踏み込みは甘くならざるを得ない
次は2月26日の投稿を予定してます。
何か……花粉飛んでますよね? 今年は少ない? んな馬鹿な(鼻水と目のゴロゴロ、ぼんやりとした頭痛に悩まされる今日この頃)
どうやら、イェーオリからしてみれば急に俺達が部屋の中に現れたように見えたらしい。心底驚いたらしい彼に聞いてみれば俺達がどんな風に現れたのか詳細に教えてくれた。
「なるほど。俺達は普通に歩いて来だけだが、こちらからはさっぱり分からないんだな」
「使っているハイド系の魔獣のランクにもよるけど、ものによっては質感も再現するからね」
ゼノンはそう言うと今さっき通り抜けてきた場所に手を当てる。その手が素通りする様子はない。
「ほう、それは面白いな」
まさかと思いつつ俺も手を当ててみた。見事な反発感。完全に壁になっているぞ、これ。
「使われている素材は最高級、と。これを前提に進めれば皇宮攻略も夢じゃないね」
「やめてね?」
「まぁ、冗談も程々にして。とりあえず、イェーオリ。さすがにこの長期間特に罪を犯していない冒険者が皇宮に拘束されているのは問題だとしてギルドが立ち上がった。ということで、出られるぞ」
「は? ああ、まぁ、それは助かるんだが。こっちも目的があるからな……それは、こう出られないんじゃ意味がない。だが、本当に良いのか?」
イェーオリの視線はシリルに向かっていた。まぁ、明らかに騎士の形だしな。
「あー、シルヴァーが味方に付けた人物がね。とっても影響のある人だからこちらは折れることにしたのさ。ろくな情報を得られなかったのは残念だけど、君達がそれを冒険者という立場から上手く活用してくれることを願うよ」
情報を直接得て独占するのは諦めるが、情報の提供は期待していると。ある程度は冒険者ギルドにも渡さないと今回のために動かした分が取り戻せないかもしれないな。
「そこら辺はイェーオリ側で何とか考えてくれ。どこまで話してどこまで話さないでおくかは重要な境界だぞ。話しすぎず、秘密にし過ぎないラインを見極めろ。それが冒険者としての保身にもつながるからな」
俺がそう言うと、イェーオリは遠い目をして溜め息を吐く。
「その境目が分かるようなら苦労はしねぇんだけどな」
そこは駆け引きで。パーティの頭脳役に任せれば良いのではないだろうか。全員が脳筋だったらどうにもならないが。彼等については大丈夫だと思う。
向こう側の話も部外者がいない場所でしたいものだ。彼等になら女神の話もして良いかもしれない。
「さて、さっさと次に行こうか」
シリルはそう言うと先程入ってきた壁とは別の方向へ向かう。訳が分からないまま俺達もそれについていった。イェーオリはもっと訳が分からなかっただろうな。
「ここは、振動によって鍵が外れるんだ」
鍵?
そこにあるのはただの壁だ。何を言っているのだろうか、と胡乱げな視線を向けたのはイェーオリだけだった。俺達は察している。そこに隠された入口があるということを。
というか、一応牢屋として機能する部屋なのにそこから外へ出られる秘密の入口を用意するとか、大胆というか何というか……たぶん、このことを他に漏らしたらもれなく死神コースだろう。
シリルは特定の壁の模様をトントントンと叩く。すると、壁が薄くなり、奥の暗い場所がうっすら見えるようになった。
「こっちからの方が早いんだよ。あ、だけど罠もたっぷりあるから気を付けてね」
「ゼノンの出番だな」
「解除しちゃって良いなら任せて」
「やめてね? 避ける方向でいくから、足を置く場所も僕に合わせて」
一人が間違えたら後の全員が間違える方法だな。間違ったら罠が起動するのだろうか。皇宮にはどんな罠があるのか気にならないといえば嘘になる。だが、身を以て試したいとは思わないからな。
「なぁ、シルヴァー。どうしてギルドが俺達を助ける方向に動いたんだ?」
シリルのあとをぴったりくっついて歩くという、言葉にしたら変態感満載の簡単な動きを慎重に行っていると、後ろからそう尋ねられる。
「そこは、いろいろと理由があるが……一番は権力者のさらに上の者からお前達を助けるように依頼があったからになるんだろうな」
「権力者の、上?」
「教国においては特に顕著だぞ……女神という言葉に対する反応はな」
「女神!? エヴィっ」
