大騒動が一つ
次は2月19日の投稿を予定してます。
これは、後で知ったことなのだが。この日、皇宮では三つの騒動が起こっていたのだという。それに合わせて小さな騒ぎも。
だからといって、俺を恨むのはお門違いというやつだろう。
全部が全部俺が原因というわけではないのだから。
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「そういえば、イェーオリさん達も武器を皇宮に預けたままなのよね? それも回収しなくてはならないんじゃないかしら」
「確かにそうですね」
マリと別れてからふと思い出したようにラヴィが言った。ロウもハッとしたように立ち止まり頷く。
確か、イェーオリ達は例の蔓植物討伐記念パーティに行ったときに捕まったのだったか。パーティの際に武器の持ち込みは禁じられていた。多くの冒険者は皇宮に預けていたのだ。それからずっと彼等が皇宮に囚われたままだったのなら、武器もまたこの皇宮にあるに違いない。
「君達、そこに気が付いちゃうか」
「シリル? 不誠実な対応についてはあなたの隊長とじっくり話さなくてはならないわね」
「勘弁してください皇妃様。僕が死んでしまいます」
両手で目元を覆ってシリルが崩れ落ちるように跪く。
「シリルはイェーオリ達の武器類が置かれている場所を知っているのか」
「知っているよ。ただ、その部屋は今彼等がいる場所とは離れているんだ。君達はここで二手に分かれた方が良いだろうね」
「なら、そちらには私が同行しようかしら。場所は?」
「食料庫の裏にある小さい倉庫です。厨房を通り抜けないとたどり着けないのですが、皇妃様がいれば問題はないでしょう」
「あら、厨房ね……大丈夫かしら」
「何か気がかりなことでもあるのでしょうか」
「あそこは料理長と副料理長で派閥争いをしていたはずなの。少し面倒なことになるかもしれないわ」
「それでも、皇妃様自らの言葉であれば聞き入れるでしょう。あぁ、そういえば。実は、ここにこんなものがあるんです」
そう言ってシリルが取り出したのは……死神の意匠のエンブレムだった。
「マリ隊長の威光を借りましょう」
「あら、これなら誰も文句を言えないわね。死神の監視は怖いもの。それじゃあ、早速向かおうかしら。ああ、イレーネは彼等の方についていてくれるかしら。私の代わりに彼を操縦してね?」
「かしこまりました」
いいのか、おい……。という、いろいろな意味で言いたくなった言葉を何とか飲み込んだ俺はそのまま皇妃と彼女に付けたラヴィにロウを見送ったのだった。
そして、俺達はそれなりに重厚な扉が不規則に並ぶ通路にやって来ていた。シリルの足取りは迷うことなく、むしろ浮かび上がりそうなくらい軽い調子で先導している。
「本当にこっちで合っているのか?」
「合っているよ。彼等の捜査については一応僕らに任されていたからさ、知っているんだ。そんなに悪い扱いはしていないよ。朝晩で食事を出していたし」
人道に反する扱いはしていないということか。だが、正直なところをいえば尋問ともつかないようなそんな対応で果たして口を割ることができるのだろうかという疑問が浮かぶ。
お前は一体どこの味方なんだと聞かれそうだが、まぁ、ただ疑問に思っただけだ。
拷問もせずに聞き出すのは大変だろう。
やらなかった、のではなくできなかったのかもしれないが。彼等にしても明確な罪状の元捕まえたわけではないので手荒なまねをすることが躊躇われたのかもしれない。……いや、そこはそうでもないかもしれないな。マリを知っているから分かる。シリルもそうだろうが、彼等は冷酷になろうと思えばどこまでも冷酷になれるような性質を持っている。
「丁寧に対応していたんだな。単に捕まえているわけでもなさそうだ」
「さて、ね」
どこかマリを思わせる仕草でシリルは笑って首を傾げてみせる。話すつもりはないのだと言っているかのようだ。だから、俺は「これは何かあるぞ」と注意しておくことにした。
何か、いろいろな思惑が渦巻きすぎている気がする。
イェーオリ達もさっさと救出されてくれないだろうか。
「この辺りは、貴人用の部屋がほとんどでしたね。皇妃様から伺ったことがあります」
「侍女である君ならともかく、皇妃様までそれを知っているとはね」
「ふふ。意外と皆見ていないものなのですよ」
「今後は気を付けよっかな……。さて、シルヴァー。ここが」
シリルは目の前の壁を軽く叩く。
「イェーオリとかいう男のいる部屋に通じるところ。ちょっと特別な仕掛けがあるから、僕を見失わないようにしっかりついてきて」
つまり、貴人用の部屋とか言っているが、実際のところは牢屋も兼ねているのだろう。イェーオリ達が好きに出られないということはそういうことだ。
「罠なんかもあるのか?」
「当然。逃げられないようにするためのものと逃がされないようにするためのものだね」
「そうか。それなら、イェーオリ以外についてもシリルが案内してくれるか?」
「もとよりそのつもり。変に引っかかって今ある罠を台無しにされちゃ困るからさ」
とりあえず、シリルを先頭にして俺とゼノン、ヨシズにアルでついていくことにした。アルは子犬姿でヨシズの頭の上だ。
シリルはもう一度俺達に自分の後ろを外れないようにしてくれと頼んでから壁の模様を叩く。すると、一瞬のうちに黒い口が開いた。
壁は一体どこに行ったんだ?
