窮地
サブタイが、この話のすべてを物語ってしまっている……!
※この物語では人の体型を貶めるような表現が含まれていますが、犯罪行為や差別を助長する意図はございません。念のため。
次は7月22日の投稿を予定してます。
俺とニコラは手分けして怪我して倒れている冒険者達の治療を進める。幸い、死んでいるやつはいなかった。気絶していることについてはその原因が何だったかによっては危険度が変わってくるが、他の明らかな怪我については裂傷、骨折、内出血……まぁ、そんなところだ。だいたいスペル【ヒール】を使っておけば治る程度。
「うぅ……」
ニコラが持っていた気付け薬で目を覚ましていく。蓋を開けただけで分かる沼の味の臭い……言っていて訳が分からなくなるが、意識を失っても起きるのだから相当なものだと分かってもらえれば良い。
ともかく、治癒した者から起こし、この場所で起こったことについて聞くことにした。
「狙い目だと思ったんだよ、最初はさ」
どうやら、俺が下に降りた後、彼等は一挙に横穴に殴り込んだわけだが、落とし穴に落ちたり分かれ道で別々に進んだりして人数を減らしていったらしい。この場所にいる奴らは2つ目の落とし穴に落ちたグループだという。
で、何の変哲も無い落とし穴(だが結構深かったらしい)で逆に不審に思って見てみたら隠されたように横穴があったんだと。子どもならスムーズに進めそうなくらいの穴で、野郎共には少し窮屈だったようだが進んでみたそうだ。
「何か妙な空間があって、あきらかに冒険者って体じゃないでぶい奴がいたから当たりだと思ったんだ」
といわれて、俺は思わず自分が降りてきた横穴の下に気絶したままの奴を見る。横穴の蓋にちょうど腹回りが隠れているが、隠れ切れていないあたり、その体型はおのずと分かる。
「強襲をかけたわけだけど、気付かれて対応されてしまった」
「意外に素早いデブだった。何か赤い石を投げられて、触れた奴が倒れていたよな」
赤い石? 聞き覚えのあるフレーズにまさかと思う。
どう考えても、魔石っぽい。
「ああ、爆ぜたのもあったぜ」
ついでといった様子でそんな情報ももらう。爆ぜるって何だろうな……。だが、目の前でそれをやられたら怪我をしそうだ。危ない性質しかないんじゃないか。魔石。
話を聞きながらそう思っていると、顔を中心に細かい怪我をして首あたりの出血が激しかった男が気落ちした様子で言う。
「すまねぇ……おれがこんな大ケガで足引っ張らなければ……」
「いや、それ以上自分を責めなくて良いって。そもそも、俺達だってあっという間に気を失っていたからな。俺だって責任はある」
爆ぜる魔石の存在については知らなかったが、存外に危険ではあったようだ。侮れない相手だな。
「――話を聞くに、あのブタはそのままにしてはおけないわね。妙な物を持っていないか丸裸にして縛っておきましょうか。それとも、敵方のようだし情報を吐いてもらいましょうか」
「お、おう……」
ニコラの何も暈かさず容赦の無い言葉を聞いて俺は頬を引きつらせる。何か性格が変わっていないか? 言動が過激になっているような。
「悪いけれど、私は今になって気が立っているみたいなのね。まぁ、貴方達の足を引っ張ることはないでしょう」
今になってということは……ヒルの影響か?