少しマズい単語を口に出しそうだったので俺は慌ててイェーオリを黙らせる。ちょっと手荒になったが許せ。それをこの場所で言ってしまうとせっかく助ける方向でシリル達の助力を得られたのが水の泡になりかねないんだ。
「そう、女神アデライドだ」
「女神様を味方に付けているとか、反則もいいところなんだよね。特にこの国じゃ教皇様も何も言えないから。それより、ここは女性がいるところでねー……僕が一番に入ったら縊り殺されそうだからお先にどうぞ?」
女性ということは、シルキーかマリナ……もしくはその両方か。
どちらも気弱な性格というわけじゃなかったはずだから、例えば着替え中に入ってしまったとしたら間違いなく攻撃が飛んでくるだろうな。まぁ、使える魔力や魔法は制限されているのかもしれないが。気合いで攻撃してきそう。
「入り方はシリルが知っているんだろう。罠にかかりたくはないから、開いてくれるか」
「ああ、罠がなければ良いんだね? ……はい、これで起動はしないようになった。さぁ、救出対象はこの先にいるよ。行かないのかい?」
今、ここでの突破口となるのは……イレーネ、貴女だ。
俺達は鉄壁の無表情で普通についてきている皇妃付きの侍女に懇願の視線を送る。
「騎士シリル。念のために確認させて頂きます。罠などはありませんね?」
「ああ、もちろんですとも。君に怪我させたら僕の首は普通に飛ぶので」
「では、私が始めに行かせて貰いましょう。さすがに女性のいる部屋に殿方が何人も勝手に踏み込むのはいかがなものかと思っていたところですので」
スパッと承諾したイレーネはシリルを押し退けて入口だとされる壁に向き直った。そしてそのまま指示された場所を叩き、開く。
「進んで。僕達が入っても良い状態になったら逆側から同じ場所を叩いてくれれば良いから」
ということで、俺達はしばらく待機していることになった。ただ黙っているのもつまらないのでイェーオリに話題を振る。
「イェーオリ、そう言えば、軟禁生活はどんな感じだったんだ?」
「え? ああ、まぁ、暴力だとかを加えられたりはしなかったな。ただ、あの部屋にいるとどう頑張っても魔法は使えなかったけど」
イェーオリはシリルをちらちらと見ながらそう答えた。こいつがいる場所でなぜその話題を振った!? という気持ちが滲み出ていたが黙殺する。
「そりゃ、魔法を使えたら部屋壊されて逃げられちゃうからだね。それでも、簡単なスペルくらいなら使えるはずだけど。あれは基本的には攻撃ができないからね」
その基本を崩したのは俺だが、ここでは黙っていようか。
「スペル……実際のところ、どうやって使っているんだ?」
「おや? 君達はスペルを知らない層だったんだ。冒険者にしては珍しいね」
「俺も最初は知らなかったからな」
「ふぅん。君達には何か共通点でもあるのかな?」
何かを探ろうとするシリル。だが、俺とイェーオリ達の間に共通点など無いはずだ。そもそも別世界と言っても良い場所に住んでいるんだから。
で、ちょうどそのとき、壁の向こうから小さな音が聞こえてくる。イレーネからの合図だ。どうやら俺達も入って良いらしい。
「じゃあ、入りますか」
シリルからの視線が逸らされ、俺はホッとする。どこまで話すべきか、どこまで秘密にしておくべきか。それは俺にしても難しい判断だった。
「あっ、イェーオリ!」
「元気そう。シルヴァーもいるじゃん。あたし達、マジで出られるんだ。長かったなーほんと」
「王侯貴族ってこれだから大変なんだって改めて実感したわね、シルキー」
イェーオリ達のパーティの女性陣、マリナとシルキーが元気そうに手を振っていた。こちらも酷い扱いは受けていないようだ。
「無事で良かった、マリナ、シルキー」
「まぁ、抵抗はしていなかったからさ。朝晩だけだったけどしっかり食事も出たし。お風呂がないのは残念だったけど~」
「シルキーはこっちにきてからお風呂に嵌まったわね」
「あんなに贅沢にお湯を使えるなんて幸せじゃん。向こうじゃ基本的に沐浴でしょ? 川の水は冷たすぎてあたしは嫌い」
彼等はあまり良い生活をしていなかったようだ。とはいえ、風呂は冒険者向けの宿には滅多に無いが。
「でも、水が使えたのは良かったわ。温めて体を拭けばすっきりするもの」
「マリナはねぇ……その柔いメロン、蒸れそうだもんねぇぇ? 当てつけか」
ケッとやさぐれたような表情と口調でそう言い放つシルキー。まぁ、彼女は普通の範囲にあると思うぞ。うん。
これ以上踏み込めないな、ここは地雷原か。




