聖獣の発言力
次は9月4日の投稿を予定してます。
「ああ、そういえば」
俺がそろそろこの場を辞去するべきかと思っていたそのとき、アレクサンドラがふと思いついたといった様子で声を上げた。
「約束の花ですが、実際にどんな花なのか知らなくては見つけられないでしょうから……」
そう言ってアレクサンドラは部屋の壁の方を向く。
確かに、簡単でも良いから特徴が分からないと不安がある。俺の予想としてはクルイハナとかと同じような形だろうと考えているのだが……。
「壁に何かあるのか?」
「ええ。あの覆いを外してみてください」
その指示に従って俺はそれをそっと外す。恐ろしく丁寧に作られた布だった。細かい糸が使われてさらさらとしている。少しでも強く力を入れてしまうとビリッと破れてしまいそうだ。もしかしなくともとても高価な物だろう。
「これは……?」
覆いの下から現れたのは一枚の絵だった。とても細かく筆を使っているのにどこかぼんやりとした印象だ。ただ、少し離れてみてハッとした。そこに描かれていたのは風景だった。ただし、大部分は重要視されていない。
中心に描かれているのは色合いが定まらない様子の花だった。それだけははっきり分かる。
とはいえ、この絵自体がぼんやりとしていると思ったのは間違いではないはずだ。……俺は確かに芸術に詳しくはない。あれ、美術だったか? ともかく、それはつまりひねくれた解釈もしないということだ。
その俺がぼんやりとしていると思ったのだからこの絵の大部分はぼんやりと描かれているのだ。つまり、花が中心となって描かれているという感じも間違っていないはず。
「ええと、もしかして、この花が?」
「はい。それが約束の花をなんとか絵に書き起こしたもののようです。私自身も実際に見たわけではないので確かなことは分かりませんが……」
まぁ、考えてみれば当たり前のことだ。約束の花の話題から続いたのだから、この絵が当の花に関わっているのは当然だった。俺は何を難しく考えていたのだろうか。
「色は……何色でもある、のか?」
「おそらくは。もしくは、何色にも見えるのかもしれません」
不思議な輝きを持った花なのかもしれない。色もそうだが形もまた不思議な感じだった。特徴的なのは花びらのかたまりの周りに糸のようなものが空に向かって伸びている。
だが、俺はなぜかそれを見たことがあるような気がして首を傾げた。思い出そうとしてもするりとその糸口が逃げてしまうような、もどかしさを感じる。
「この絵だと、約束の花が花畑になっているが?」
アレクサンドラと話をしている中で俺は約束の花が一輪しかないと思っていたのだが違ったのだろうか。いや、確かに「1本」と言っていたはずだ。
「約束の花としての効果があるのはこの中の1本で間違いありません」
「魔の森という危険地でその1本を探せと?」
無茶を言う。聞きかじっただけだが魔の森は何が起こるか分からない怖さがあるんだぞ。
「すぐに分かるそうですよ。明らかに一つだけ他と違う力を感じると。確かにどの花も不思議な色合いをしているそうですが、探す必要のないくらいはっきりと分かるようです。だから、心配ありません」
自信満々にそう言い切られてしまうと何も言えなくなる。まぁ、そうなんだろうなと思っておこう。
「ああ、そろそろディオンが話を付けた頃ですね。この下の方にある広場にいるようです」
「では、そちらへ向かおうか。約束の花については、どれだけ時間が掛かるかは分からないが心に留めておこう」
アレクサンドラとの話を終え、俺はまたちびっこに遊ばれたあの広間へ向かっていた。どうやらそこにディオンと“教国で最も身分の高い女性へつなぎを取れる者”がいるのだという。
何となく覚えているその入口を潜り、俺は夜に包まれたような広場に出た。
まだ明るいときには聖獣のちびっこどもと遊んだ広場だが、今は鋭い気迫に満ちた空気が支配していた。それを一番醸し出しているのはフル装備のヨシズとゼノンが対峙しているからだろう。
「どういう状況だ? これは」
出入り口のすぐ側で俺は突っ立って唖然としてしまう。アレクサンドラと話している間に何があった?
「あ、おかえりー、シル兄ちゃん」
「意外と時間が掛かったな、シルヴァー」
互いに戦闘態勢を取っていた二人は俺の方を向くと先程までの闘志をすっかり引っ込めていた。切り替えが早い。
「戦闘訓練か?」
「ああ、ちょっと暇だったからな。そっちの話は済んだのか」
「終わったぞ。ただ、教国でイェーオリ達を助けるためにあの国で身分の高い人とつなぎを取れる人物がいるということで来たんだが」
いないよな?
