ティアナブルの根に囲まれて
次は11月6日の投稿を予定してます。
鼻歌を歌いながら進んで行くティアの後ろを俺達もついていく。俺に洒落にならない疑惑を被せてから自分でそれを引き取ることなく笑っていたその姿は少し憎らしく感じた。
それはもう、神様っていうのは理不尽の塊だと本気で思ったぞ。
「まぁまぁ、シルヴァーもそろそろ機嫌を直してよ。お詫びに特別な場所に案内してあげるんだから」
「とはいえ……この移動方法は疲れるんだが」
俺達がどのように移動していたか。もちろん、こう言うからには普通の移動方法ではないのは分かるだろう。
俺達はゴム鞠のように跳ねながら上へ、横へ、下へ動いていた。
それを可能としているのはティアナブルの根の隙間にある青い光が満ちたぷにぷにだ。これに適当な魔力を込めると適度な堅さになって足を下ろした反発で跳べるようになるのだ。
「最適な魔力量を見極める訓練にはなりそうね」
「あと、意外に楽しい、です」
「そうそう、ここの仕掛けは聖獣の子ども達にも人気だよ」
「僕は子どもじゃっ……」
「それはどうかな。わたしの目には子どもに見えるけど。たぶん、君はまだ子どもでいられる年齢だよね」
ティアが足を止めてロウに向き合った。その緑の瞳は心の底を覗かれそうなほど深く、どこまでも包み込んでくれそうなほどの豊かさを感じられる。
人間じゃない。
それをまざまざと見せつけられてロウは言葉を飲んだ。
そんな二人の様子を俺達大人組は黙って見守る。
「ごめんね。脅かすつもりじゃないんだよ。だけどわたしは、子どもが子どもじゃいられないのは悲しいと思うから。でも、別に自分の選択ならそれで良いんだよ」
「自分の、選択ですか?」
「そう。君が彼等とともに進むために大人であろうと願うなら、それはそれで良いと思う。ただ、その場合、子どもに返るっていう願いにはけりをつけなきゃだめだよ?」
「子どもに返る願い……」
それは一体どんなものなのか。聞いているだけの俺には正直分からなかった。だが、ロウにとってはそれが何を指しているのか何となく分かったらしい。どこか悲痛な顔をしてうつむいてしまっていた。
「この年齢の子どもが長期間親から離れていて寂しくならないはずがないんだよ」
「そんなことは、ありません。だって、そうじゃないと……」
何となく、ロウにもやっぱり負担が掛かっていたんだなと心に突き刺さる。今までわりときれいに隠されていた闇がティアによって見透かされているかのようだった。
「ティア、そのくらいにしてくれ。俺達も身に染みたから」
「うん、そうするよ。だけど、しっかり話すんだよ?」
「それはもちろん」
とはいえ、俺はロウに何と声をかければ良いのか分からず、とりあえずその頭をわしわしと撫でた。
「……もう少し、遠慮無く頼ってもらえるようになるからな」
「僕も……」
「それじゃあ、もう少し上がっていくよ!」
ちょっと真面目な感じだった空気はあっさりと壊された。
「ティアは意外とせっかちで切り替えが速いな」
「文句を言うなら隠し子疑惑を吹聴するよ? ほらほらはやくー」
「完全な脅しが来た!?」
気を取り直して俺達はまた跳ぶ。そして、ついにティアが「ここだよ」と言う場所にやって来た。どれだけ登ってきたのかは分からないが、たぶん相当高い。
「ここなら、誰も入り込めないし、完全に守られる場所だよ」
「へぇ、それはすごいね。部屋、なのかな?」
その場所は他よりも根っこが密集していた。隙間にあのぷにぷにがあるのは変わらないが、たいして目立たない。ただ一つ特徴的なのが、その境目に青白く光る鈴をつけたような花が咲いていることだ。
「うーん、どっちかといえば通路かも」
「通路? どこへの」
