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虎は旅する  作者: しまもよう
教国・救出編
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ここから動き出す

次は一週飛んで10月2日の投稿を予定してます。

 

 夜が明けた。ティアナブルからの木漏れ日の下に飛ぶ小鳥が見える。清々しい朝だ。老後になったらこうした時間を過ごしたいと思わされるな。

 結局、俺達は聖獣の森にある空き家に泊まっていた。


「あ、おはようございます、シル兄さん」


「ああ、おはよう、ロウ。早いな……朝食を作っていたのか」


「はい。目が覚めてしまって。二度寝するのにも微妙な時間だったので作ることにしました」


 一体何時から起きているのだろうか。少し疑問に思ったが、今の時間にしてもそう早いというわけではないのでロウも睡眠自体はしっかりしていたはずだが。


「眠れなかったか? この家の寝具は……寝具と言って良いかどうか分からないが、ハンモックだっただろ」


「野営よりずっとマシですよね。初めてだったのですがよく眠れました」


「ああ、うん、何か、悪いな冒険者で……」


 何となく謝る。そろそろ11になるころだろうが、そんな子どもを結構な危険に連れ回しているのだ。あまり良い環境とは言えないだろう。

 俺達は野営続きの冒険者だ。町にいないうちはテントで夜を明かす。だが、テントすら張れない場所もあるのでそういった場合は寝袋一つで済ますこともある。二度三度と行えば慣れてしまうものだが、子どもには酷だというのは間違いない。


 ピチチチ《げっ、もう起きてんじゃん》

 チィチィ《寝起きドッキリ失敗だね》


 窓からそういった声が聞こえてきて、俺とロウは視線を向ける。見れば、窓枠に小鳥が二羽止まっていた。色は勿論、銀色がかっている。どうやらこいつ等がしゃべったらしい。


「ドッキリか……詳しく話を聞かなくてはならないな?」


「何をするつもりだったのかは分かりませんが、これは報告しておいた方が良いかもしれませんね。鳥鍋を作るには流石に時間がありませんし」


 おそらくは悪戯のためだろうと思ったので俺は少し脅すような態度を取ってみたのだが、ロウは容赦ない脅しの言葉を口にしていた。


 ピッ!?


 言葉にならぬ悲鳴を上げて小鳥はどこかへ飛んでいった。言動が幼いというか幼稚だからあれらはおそらく聖獣の子ども……昨日俺達にまとわりついていたものよりも少し年上の子どもだと思う。

 仮にあれが大人だとしたら、聖獣としてあり得ないぞ。

 やっぱり前言撤回しようか。老後に過ごすにしても聖獣の子どもがいるところはノーサンキュー。


「あ、おはよ、シル兄ちゃん。あ、ロウも起きていたんだ」


 わふ《我はおいしいステーキを所望する》


「食べてきたばかりじゃないのか、アル。あと子犬姿で偉そうにされてもな……」


 威厳も何もない。さらに、見慣れてしまえばどうとも思わなくなる。狼の聖獣はフェンリルといって固有の名前が付くくらい有名だというのにな。


「ステーキにするほどの量はありませんでしたが、バランスの良い食事ができました」


「おお、確かに野菜まであるな」


「はい。ラヴィさんも嘆いていましたが、このチームは肉食が多すぎるんです。いくらなんでも栄養が偏ってしまえばいろいろと障りがあるでしょう」


「肉食が多すぎる。新しい表現だな。だが、仕方なくないか? アルは狼だし俺は本性が虎。ロウだって混ざっているのは虎だったか?」


 珍しく、ロウは健康志向を全開にしていた。ここに来て何かを聞いたのだろうか。別に偏った食事でも体調がおかしくなったりはしていなかったがな。それに、そんなに不調になるような歳でもない。俺はまだ若い。


「だいたい、俺達の中で一番の年嵩はヨシズだろ」


「誰が年寄りだってぇ? シルヴァー?」


 後ろからこめかみに拳を当てられてぐりぐりとされる。


「ってぇ!? 起きていたのか、ヨシズ。こら、やめろ痛いっ!」


 俺の後ろでは半目になったヨシズが立っていた。眠いというわけではなくて、先程の会話を聞いていて怒ったようだ。年寄り扱いされて怒るあたりが年寄りなんだ。そして自覚がある。


「ったく、オレだってまだ20代に入っているんだ。若いんだぜ」


 そう言いながらヨシズはよっこらせと年寄り臭い声を出して座った。それを見てロウが笑いを堪えていた。彼からすればヨシズはもうおっさんだろう。というか、今のはどう考えてもおっさんだった。


「ところで、今日はどうするんだ? シルヴァー」


「とりあえず待機だな。今日はニコラが都へ行くらしい。早速皇妃とお茶会だそうだ。そんな無茶を通せるとすると、相当だぞ。ここからは……普通に行くなら2日はかかりそうだな」


