猫科の柔軟さ
次は6月17日の投稿を予定してます。
一番危ない役割を引き受けさせられた俺だが、落下死のリスクは一番低かったのかもしれない。
【浮遊】は使えるし。
死にかねない高さからの落下はこの中で最も経験していると思うぞ。
「さて……どうやら”当たり”だったようだな」
《冷静そうに言っているけど毛が逆立っているから分かるのよね……シルヴァー、貴方、まさかの落下に驚いているでしょう?》
「……」
俺はそ知らぬ顔をする。確かに、俺の耳も尻尾もピンと立っていたりするが、たまたまそうなるときもある……いや、ないな。
《ま・ぬ・け。はしごから足を踏み外すなんて、冒険者の風上にもおけないわよね》
ニコラの追撃にぐぅの音も出ない。確かに、落ち方は情けないものだった。しかし、それが幸いして敵からの攻撃をうまく避けることができたのだ。
そう、確かに落ちはした。
だが、足を踏み外したとかいう情けない理由からではない。
「緊急離脱のためだった。ニコラを驚かせてしまったか」
《さも自分が驚いていないみたいによくも言えるわね》
「痛っ」
ベシィッとニコラの尻尾が一際強く打ち付けられた。俺の顔面に。カメレオンの尻尾は細いというのにニコラが振るうと鞭並に攻撃力を持つようだ。
《でも、さすがは猫科の聖獣ね。落ちた衝撃をしっかり逃したのだもの。ぺしゃんこにならずに済んで良かったわ》
「まぁ、そうだな……猫ではないが、柔軟ではあると思うぞ」
そう言いながら、俺は聖獣姿を解く。
本来なら【浮遊】を使うことでより安全に降りられたのだということを、俺はニコラに告げられない。言ったら最後、アホバカマヌケトンマと不名誉な称号をもらう羽目になりそうだった。
《それより、問題は……あれをどうするか、ね》
ニコラは上を見上げる。俺もつられて上を見て、遠い目をした。ここまで聞こえるのは俺が連れてきた冒険者達の怒りの言葉。
『よくも俺達のリーダーを! リーダーを……っ!』
『よくも殺してくれたな……』
『せっかく冒険者として活躍してくれる聖獣だったんだぞ! それを!』
『『『許さねぇ!!!』』』
……いや、生きているからな?
別に死んではいないし殺されてもいない。
そう言いたかったが、悲しいことに、彼等の所までかなりの距離があるので叫んでも声が届くことはなさそうだった。
「あれはどうしようもないだろう。幸い、あの勢いに押されてか敵方も抵抗らしい抵抗ができていないようだから放っておこう」
《……そうね?》
それなら、貴方はこれからどうするの。
そんな疑問を込めて首を傾げるカメレオン。
「俺達は、こっちを行く」
指差したのは、すぐ側の壁。実はそこにも横穴があった。無理矢理こじ開けて“固定”したかのような感じだ。あきらかに後から作られたもの。そして、上の横穴よりもはるかに危険な気配が漂っていた。
「どこにつながっているのだろうな?」
危険だと分かっていても、だからこそどこかわくわくした気持ちになる。
俺はリスクさえも楽しむ、冒険者だ。
というか、リスクですら楽しめないと冒険者としてやっていけないのだとそろそろ悟った。
《病的ねぇ……いえ、もはや病気ね》
呆れた様子のニコラだが、俺の選択に否と言うことはない。そもそも、彼女だって冒険者なのだ。しかもAランクという。そのため、冒険者らしい生態についても知っているし、おそらくはその性質を持っている。
だから否定もしないだろう?