そう思って、俺はその場所を見回した。ちびっこどもはまだ寝ているのかもしれない。そのため、姿はない。この場にいるのは俺、ヨシズにゼノン、そしてディオンくらいだ。
ディオンは流石に違うよな? 一応、教国との関わりはあるようだが、アレクサンドラとの会話を聞いて出て行ったのだから彼ではあり得ない。
「教国で身分の高い人? 貴族とか?」
「多分そうだろう。確か……」
《あの国で最も身分の高い女性、でしょ?》
「うぉっ!?」
ビックリした。
突然耳元で囁かれたからだ。だが、何となくこの流れには既視感があった。
「ニコラか?」
俺は声が聞こえた右肩を向いてそう問いかけた。すると、俺の方を見ていたヨシズとゼノンが肩を震わせ始める。何が面白いんだ?
《ここよ、ここ。冒険者なのに勘が鈍いのね》
俺の目の前にカメレオンの細い尻尾が垂らされる。つまり、ニコラは頭の上にいるのだ。
「いつの間に……まったく気付けなかった……」
俺は思わず膝をついて項垂れてしまう。すると当然、ニコラは頭から投げ出されるわけだが、特に問題なく地面に着地していた。たぶん傾いていたとしても彼女なら掴まっていられそうだ。
《もっと鍛えないとやっていけないわよ?》
「ニコラさんの隠形、個人的にはできれば取得したいね。コツはないの?」
ゼノンがそう言うと地面のにコラを持ち上げた。白銀のカメレオンは少し考える様子で尻尾を一振りする。
《あら、そうね……修行あるのみ。そう簡単にはこの境地へは至れないわよ》
「ですよね~」
ゼノンはどこを目指しているのだろうか。仲間にも気付かせない隠形?
……いろいろと問題になりそうだ。俺も精進しなければ。せめてニコラの気配に気付けるくらいの力は付けたい。
《ところで、私はリディアに話を付ければいいのよね? とりあえず会っておく?》
「会えるのか? というか、リディアという人物はイェーオリ達の救出の力になり得るのか」
《ディオンから話を聞いたけれど、たぶん上から納得させていかないと難しいわね。皇宮に拘留されているというのなら特にね。リディアについては心配は要らないわ》
ニコラは唐突に人の姿を取るとにやりと笑った。
「だって、あの子は皇妃だもの」
「「皇妃だって!?」」
確かに“国で最も身分の高い女性”という条件に合致する。そんな相手と俺達のような冒険者を「とりあえず会っておく?」という軽い調子で引き合わせることができる……ニコラは一体何者だ?
「あら、それくらいは予想できていて欲しかったわね。国で最も身分の高い女性といえば皇妃とか皇女とか最低でも皇族に決まっているじゃない」
「確かにそうだが……一体どういうつながりなんだ? もちろん、言えないなら構わないが」
「別に問題ないと思うわ。あのね、私はあの子の冒険者時代に一緒に過ごしていたのね。ほら、Aランクのギルドカード。本物よ?」
「「Aランク……!」」
俺達はまだBランクだ。たぶん、あと少しでAランクになれるとは思うが、まだ分からない。Aランクは特に審査が厳しいからだ。まぁ、全ては教国に戻ってからになるが。
「流石に聖獣としてギルドに登録したわけじゃないから私自身の名前は大して広まっていないけどね? でも、仲間であれば別。リディアは私にとっての妹のような存在なのね。だから、今もいろいろと相談を受けたりしているわ」
つなぎを取れるという理由がこれで分かった。
「それに、あの子は穏やかな性格だけど、芯のある子だからね。それに正義感も強いの。あなたやディオンの言っていることが本当ならすぐに動いてくれるでしょうね。教会を通して働きかけても良いかもしれないわ。信託の証拠でもあれば動きも早いでしょうけど」
「証拠か……考えてみる」
ヘヴンに相談すれば良いだろうか。女神がまだ対話してくれるかどうかが問題だが。
「ええ。ちなみに教会の上層部への働きかけは私よりディオンの方が適任よ。ね?」
ニコラが若干暗さのある笑みで振り返る。その視線を受けたディオンはビクッと肩を跳ねさせたあと、苦笑した。
「そうですか?」
「ジンを引き継いで皇宮の騎士を指導しているのはあなたでしょうが。ついでに教会騎士もいたわね?」
ニコラがそう言うと、ディオンは降参だと言うかのように両手を挙げていた。
「必要ならばやっておきますよ。ですが、本当はジンさんが一番良いんですが」
「あの人は教官を辞めてから教国内をふらふらしているという噂よ。居場所なんて掴めやしないわね」
どうやらディオンもそれなりに良いツテを持っているらしい。何だ、聖獣というのはそれなりに発言力があるようだ。
それよりも、二人から聞き覚えのある名前が飛び出したことに俺は密かに驚いていた。そういえば、新虎道場でのジンも崖っぷち騎士の根性たたき直しに来ていた。もしかしたら……?
「あー、そのジンとやらはひょっとしてエヴァンスという姓を持っていたりはしないか?」
そう尋ねてみると、ディオンとニコラ、二人の視線が俺に刺さった。
「おや」「まぁ」
「「まさか知っているとは」」
世間は狭い。




