。都にやって来たもので特に冒険者はこの街を通り、公国へと向かうことが多い。だからこの辺りは冒険者に売り付けるための魔道具ほかポーション類を置いている店や長期契約用の馬車停などがひしめき合っている。
もちろん、それだけではなく、華やかな衣が舞い踊り、夜を知らぬ見世が集まる通りもここから続く場所にあった。
まぁ、冒険者であればわりと通い慣れる界隈だ。ただ、子どもは通い慣れちゃいけない。
ゼノンは子どもではないが――一応、成人しているのだ――そのような場所について詳しくはない。
「昼でも意外に賑わっているんだね」
その方向を覗いてそう呟いた。
往来に人通りが激しい。厳つい男だけではなく、どこか着崩れた女達も表に出ては互いに話をしている。ガラガラと馬車が通りを走る。商人の馬車だろうか。ただ分かるのは、どうも急いでいるらしいということ。
「いやいや、これは賑わっているつうか……」
「何かあったみたいだよ。何せ、ここは夜の街。昼間は普通、女達までは出てこない」
それはゼノンだって分かっていたことだ。ただ、どうしてこう騒ぎが起こるのかと……現実逃避したっていいはず。いや、ぜひに現実逃避させてもらいたい。もしかして、シルヴァーの巻き込まれ体質が移っているのかも?
「俺、制御できるかな?」
「何だ、坊主。難しいようならこっちも手伝ってやるから」
「じゃあ、とりあえずあそこの状況判断できていない奴を連れ戻してくれる? 遊びに来たんじゃ無いんだから」
そう言って指差すのは、よく見るとやつれたような形相になっている、おそらくは遊女のもとへ羽が生えそうなほど軽い足取りで向かっている冒険者3人。ゼノンの重しとなる、西廃墟襲撃メンバーだ。
「あ、あいつら……分かった、止めてくるわ。ついでに情報も集めてくる」
ゼノンに随行する冒険者は14人つけられた。適当に振り分けられたはずなのだが、どうも調子に乗りやすい奴が多い気がする。
「そういえば、この辺りの廃墟の情報、誰か持ってる?」
一応、都に滞在している途中でその手の情報を集めてはいたが、もちろん活用する場面が現れるとは思っていないのですべてを調べ尽してはいない。
「いや……この辺りに廃墟らしい廃墟ってあったか?」
「ないだろ。商業激戦区だぜ。土地が開きゃ新しく店が出来るような場所だ」
冒険者達に思い当たるものはないらしい。
で、あればゼノンが持っている情報が唯一だろうか。もしかしたら、新しい情報が入ってくるかもしれない。
「それなら、袋小路の廃墟があるのは知らない?」
「なんだそりゃ」
「この近くで、入り組んだ路地の奥に使われていない家があるらしいよ。そこにたどりつくまでの道が入り組みすぎているから使われなくなったと思っているんだけど」
「それが本当なら一番の候補ね。一体どうやって知ったんだい」
「そういう場所って如何にも怪しいものがありそうじゃん。そういうの気になる質なんだよ」
「へぇ……」
候補となる廃墟について近くにいる冒険者達に詳しい場所の説明をしていると、フラフラと離れていった奴らを連れ戻してきた冒険者の男が新しい情報も持ってきた。
「ちぃリーダー、面白い情報があったぜ。どうやらこの辺りの子どもがかなりの数行方不明になっているんだとさ」
「子どもが行方不明? というか、ちぃリーダーって何」
「ちっこいリーダーってこと。で、子どもについてはまぁ、これまでは逃げ出したか何かしたのだろうってことであまり大きく騒いじゃいなかったみてぇだけど……昨日から、この街一番の貌になるのを期待されている人形みてぇな娘が消えたんだと」
子どもが大勢行方不明だというのに、ここまで表に出ていなかったのか。表に出さずにいられたのか。その事実には、少し背筋が冷えてしまう。
「将来の稼ぎ頭がいなくなれば、さすがに慌てもするわけね」
「それだけ見目が良いっつうことはその娘がいたのも大店だろう。面目が潰れた大店ってのは何をやるか分かったものじゃねぇな。もしかしたら、他のところもとばっちりが来るかも知れないぞ。ここは貴族だって忍びつつ使っているような場所なんだから」
「だから慌てているのかね。で、ゼノンとやら、問題の廃墟は確か……」
「――ちょうどこの先に1つの入口があるよ。確証はないけど、変な事件の裏にはあいつらがいそうだね。行ってみる?」
