転移特訓は命の綱渡り
次は11月20日の投稿を予定してます。
「特訓……? というか、全員でというのは、どういうことなんだ?」
「だからねー、転移陣の改造って難しいの。だけど、シルヴァーにはできるようになってもらった方が良いから特訓するんだよ」
まぁ、確かに使えるものは使いこなせるようになっておいた方が良いのは確かだ。いざというときに一つでも多く手札があれば安心につながる。危機回避につながるかどうかは分からなかったりするが。危機といってもいろいろあるからな。
「じゃあ、全員ってのは?」
「改造する方向性として携帯できるようにするというの、言ったよね。改造した転移陣を素早く使えるように君達だって練習しなきゃならないでしょ?」
「確かに、ぶっつけ本番では失敗することもありそうですね」
「それに、情けないけど私自身はアイテムボックスもそう容量がないし、持てる数が限られているわ。失敗する可能性なんて考えたくないところね」
「だから、特訓するんだよ! この場所はわたしの目も届くしおすすめ!」
まぁ、ティアナブルの根っこに囲まれているからな。ティアだって同じ空間にいるということもある。目は届くに決まっているだろう。それが何につながるのかは分からないが。
「だが、転移陣ということは完成された魔術陣ということだろ? オレは正直、そもそもシルヴァーが完成されたものに手を加えて改造できる気がしねぇんだが」
「俺自身も同じ事を思っていた」
「あー、何て言うかシル兄ちゃんってなんかものづくりの才能なさそうだよね」
「そうですね。失礼ですが、ものを作るという方向の器用さはなさそうです。戦闘関係であれば器用にこなしそうだと思いますが」
俺のパーティメンバーは良く分かっているようだ。他人に言われると何とも苛立つが、反論はできない。俺自身も何かものを作ることは苦手な質だと思っているからな。
「そうね。料理なんかも私やロウに任せっきりだし。シルヴァーさんだけにしておくと下手したら焼くことも考えなさそうな気もするわ」
「別に生でもいけるだろ」
ぼそりと本音を漏らしたらこの場にいる全員から「何を言っているんだコイツは」といった視線を向けられてしまう。
グルル……《それは野生の考えだな、シルヴァー》
「君、曲がりなりにも聖獣だよね? 人間に混じって生きることを選択したんだよね?」
ティアにガシッと足を掴まれ、揺すられる。どうやら俺の本音は神様もびっくりなものだったらしい。
「言っておくけどね、シルヴァーみたいな色をした獣が口元を赤く染めているだけでもすっごく怖いから。人の姿だともっと怖いよ。泣く子が泣き喚くよ!」
「いや、さすがに俺だって人の姿で生肉を食もうとは思っていないぞ?」
それが視覚的にまずいのは俺だって分かっている。そう、人間の常識なんだろう。知っている。余程切羽詰まった状況でもなければやろうとはしない。
「あー、びっくりしたぁ。聖獣のイメージって実はわたしの方にも影響があったりするから、シルヴァーがあまりにも変なことをするようなら処分しなきゃいけないところだった」
処分……詳しく聞くのは止めた方が良さそうだな。ろくな予感がしない。
「それよりも、転移陣だよ。シル兄ちゃんが作れるレベルなの?」
ゼノンがさらっと話を元に戻す。その質問に対して、ティアは少し考え込んだ後に頷いた。
「できるはずだよ。最初のうちは感覚が掴めるまで失敗することもあるかもしれないけど、きっとすぐに正解を嗅ぎ分けられるはず」
本当だろうか。そう思いながらも、何もやらないで諦めるわけにも行かなかったので俺はしぶしぶ転移陣の改造とやらに取りかかった。
幸い、ティアが転移陣について詳しいようだったのでそのアドバイスも参考にして何とか形にしようとする。
それまでは他のメンバーはやることがないので好きなことをしていて良いと言ったのだが、どうやら転移陣をこね回す俺の様子を見ていたいらしく、誰もこの場所から離れるという選択を取らなかった。
「しかし、この技術はわりと新しい部類のものだったはずなんだが」
転移陣は予想とは異なり魔法陣に近い形式のものだった。魔術陣は昔からあるもので、特徴は魔力を蓄えること。陣は一度刻めばすり切れるまでそのまま存在する。重複してかけることは可能だが、限界がある。魔術陣の上に重複してかけたいものをかくため、頑張っても5つ6つが限界だろう。
一方で魔法陣は1回だけ魔術陣に似たような効果を持たせると言えば良いのだろうか……ある程度定めた期間は効果が出るが、その期間が過ぎれば一切なくなる。その代わり、無限に重複してかけることができたりする。他にも、いじくり回すには魔法陣の方が簡単らしい。
「えー、ずっと昔からあったよ? ヒントだって散りばめておいたし」
ティアの言い分を考えると、おそらくその散りばめられたヒントをせっせと集めてつなぎ合わせたのがクナッススの学院にいた教師陣なのだろう。
たぶん、彼等も魔法陣の真実を知りたいと思っているのだろうが、ちまちまと証拠を集めているのを横目に俺達が真実にたどり着いてしまった気分だ。
まぁ、悪くない。
苦しかったあの日々(実は半年もない)を思えば俺達もずいぶんといろいろなものを見聞きしてきた。ティアと出逢ったことでついにあの学院長ですらおそらくはまだたどり着いていない知識を得ているのだ。
あぁ、とても人をダメにしそうな優越感。
「あ、シルヴァー、そこを削ったら……!」
「は?」
BEAM!!