「ま、あいつらは大丈夫だ。だから、俺達はあいつらには少し荷が重そうなこっちを行く」
《まぁ……中で挟み撃ちにできれば御の字ってところかしらね》
何が待っているのだろうな。
俺は緊張と期待を抱きながら一歩踏み出す。
「うぉぉっ!?」
落ちた。
だが落ち慣れている俺は問題ない。上手く体を使ってスタッと着地した。そこまで深くはないようだ。とはいえ、何の準備もなく頭から落ちれば不幸なことになるだろうがな。
《下が剣山じゃなくて良かったわね》
「怖いこと言うな……」
ちなみにニコラはまだ肩の上にいる。よほど居心地がいいのか、それとも単なる無精か。心的な理由で戻れない可能性もなくはない。
落ちた時、その尻尾が俺の首に巻き付いてきたのをはっきりと知覚したぞ。
ニコラも怖かったのか、それとも――失敗した俺を絞め殺そうとしたのか。
……深く考えない方が良さそうだ。
「こうなると本当に何が起こるか分からないから、ニコラも本当に気をつけた方がいいぞ」
《自分の身は自分で守れるわ。伊達にAランクを持っているわけじゃないのよ》
小さいカメレオン姿だと一抹の不安が……ないこともない。押し潰してしまったら恨まれるだろうか。いや、呪われそうだな。
「しかし……ここに来るのはゼノンの方がよかったかもしれないな」
《貴方のようなうっかり者でもない限りここのような場所は見つけられなかったと思うから、逆によかったのではないかしらね》
「……そうか?」
言いながら俺は何とか穴から這い上がる。
《諜報部隊でさえ踏み込めなかった部分によくぞ踏み込んだものだわ》
「おぅ、誉めて……ないよな?」
うっかり者とか言われたからな。その会話の流れじゃ誉めていることにはならない。声音も皮肉っぽいというか何というか。
《好きに受け取ったらいかが? それよりも、さっさと進みなさいな》
「はいはい。とはいえ、ゼノンがいないと罠があっても漢解除しか選択肢がないのだが……」
《……最悪ね》
どうやらニコラも斥候のような役割はできないらしい。
そんな風に言っている間にも妙なところをカチリと踏んでしまい、床から飛び出してきた棘付きの槍を前方に転がることで避ける。
そしてその槍はそのまま天井へ突き刺さり、柵となってしまった。
「生きて帰れるといいな……」
《シルヴァーはどうでもいいけれど、他の冒険者達が心配ね》
どうでもいい……。
心配されないのもそれはそれで寂しい気がする。
ま、カメレオンに心配されてもという気持ちもないでもない。それに、俺が“帰る”だけなら簡単なのだ。転移門を使えばいいだけだからな。
さて、確かにニコラの言うとおり、このレベルの罠がひしめくような場所に誘導されたら脳筋冒険者などひとたまりもないだろう。
少し本気を出すことにしようか。
どんな罠が潜んでいるか分からない危険な一本通路をどうやって攻略するか。
俺の考える正解としてはまずゼノンを最初におく。これにつきるな。
だが今いないので仕方が無い。次善のものとしては魔法も何もかも利用して突っ切ること。それを採用しよう。というか、俺にできるのがそれくらいなのだ。
レッツ、漢解除!
実際のところ、落とし穴を除くたいていの罠はカニ装備が弾いてくれる。魔法が乗っていると若干ダメージを喰らうが、それくらいだ。ちょっと反則っぽいので普段はしまい込んでいるが。
《面白い装備ね。ずっとそれを付けていればとても話題の中心になれるでしょう》
「話題の中心ではなく笑いの中心だろう。笑われるのはごめんだぞ」
《……まぁ、そうかもしれないわね。いえ、笑えないわねこれは》
すぐ目の前にささった槍を見ながらニコラは呟く。
確かに笑えない。
これがなければ俺の腹に風穴が空いたかもしれないな。この装備、ここまで固かっただろうか……?
成長するイキモノ装備……まさかな?
「まぁ、ここまで役に立つなら見直しても良いかもしれないな。罠を解除するときとか強敵と戦うときには絶対に出そう」
そんな風に話していられるほど余裕があった。いや、話していないと気が紛れないというか。
少し進むと、少し広めの部屋に出る。ここも無理矢理削って広げて固定したかのような場所だ。
だが、ここは……ひどく臭う。
《血臭が強いわ。こびりついてるみたいね》
「ここまでも罠の至るところに血の臭いはあったが、ここは圧倒的だな」
明らかに何かが殺された場所。
血とともに怨念までこびりついていそうだった。
ここで何が起こったのか、行われていたのか。それはまだ想像するしかできないが、もしその想像通りのことがあったとしたら――こんなに胸くそ悪い話はない。