「じゃあ、普通じゃなければどうなんだ?」


「さぁな。少しは短縮できるんじゃないのか」


 わふわふぅ《およそ二時間程度だろう。あの近くまでの転移陣があったからな》


「それはだいぶ短縮されるね。人間でも活用できれば良いんだけど。あ、ロウ、果物ナイフ取って」


「はい。しかし、実際の所、どうなのでしょうか?」


 ナイフをゼノンに渡したロウは、アルに向き合う。そういえば、俺達の中で転移陣を使ったのはアルだけか。


 わふぅ《使うだけならば人間でもできよう。見つけるのは聖獣でなくば難しそうだ》


「そうなんですか。だったら、僕達は大丈夫そうですね。シル兄さんも見つけられるでしょうし」


「まぁ、ディオンが言うには転移陣は聖獣なら見つけられるという話だからな。俺やアルがついていれば大丈夫そうだ……」


 そこまで流れるように話して、俺はふと違和感を覚える。どうして俺達は流れるような会話ができたんだ? いつもならなぜか言葉が通じない一匹がいるので通訳が入る。そのため、どうしても流れるようには会話ができなかったわけだが……これはつまり。


「アル? 一体いつから念話が俺以外にも届くようになったんだ?」


 わふぅ《ここに来てからではないか?》


「ここって……」


「ひょっとして、あの神樹が関係しているんじゃない? 一応、あれって神様らしいんだし」


「確かに。不思議なことが起こってもおかしくないか」


 とりあえず、言葉が通じるのはとても素晴らしいことだと分かった。これが果たしてこの場所から離れても同じかどうかは分からないが。

 俺達がちょうど朝食を終えたあたりだった。突然、チリリンと鈴の音が響く。


「何だ?」


「確か、来客の合図だったはずですよ」


 ロウがそう言うと入口にかかっているカーテンを避けた。そこを潜ってきたのはディオンだ。


「ええ、そうです。説明していませんでしたか? 皆さん、おはようございます。どうやらよく眠れたようですね」


「まぁ、寝られなくはなかったな。それより、今日は何かあるのか?」


「ええ、まずはシルヴァーさんに用事がありまして。今日の午後辺りには私も都の教会へ行くので、もし今の時点であちらへの切り札について分かっていることがあれば教えて頂きたいと思ったのです」


 もし、とか言っていながら、ディオンの目は俺がその情報を既に持っていることを確信しているかのようだった。


「あー、やだやだ。神様が関わるといろいろ見透かされてそうで肝冷えるね!」


「おや、なるほど。私達は既に慣れきってしまった感覚ですからね……それで、どうなのでしょうか。もちろん、話すべきでないと判断されたのであればそれを尊重します」


「いや、おそらく相当な威力になるから知っておいてもらった方が良いかもしれない。だから話そう」


 ということで俺はぼかした方が良いと思うところはぼかしつつヘヴンから聞いたことをほとんどそのまま話してしまった。ディオンが信じなければそれまでのことだ。


「――おや、それは素晴らしい。私は、いえ、私以外もそうですが女神アデライド様の御姿を拝見するのはこれが初めてなんですよ」


 話を聞いたディオンの第一声はそんなものだった。


「信じるのか?」


「では、嘘だったのですか?」


 不思議そうにそう切り返されて、俺はうっと言葉に詰まる。話した内容は嘘ではなかった。だから、視線を逸らして否定の言葉を言う。


「いや、提案されたことそのままだ」


「ああ、良かったです……しかし、その内容であれば確かに切り札となり得るでしょうね。同時に、教会は過敏な反応をしそうです」


「そこは俺も……というか相談した相手も気にしていた。信じずに門前払いという可能性をな」


「教会は閉塞的なところもありますからね。とはいえ、私の力を見くびられては困ります」


 ディオンは襟を正して背筋を伸ばすと不敵な笑みを浮かべた。何かちょっと悪どい感じが漂っている。


「権力はそれなりにありそうだな」


 そう見えるだけかもしれないが。


「もちろん、ありますよ。私達は自分の我儘を通せない場所には長くいることはないのですから。引留めたいと願う国の上層部には便宜を図ってもらっていますよ、ええ。それに、私は統括研究所の所属でもあるのでそちらからも手を回しましょう。珍しい植物や動物を餌にやれば大人しくしていてくれるでしょうか……」


 聖獣がろくでもない集団だという疑惑。まぁ、その分教国に権威的な何かを付しているのだからウィンウィンの関係なのだろうな。


「さて、こちらから聞きたいことは以上です。ああ、今日の夜あたりにはニコラも戻ってくるでしょうから、そこで話を聞いてからシルヴァーさん達は動くようにしてください」


「ああ、そうだな。確か、情報が伝わる順番は一に貴族、二に教会・商人、三にギルド、だったか」


「はい。ですから、早すぎても遅すぎてもいけないのです。明日の午後には盛大に情報を拡散してしまってください」


「ああ、もちろんだ。きっと、冒険者なら次は我身と思って積極的に動いてくれるだろうな」


 俺達は皆の自主性を刺激するだけだ。扇動? 俺の辞書にはない言葉だな。



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