「ティアナブルの力の元。それがある場所だよ」
「絶対に人を近付けちゃだめな場所じゃねぇか」
ヨシズがいつもより二割増しに真面目な顔になる。だが、ティアは気にせずに先に進み始めた。ぴょこぴょこと機嫌良く跳ねているような歩き方で気軽な感じだが、何となく俺は嫌な予感を覚えていた。
「そんなことないよ。シルヴァー達ならたぶん大丈夫だから」
「何が大丈夫なのかしら? というか、私達以外は何が大丈夫じゃないのかしら」
「うーん、狂うこと?」
そこで俺達はそろって足を止めた。数歩先に進んだティアも俺達が沈黙しているのに気付いてか足を止めて振り返る。
「どうかした?」
「狂うって……」
どう狂うのかは分からないが、絶対に良くないことになるのは明らかだ。そんな危険があると分かっている場所に何の対策もなく行こうとするのはただの馬鹿でしかない。
冒険者は確かに馬鹿が多いが、さすがに忌避するまのもある。例えば、自分が自分でなくなるとか、自分が狂わされることとかな。
「あ、シルヴァー達は大丈夫! だって、君達はスタンピードの元に触れても倒れなかったからね」
「なぜそれを」
「大地に根ざすティアナブルはね、わりと広い範囲を見たり聞いたりすることができるんだよ。内緒だけどね」
見られていたのか。おそらく、ヘヴンの依頼をこなしている俺達を。
別にそれを吹聴されないなら問題ないが……何というか、俺への脅迫材料がティアの所に集まっている気がするな。大丈夫だろうか。
「さて、ここまでくればさすがに誰も来ないよ」
と、ティアが俺の背中を押しつつ連れてきた場所は思ったより温かい光に満ちていた。炎が揺らめくような暖かさ。これまで青白い光しか見ていなかったから余計にそう感じるのだろう。
……騙されないぞ。
「ティア……あれ、どう見ても魔石……」
「しかも、相当魔力を蓄えているわよね」
「あれはただの照明だよ」
「「んなわけあるかっ」」
俺とヨシズは同じタイミングで同じ言葉を叫んでいた。
しかし、俺達なら大丈夫、とはこれが理由か。確かに、言われてみれば俺のパーティメンバーは皆、あの石に近付いても体調を崩してはいなかった。さらに遡って思い返してみると、蔓植物の樹から手に入った、たいして魔力を持っていない石は触れて倒れた奴がいたな。
グルル《だが、確かにここなら近付ける者はそういないだろうな。聖獣も体調を崩したりするのか?》
「強ければ大丈夫みたい。でも、忌避感は強いって。それより、話をするならここだよ。椅子っぽい根っことテーブルっぽい根っこもあるし」
さ、どうぞと言われて俺は仕方なく座る。まぁ、話し合いができる場所ではあるようだな。ティアナブルのとんでもない秘密も結構知ることになったが。
「まぁ、ちょっと落ち着かないが、とりあえず都に行ってからの動きについてはどうしても共有しておかなくてはならないからな」
「シル兄ちゃん、流すの!?」
「もう俺もあれを照明だと思っておくことにした。俺は知っているけど知らないことにする」
それより、と俺はにこにこと笑うティアから目を逸らしてヨシズやゼノン達の顔を見ていく。
明日に迫っているイェーオリ達救出作戦の方をしっかり確認しておきたい。
「とりあえず、私達はギルドで噂を広めるのよね」
「ああ、どうやって話すのかはまぁ、行き当たりばったりとしか言えないがな」
「たぶんですが、イェーオリさん達の行方を尋ねる、思い出したように皇宮への不安を口にする、声を潜めてイェーオリさん達が捕まえられているんじゃないかという懸念を漏らす……だけでも充分だと思います」
「そうか? 戯れ言だと処理されてしまいそうな気がするが」
受付嬢は意外と事務的だったりする。余程馴染みのある相手じゃないとやっぱりな。公平に対応していると言えば良いのか。
