聖獣サマの意図
次は1月15日の投稿を予定してます。
「グルル。ところでギルマスよ。俺がわざわざこうして姿を晒したのには理由がある」
牙をむき出しにして俺はギルマスに顔を近付ける。少しだけ大げさな変化にしたので迫力はあるはずだ。彼は体を少しのけ反らしつつ片方の頬を引きつらせていた。
魔獣と見紛うばかりの体躯の肉食獣とここまで至近距離でキス寸前まで顔を近付けられる経験はそうないだろう。
あ……キス、という単語を思い浮かべたら少し離れたくなったぞ……。
「こちらの知っている聖獣も無駄なことは嫌う性格をしている。今ここで言うべきことであれば、我々はそれを妨げることはしない」
「それは良い心がけだな」
それだけギルマスに向けて呟くと俺は胸一杯に息を吸った。その一瞬の動作だけで俺が何をしようとしているのか察したゼノン達は耳元に魔法を展開していた。手で耳を塞がなかったのは壇上にいることが理由だろう。言葉を伝えたい冒険者達にその真似をされたら意味が無い。
ガ、ァァアアア……!!
咆哮で空気を、この場を揺らす。
集まっている冒険者達を揺さぶる。
俺の声を聞け。
人間という獣の、本性で分かるはずだ。
聖獣の言葉の正しさが。
ここに俺の上に立てる奴はいない。全員、従わせる。
そんな思いを持って俺は目の前の冒険者達を睥睨した。
「聞け! 俺は見ての通り聖獣ではあるが、此度は冒険者として見過ごすことのできない事実を知ったからあえてこの姿を晒した!」
「冒険者として……?」
「そんなにヤバい何かがあるのか?」
ザワザワとした声が広がる。この場にいる者達には思い当たるところがないようだ。よほど皇宮の奴らは上手くやったのだろうな。
「この国で行われた闘技大会を覚えているな? いまだかつてないスタンピードを抑えた誉れも、覚えているな?」
ざわめきの程度から、この場にいる冒険者達がイェーオリ達を知る立場にあった者がどれほどいるかどうかを推測する。闘技大会、スタンピードを知っていればイェーオリ達のことも名前などはともかく、顔くらいは見たことがあるはずだ。
「俺は知っている。あろうことか、その立役者の一端であるとある冒険者達が皇宮に不当に捕らえられているということを!」
ざわめきが大きくなった。
「何だと……? それは、この国の冒険者を束ねるギルドマスターとして看過できねぇ話だな。詳しく聞こう。奥へ――いや、この場所で言ったということはこいつらも聞くべきだと判断したのか?」
「グルル……ああ、その通りだ。捕らえられているのはイェーオリ、ティリー、シルキー、マリナ、ライス、フリオの1パーティだ」
パーティ名は忘れた。ニゲラとかそんな感じだったと思う。
「パーティ単位で捕まっているってことは何か変なことをしたんじゃないのか?」
「俺は不当に捕らえられている、と言ったはずだぞ。あいつらが捕らえられたのはあのパーティの日だった」
「ちょっと待てよ。だとしたら、ずいぶん長いこと捕まっているってことになるじゃん」
「その通りだ。だが、皇宮は何の発表もしていない。つまり、もみ消されているわけだ」
「捕まっていない可能性はないのかー? とっくに教国を出ていたとか」
「ないな。確かな情報筋からのものだ」
ここで、そろそろ空気が緩んできたので引き締めにかかることにした。俺はスゥッと短く鋭く息を吸う。
「分かるか! 皇宮に、俺達冒険者は舐められている!!」
突然の大声に、肝の太い冒険者達も一瞬だけ黙る。だが、すぐにそこかしこから囁きが広がっていた。
「……おぅ、言われりゃその通りだな」
「貴族なんかにナメられているってことか」
「皇族だろ、どう考えても」
「あ、そうか皇宮だしな……マジかよ」
徐々に冒険者達の内部で王侯貴族に対する不信感や反発心が高まっていく。彼等にそれが染み渡っていくように言葉を連ね、重ね、繋げていった。
俺達の思惑を知るギルマスも大根役者ながらも俺達寄りの態度を見せることで協力してくれる。
「教皇だろうが貴族だろうが、ギルドに守られている冒険者に勝手ができると思われるのは癪だな」
「その通りだ。だから、我々冒険者はそれを良しとしない態度を取らなくてはならない。このままでは俺達は皇宮に捕まったら大人しくしますと言っているようなものだ! それで良いのか!?」
「良いわけねぇだろ!」
「そうだそうだー。皇宮の奴らなんかに好き勝手されてたまるかよ」