ゼノンは知っている。エヴィータ派が子どもを実験材料にしていたことを。クナッススにいたのはとりあえず捕らえたわけだが、別の場所にいる同類が似たようなことをしていないとも限らない。
「俺達はちぃリーダーに従うさ。だって目星もつけられていないんだからな」
「じゃあ、空振りになるかもしれないけど行ってみようか」
ということで、ゼノン一行は袋小路の廃墟に向けて進む。廃墟への入口となるその場所には2人置いておくことにした。エヴィータ派がやって来た場合、引き留めるためだ。
これで、ついてきているのは12人。ここから適度に人数を減らしていって廃墟に突入する際には4人くらいになっているとやりやすい。仮に問題の廃墟に本当にエヴィータ派がいて、一部を捕まえきれなかったとき、冒険者を逃走経路に配置しておけばどこかの網には引っかかるはず。
「ここって昔スラムだったところだな。まだ残っている区画があったのか」
「あんた、知っているんだ」
「知っているってほどでもねぇ。イェスタが住んでいたって言っていたんだよ……」
そう言ってからしまったという顔を浮かべる男。
「昔のことだからな? 子どもの頃の話だ」
イェスタは死神行きになった冒険者の名前だ。彼と仕事などで関わりのある者ももれなく死神行きとなるが……さすがに十年以上も昔の話であれば関係ないといえるだろうか。
「ふぅん。でも、その彼が住んでいたのはこの近くじゃないんじゃない?」
「いや、この辺だと思うけどな。何せ、女じゃないから母親には捨てられたとか言っていたから」
「そっか。何かあるのかな、この辺り……」
「それを調べるんだよ。それで、俺達が解決するんだ」
ゼノンがそう言うと、冒険者達はハッとしたような顔をする。彼等の多くは何となくついてきたとか何となく報酬につられてという理由でここにいるはず。しかし、ちょっとした謎を解き問題を解決することで誰かの助けとなる英雄に憧れたことはあるはずだ。
「英雄的な行動、やってみたくならない?」
「たまには悪くねぇな」
「だけど、こんなに大人数で英雄的な行動ったってねぇ……」
少し煽るタイミングを間違えたらしく、あまり理想的な反応が返ってこなかった。
「そういや、問題の場所にはすでに見張っている奴がいるんだろ?」
「そうらしいね」
「全く姿が見えねぇんだけど?」
「外れたかな」
ゼノンのあてが外れたかもしれない。今のところ聖獣の気配が感じられないのだ。順調にいかないのが少し悔しい。
《いや、場所は合っているぜ、冒険者ども》
「誰だっ!」
突然落ちてきた声に冒険者達は顔を強ばらせる。ゼノンも全く気配を感じられなかったことに眉根を寄せた。
一瞬でその場は殺気じみた緊張感が支配する。しかし、声はそれをものともしない様子で話し続ける。
《だけど、ちょーっと遅かったなぁ。ここのはすでに終わっているんだぜ》
「聖獣だよね? どこにいる?」
「えっ! 聖獣様なの!?」
《ここだ、ここ。ねーちゃんむちむちの脚してんなぁ》
「脚……? きゃっ! ネズミっ!」
ひくひくと鼻を動かして上を見上げていたのは小さなネズミ。もちろん、白銀だ。
「エロネズミ」
《この身長差じゃ仕方ないでしょーが。それより、教皇からの伝言だ》
捕まっていた少年少女達を親のもとへ送り届けてほしい――そう言っていたという。
「あーあ、ってことは空振りかぁ。この場合、報酬はどうなんの?」
「基礎報酬は変わらず、追加報酬はなくなるか下がるだろうね。でも、早期解決したのは良かった」
そう言いながら、ゼノンは廃墟に足を踏み入れる。中に入って初めて分かったが、想像以上に内装が整っていた。
「全然廃墟じゃないじゃん」
《そりゃ、教皇が隠れ場所に考えるような場所だ。汚くしてはいられないだろうよ》
どうやら、この廃墟は教皇の持ち物に近いようだ。だとしたら、エヴィータ派や獣人排斥派がのさばるはずもない。
「もしかして、もともと怪しいと睨んでいたのは別の場所?」
《まぁ、他のとこにもあるけど……第一候補はここだったんだぜ》
「中央に奴等の息がかかった誰かがいるってことかぁ」
《ご名答》
いるはずのないエヴィータ派や獣人排斥派がいたということは、逆説的に考えればそうなる。
なんともきな臭い。
(シル兄ちゃん、これ、変に深入りするとマズいかも)
聞こえているはずもないが、何となく心のうちでそう呟いてしまうゼノンだった。