「でも、蔓植物の件がありますから。僕達はそれなりに注目されているんです。Aランクも近いですし。それに原因が分からない霧の村の調査に出て、ディオンさんの報告だけ返ってきたということも利用すれば、もしかしたらという思いを持ってくれるかもしれません」
調査に出た先で何かを見聞きしたのかもしれない、と。
人間は疑心暗鬼に陥りやすい存在だからな。
「だが、誰がそれを言うんだ?」
「シルヴァーが言うのが順当だろ。一応リーダーだし」
「まぁ、そうか……仕方ないな。失敗しても文句言うなよ」
「そうなったらそうなったで別に良いんじゃない? 噂っていうのは根も葉もないのが普通なんだし。少しでも冒険者に警鐘を鳴らせれば良いだけ。まぁ、たぶんギルドも別ルートから情報が入るだろうし無視は出来なくなると思うね」
そういえば、教国のギルドは国の特徴からして教会ともつながりがなきゃやっていけなさそうだな。つまり、そちらから情報が入るのか。ディオンがどこまで流したかによるが、とりあえず俺達の話を信じてもらえる程度にはなるだろう。
失敗しないなら、それでも良い。
「あとは、そう、助けた後にどう動くかだが……」
「そのまま逃げるに1票。いろいろ聞かれてボロが出たら大変だぜ。あと、今さらだが教国って意外と獣人嫌いが多かったりする。あまり長期滞在はおすすめできねぇな」
「本当に今さらだな……待てよ、獣人が嫌いということは聖獣も?」
「あれは違うだろ。神様のオプションとして価値を認めているはずだ」
「その神様としては、ティア、どうなんだ」
「聖獣と獣人は似ているけど違うよ。聖獣は獣からの派生。獣人は人間からの派生だから。ただ、違いは聖獣はわたしの手が入っていて、獣人はヴィタ姉様の手が入っているってだけかな」
聞いたか。俺達は今、獣人のルーツが明かされた歴史的な場にいたんだぞ。
「これ、言っても誰も信じないだろ」
「まぁ、シルヴァーやラヴィ、ひょっとしたらロウも該当するのかもしれないが、自分の分類のルーツが分かって良かったんじゃないか?」
それよりも逃走ルートをどうするかだ、とまるで今から犯罪計画でも立てるかのようなセリフを言ってヨシズはアイテムボックスを使って地図を取り出してきた。
「良いか、良く分かっていなさそうなシルヴァーに言うが、教国はこの地図じゃ北西の方にある。一方でこれから目指す予定の公国は教国からするとだいぶ南になるな」
「ああ……さすがに地図は読めるぞ?」
「それがダメだったらオレもこれを出しやしねぇ。っていうか、説明に必要なんだ」
俺をどう思っているのか心配になったが、まぁ、馬鹿にされているわけでもなさそうだ。
ヨシズはまた地図に視線を落とすと説明を続ける。
「問題は、公国へ行ける道なんだ。地図じゃ商人用の街道が書かれている。これは広いし馬車も通れるから普通はここへ行くものだ。ただ、まぁ、都でイェーオリ達を救出することがどこまで騒ぎになるかによるが、目立てばついてくる輩も当然現れる」
「そういったのはだいたい面倒の種になるんだよね~」
「例えば?」
「力試しを所構わず仕掛けてくるとか、魔獣や魔物を引き連れてなすりつけ、実力を試してくるとか」
「うわ面倒な」
「だから、おすすめしたいのはこの大障壁すれすれの道」
グルル《馬車は通れないのではなかったのか?》
「それが不思議なことに、馬車、通れたりするんだよ。だから選択肢としてどうかと思ってな。その代わり、たぶん面倒くさい魔獣が増えるだろ」
どちらの道を行くか。たぶん、どうせ俺に選択が委ねられるんだろう。
救出できることが前提であるのも自信過剰な気もするが、考えておかなくてはならないなら考えるしかないな。