「あはは。初めて見るとそうなるよね。この仕掛けについて詳しいことは話せないけど、魔法とかは一切使っていないとだけ言っておくよ」
魔物由来の素材によるのだろうか。俺は狩る方なら得意だが、狩ったものがどのように利用されているのかについては気にしないできたから推測もできないな。
だが、うちにはそれが得意な奴がいたりする。
「へぇ、なるほど。ハイド系の皮を使ったか、カメレオン系の粉を使ったんだろうね。皮じゃ耐久性に欠けるから、粉かな……ちょっと高いけど、皇宮だから経費はありそうだもんね」
「ぎく」
わふぅ《あからさまに怪しい態度だな……》
ゼノンの呟きにシリルはギクリとした顔を見せる。粉が正解か。それともそれに近い他の何かなのか。ミスリードの可能性もあるな。
まぁ、無理に解き明かす必要は無いが。
「さ、さぁ、さっさと先に行こうか。ここから先は本当に逸れないで欲しい」
「ああ、余計な時間が掛かるのはこちらとしてもあまり嬉しくないからな」
シリルの言葉に従うさ。俺はな。
とはいえ、ゼノンの勝手な考察を止めるつもりはないが。
「へぇ、なるほど……こんな罠になっているんだ」
「ゼノン、どこにどんな罠があるのか分かるのか?」
「細かいところは実際に触ってみないと何とも言えないけど、基本的にどんなタイプのものなのかは推測できるね。俺、これでも一通り触ってきたから」
にやり、と悪っぽく笑うゼノン。彼は孤児院にいたというのに意外なものを知っている。罠もそうだが、魔物の知識もかなりあるのだ。何を思って蓄えた知識なのかと疑問が浮かんでしまうが、今役に立っているので俺は聞くこともしない。
何というか、触れられたくない過去を持つ俺は、それに触れられる覚悟ができてから対応に出るべきだと思うようになったのだ。
「ゼノンのその知識には良く助けられているな」
「えっ……罠が分かるって本当に? 僕らとしてはそれ、困るんだけどな」
これは縁起でも何でもなく困惑のような、表情を浮かべるシリル、罠の見破りは許容範囲外なのだろう。
「まぁまぁ、ゼノンは自分で勝手に考えるだけだから。ほら、足が止まっているぞシリル。それともここが目的地なのか」
「いや、もう少し先だけど……うーん、こいつらを案内して大丈夫だったのか……隊長との鍛錬デートはごめんだってのに」
シリルが妙なことをぼやいている。マリとのデート? 鍛錬という言葉がつくと途端に魅力がゼロになるな。きっと恐怖の時間を過ごすのだろう。まぁ、シリルなら何だかんだ言ってもマリを言いくるめてサボれそうな気もするが。
そして、すぐに俺達は目的地に着く。するりと何かの幕を通り抜けたような感覚があった。
「皮だね」
「皮か」
「もうそれで良いから口に出さないでもらえるかな? シルヴァー達に皇宮のシステム丸裸にされそうで胃が痛み出すんだけど?」
どうやら正解らしい。これ以上いじると本当にシリルの胃に穴が開いてしまいそうなので俺とゼノンは肩をすくめて利用されている魔獣については指摘しないことにした。
「さて」
「し……シルヴァー、か?」
「久しぶりだな、イェーオリ」
再会は思ったよりもあっさりしていた。
というか、幽霊でも見るかのような目はしなくて良いだろうに。
「とりあえず、助けに来たぞ」