冒険者達の、貴族への不満も噴出した。一応貴族であるギルマスは若干呆れたような色を表情に出す。彼自身にとってもばかばかしい理由で冒険者を蔑ろにしている貴族の情報が出ていたりするからだ。
まぁ、それについては俺の目的外だ。
「それならば、俺達のやるべきことは何だっ!?」
「抗議だ!」
「殴り込みだ!」
予想通りの言葉が返ってきて笑いそうになる。冒険者は基本的に分かりやすい。そして、例え命の危険があろうとも自らの意志を実行に移す者が多い。
さらに、良くも悪くも乗せられやすい。
ここまでは俺の意図したとおりの流れだった。
ここから、事態は俺の手に負えなくなっていく。
「なぁ、皆! 俺はさ、こういうことは情報が伝わらないうちに速攻でやった方が上手くいくって話を聞いたことがあるんだ。魔獣の群れをやるときも偵察は真っ先に潰すからな。この場でやる気のある奴らを中心にしてすぐに皇宮へ向かおうぜ!」
一人の男が大きく声を上げた。俺が一旦落ち着かせて作戦をすり込もうとしたときのことだ。
「え? もっと協力者を募った方が良いんじゃね。高難易度の依頼は複数パーティでメンバーが揃うのを待つのが普通だろ」
「いや、緊急性・隠密性が必要になる依頼は別だ。それに、情報が広まれば皇宮の奴らに準備する時間を与えちまう。いっそここにいるメンバーで一気に殴り込みを掛けた方がたぶん楽なんだ」
「あー、そうか。油断している魔獣……おっと、準備していない状態の騎士なら倒せそうだな……複数人で掛かれば」
「ちょうど、この場にはAランクにまでなったパーティがいるんだ。彼等を中心に据えて、下のランクの奴らは騎士達の妨害と冒険者側の正当性を街の住民に広める役をやってもらって……」
「いわゆる妨害役か。それも重要だな。合わせて害のない騒ぎも起こそうぜ。向こうの戦力が分散すれば楽になる」
「囮か。指揮系統がしっかりしている敵の頭を混乱させることができれば上々だな。そうすると、早々につながりがばれない奴らを使わないと」
……何やら物凄い勢いで話が進んでいた。今すぐにも殴り込みに行きたいとうずうずしている奴らがほとんどだが、皇宮襲撃のリスクも一応は頭にあったのだろう。物凄い勢いで作戦が練られていた。
言葉の端々から一体こいつ等は何と戦うことを想定しているのだろうと思わなくもなかったが、消極的でいられるよりはずっと良い。
「教国の冒険者は頭を使おうと思えば使えるんだ。ただし、まともに回るのは戦闘に限る」
唖然としている俺の横でギルマスがぽつりと呟いた。そこに浮かぶ表情はこう語っていた。もう少し他にも頭を使えねぇものかな、と。
「なぁ、シルヴァー。オレら、置いてきぼりにされるんじゃねぇか」
「煽った張本人が計画の全容が分からないって喜劇になるよ?」
俺の両隣にヨシズとゼノンが立ってこっそりと話しかけてくる。別に堂々と話していても誰も気にしないと思うが。
「良いか、ゼノン。煽ったんじゃない。俺は忠告しただけだ」
忠告しただけでここまで乗せられる奴が出てきて、ここまで激しい反応をされるとどういった態度でいれば良いのか迷うな。良きに計らえ、とかやってみるか?
「ところでダミアン、手綱は握れるのか?」
「これは無理だな。成り行きに任せるしかない」
諦め8割くらいの気持ちになった頃、冒険者達の作戦会議が終わる。
一応、俺だって参加していたぞ。だが、頭が少し足りなかった。切り替わる話題に対応出来なかったのだ。対応出来るゼノン、ラヴィ、ロウが話に混じって軌道修正というか全容把握に努めていた。
「それじゃあ、聖獣殿」
粗野な冒険者達に丁寧に頭を下げられ、作られた道を俺は若干混乱しながら歩く。気が付いたら先頭を走って皇宮の門を破る係にされていたからだ。
「シルヴァー、人姿の方がやりやすいんじゃねぇか。冒険者どもも、今さら間違えはしないな?」
「おう、そんなに馬鹿じゃねぇしな」
ギルマスが思い出したように人姿について言及してくれたおかげで何とか獣姿で市街地を歩くということは避けられそうだ。ほっとしながら俺はいつもの獣人姿になった。背後からおおっと驚いたかのような声が広がる。
こいつら、俺が聖獣だってことを信じていなかったか、忘れていたな……。
「行くぞっ――皇宮へ!!」
ちなみにこの台詞を叫んだのは俺ではない。
じゃあ、誰が?
答え:野郎共の中でリーダーっぽい性格の誰かに違いない。