おっと、考えたことを察したのだろうか。ニコラに睨まれてしまう。
「っていうか、アンタ生きていたんだな」
「今さらか」
今になって気付いた! というように驚かれてしまう。いや、今の俺は特に気配を誤魔化すこともしてないのだから気付けよ。
「……ニコラの姐さんがそうなっているって相当なことがあったんじゃ……?」
周囲を見る余裕が出てきたのか、そんな風に尋ねられる。
「ケイヴヒル、で分かるか?」
「シルヴァー? その名称を連呼したらぶちのめすわよ」
「あー、あれかー……オーケーオーケー、理解した」
さすが冒険者。理解が早いな。いや、痛い目に遭った奴が多いのかもしれないが。
「とりあえず、問題はこの男への対応とここからどう進むのかだな」
全員をとりあえず動けるくらいまで回復させた俺はデブオ(仮)の前に立つ。俺の体重が致命的だったのか目を覚ます気配はない。だからぎちぎちに縛ることができた。力任せに抜け出すことはできないだろうな。ピクリとも動けまい。もちろん、死んではいないぞ。
「この男は一体どっちから来たの?」
「あ、あっち側っす。ちょっと急いでいるような感じだったか?」
「ああ。気もそぞろにおれらが隠れている方に来たから強襲を決めたんだ」
「あれ? そうだっけか」
「倒れて記憶が飛んだのか? どうせ鉢合わせするんならこっちが有利になるように運びたいって言ってやったじゃねぇか」
「あ、そっか」
怪我の際に記憶の障害があったようなやつもいたが、とりあえず知りたいことがわかった俺とニコラはニヤリと笑う。
男が来た方向はつまり。エヴィータ派と考えられる奴等の拠点であるということなのだろう。
急いでいけば俺達の取り分も残っているかもしれない。
「行き先は決まったわね」
「できればそこで他の奴らとも合流できれば良いんだが」
「まぁ、願っておくのは自由でしょう」
「ところで、この男はどうする?」
俺達はデブオ(仮)を見下ろす。見た目、大した脅威を感じないとはいえ、この男は一冒険者を窮地に陥らせたやつだ。見逃すことはできない。
「どうしようかしらね。……こういうときは、私達が欲しい情報は何なのかという視点から考えると良いのよ」
「俺達が欲しい情報?」
「そうね……たとえば、このブタが使った赤い石は何なのかとかね?」
「なるほど。それがこの先必要そうならばたたき起せば良いと言うことか」
石についてはまぁ、魔石だろうという推測は立てられるがな。何しろ、蔓植物の件で魔力をかなり消耗していたはずの魔石だが触れただけで倒れた者がいたという。赤い魔石なら、もっとその可能性が高いだろう。
「……そういえば魔石は持つだけでも危険な代物だったはずだ。何故このデブは無事だった?」
俺や俺のパーティメンバーは持っても狂うことはないらしい。聖獣もそうだと。だが、他はわからないという話だったはずだ、たしか。
このデブオは赤茶ぽい髪をしている。白銀にはほど遠いからして……聖獣ではないな。ということは、魔石を持って無事だった理由がどこかにあるはずだ。
「あら、聞くべき事があったわね」
「ああ、確認しておかないと。答え次第では奴らの危険度が跳ね上がる」
「そこまでのものなのね……」
実際のところ、魔石がどのようなものなのかという情報はまだニコラも持っていないだろう。だが、俺の言葉からそれのヤバさというものは分かるわけで……真剣な顔になるとデブオ(仮)の腹に脚を乗せてグッと力を入れた。
「ぐぶっ!?」
優しくない起こし方だ。
「――起きなさい。楽しい尋問の時間よ。覚悟はいいわね?」
見下ろすその視線は絶対零度。最短で最上の情報を引き出すために神経を尖らせているので物凄く恐ろしい。
そんなニコラに急所へと足を掛けられながら凄まれてみれば、気絶から回復したばかりのデブオは震えながら情報を吐きだしていった。
それで分かったことを羅列してみよう。
まずこの場所が確かにエヴィータ派の拠点であったということ。
次に、過去形なのはこの場所を利用していたそのほとんどが最低限の研究成果を持って既に別の場所へ逃げているからだということ。
また、魔石についてはたまたまそれを作り出す方法を見つけていたこと。
デブオ(仮)が無事だったのは作成者だったからだということ。
そして、これが一番の問題なのだが、置き土産として魔石をいくつか設置し、崩壊させてその余波でこの周辺の土地まるごと破壊してしまおうという計画が今まさに進んでいるということ。
「グフ、グフフっ。道連れにしてやるんだな。この場所に政府の狗が何匹もいるのは知っているからな!」
「まずいぞ、そいつを黙らせないと!」
だいたいこういうときは何らかの言葉をトリガーにしているものだ。それをさせないためには当人の意識を奪うことが一番なのだが……。
「もう遅いんだな。【チェンジウェポン】」
一瞬の内にデブオを縛っていた縄はどこかへ消えていた。その代わり、その手のなかには謎の瓶がひとつ。どこか高級感のある赤い瓶だ。男の手の中に収まるくらいの大きさ。
何か分からないが、このままあれを使わせるのはまずい。
そんな予感がして俺は手を伸ばす。奪おうとした。壊そうとした。
だが間に合わなかった。
俺の指先が、ニコラの鞭がそれに届く寸前、デブオはくるりと瓶の蓋を開けて中身を口に含む。漏れた一滴でさえも、恐ろしく凝縮された力を感じた。
「【我等が神に栄光あれ】!!」
誰もがギョッと目を向ける。それはきっと闘技場下の中心部分だった。デブオの言っていたことを信じるのであれば、魔石がいくつも置かれている危険な場所。
まるで口を解放した風船から空気が抜けていくかのようにデブオから魔力の気配が薄くなっていく一方で魔石があるらしい方向の力はどんどんふくれ上がっていく。
「逃げろ、可能な限り遠くへ!!」
何とかそう叫んだ次の瞬間、俺は自分の世界から音と光を見失った。