俺の手元の転移陣から謎の光が前髪と右の耳先を焦し、一直線に上へと飛んだ。目の前をぱらりと黒い粉みたいな何かが落ちていく。正直、何が起こったのか分からなくて唖然としてテーブル代わりにしているティアナブルの根を見ていた。
「あーあ、失敗みたいだね。これはこれで攻撃に転用できそうだけど」
ティアが何かを言っていたが、そんなことは俺の耳に入ってこなかった。そっと震える右手を上げて前髪と耳の毛を確認する。まさかと思うが、禿げてないよな……?
「ある……! 毛がある!」
「は? そりゃ、見れば分かる。少し焦げたみてぇだけど、全体的にふさふさ度は変わってねぇよ」
俺が思わず叫んだ言葉にヨシズは訝しげな顔をする。おのれ、同じ男だというのに俺の危機感に共感できないと言うか? だが、ふさふさ度は変わらない、か……それだけは少し安心できる言葉だ。
「ヨシズ……人はな、というか人に限らず誰も自分を外から見ることはできないんだ」
「ああ、まぁ、そうだな。鏡でもなきゃな」
「俺の髪はある。そうだな?」
「ああ、しっかりあるぜ」
そんなやり取りをゼノンとラヴィは肩を震わせて聞いていた。ロウは何かを言いたそうに口をモゴモゴとしている。ティアはにこにこと。
「言いたいことがあるなら言えばいいだろ」
「じゃー言うけど。シル兄ちゃん、禿げてないから大丈夫!」
「「ぐ、くっ」」
「あははー」
「悪意しか感じない言葉だな! ちょっと待ってろ……よしできた。転移陣だ。ここからはゼノン達の特訓地獄だぞ」
怒りを器用さに変換してぱぱっと携帯式転移陣を作り上げた。自分でも今どうやってこの一瞬で作れたのかさっぱり分からないが、まぁ、問題ない。仮に欠陥があったとしてもゼノン達が試用して見つけてくれるさ。
黒い笑顔を浮かべて俺は転移陣の試作を差し出した。
「あーっ! 仕返しする気だ! 大人げないっ」
「ってか、シルヴァー、そんな突貫で作った転移陣なんて大丈夫か?」
「それを確かめるのがそっちの役割だ。そうだろう? ティア」
「そうだよ。転移陣の使い勝手の確認がてら欠陥がないかも調べるんだ」
「ま、オレ達の練習になるしシルヴァーの方はさらなる改良に進められるってことで一石二鳥なのか」
とりあえずそれぞれに3つずつ渡した。ヨシズ達はティアに連れられてこの空間の少し奥まったところへ案内されている。そこまで離れているわけでもないので彼等の会話は聞き取れる。しかし、転移特訓ってどうやるのだろうな。
俺は少しばかりの好奇心でそっと耳を澄ませるのだった。
「そういえば、転移陣に欠陥があった場合、どのようなことが起こるのかしら?」
「うーん、いろいろあるよ」
「一例だけでも教えてもらえませんか? 死にはしませんよね?」
「うーん……場合によるかなぁ」
「死ぬ可能性があるのかよ」
ヨシズが顔を引きつらせてティアの態度から正解を導き出す。転移の失敗はどうやら死ぬ可能性があるらしい。さすがに突貫で作ったのはまずかったかもしれない。今になってそう思ったが、とはいえ、突貫でなくとも転移陣の構成として俺が正しいと思えるとすれば作ったものと同じになるだろうから、問題は無いはずなのだが……。怒りというエッセンスがどこまで仕事をするかだろうな。
「でも大丈夫! 蘇生はわたしの得意なことだし」
仮に根っこと混じっちゃったとか首だけ転移できなかったとかあったとしても蘇生しちゃえばくっつくから、とむしろこれからの特訓が不安になるしかない言葉を無邪気に言うティアを前にして俺達は顔に影を落とすのだった。
「どうしたの? わたしならいくらでも蘇生できるから安心してね。魔力のストックはこれだけあるわけだし」
どうやらティアナブルの根元では過酷な特訓ができるらしい。
俺達は身を以て知ることになった。




