聖獣の森か、教国か
お待たせしました。
次は7月10日の投稿を予定してます。
女神の話を聞き終えた俺はヘヴンとともに聖堂を出る。だが気分は重いままだった。俺は確かに冒険者パーティウェアハウスのリーダーだ。いろいろな選択肢は俺に収束する傾向が高い。それくらいは覚悟の上で引き受けた。
だがな、いくら何でも俺のところに重要な選択肢が集まりすぎだろう。言っておくが、俺はそこまで俺自身の選択に自信を持っていないからな。
「さてどうするか……イェーオリ達が投獄されているということは、それを救出する場合には国を相手にすることになる。流石にそれはキツいから、よく考えて行動しないと」
「シルヴァーは一応デュクレスの王だし、国際問題になるかなっ?」
「なるか。国として認められるような場所じゃないだろう」
そもそも正確な位置を俺は知らないがな。おおよそ、教国の北の方になりそうだということは察している。とはいえ、迂闊に教えられる場所でもないしな。隣にある果て無き草原とやらを知られると……狙われるだろうな確実に。やっぱり肥沃な大地は竜の卵。不意に持たされたら持った人が一番割を食うに違いない。
「いや-、もはや国として充分なヒト・モノ・カネが揃っていると思うけどねっ」
「だとしても、国になったら面倒なことしかないだろう。政治・経済・産業・外交・文化・教育……は、良いか。アンデッドに子どもとかないだろうし。ともかく、いろいろあるんだろう?」
「まぁね~。というか、意外に知っているね、シルヴァー」
「馬鹿にしているのか」
ヘヴンの声の調子に、例えるなら「直線番長なピギーが回避を知っていたことに驚くかのような意外な気持ち」を感じて俺は半眼を向ける。それはつまり知っていて当然だとされているものを知らないだろうと侮られていたということで……控えめに言っても馬鹿にされていたな。
「いやいや。それだけ知っていれば基本は充分だって。それに、実務は他の人に振ってしまえば良いだけだし……ディオールとか宰相にどうかなっ」
「進んでやってはもらえなさそうだな。となると暗殺のリスクを隣人とする皇帝生活か……絶対に嫌だな」
「あはは。流石にそれは被害妄想だって」
そうか? 確かにディオールは生前に国の中枢部分の仕事をしていたという話を聞いている。国の中枢のほとんどが腐り落ちていた王国を政務の一つだけで(正確には脅迫暗殺諸々やっていたようだが)もたせていた手腕は確かだろう。とはいえ、死んでからもやりたいと思うだろうか?
仮に彼にやって貰うとするとやはり無理矢理任命することになりかねない。そうなった場合、トップの俺は彼の不満を一手に引き受けざるを得ないわけで……罠に掛けられたり暗殺されかけたりサンドバッグにされたりしそうだ。
「いや……容易に想像出来るんだが」
日課のようにえげつない罠を日常の中に紛れ込ませ、懸命になってそれを乗り越えようとする俺を笑って見ているディオールの図が。
やっぱり、王とか、ないな。
当然と言えば当然の結論に落ち着いた俺は、女神からの依頼を受けてしまった(過去形)ことをどのように他の面々へと話そうか頭を悩ませることにする。
ちなみに、ラヴィ意外のメンバーはまだ世界のあちこちへ飛んでヘヴンの依頼をこなしているはずだ。考えてみると引き受けた俺が一番依頼から遠ざかっていたな……。それを考えると、勝手に依頼を受けた俺はそれぞれに1,2発くらい攻撃されても文句を言えないのではないだろうか。
「あ、そういえばヘヴン」
「何かなっ?」
「『王』とやらについて聞いた覚えがないんだが、結局の所、死者の王だとかいう呼称は何なんだ?」
「あー、あれは……そうだね、こちらの世界における役割という感じかなっ。神の補佐的に自分の司る者達の調整をするんだよっ。ラプラタは言わば獣霊の王に、私は死者の王、シルヴァーが順当に行けば獣の王を引き継ぐのかな」
「は?」
獣の王?
なぜ俺がそれになれるのかさっぱり分からないが……。
「君はアデルの姿を見られたからねっ。あの時に許可が出されたのさ。王になる許可。まぁ、これは許可という名の強制だけど。それと、アデルに代わって世界の一部を管理する許可。最後に――あ、これはまだ言えないみたいだね……あと一つ許可があるよっ」
「なるほど分からん」
聞かない方がむしろ精神衛生上楽だったかもしれない。獣の王か……忘れた方が良さそうだ。未来の俺に丸投げするとしよう。
それから、俺はしばらくの間執務室とか言われている部屋に籠もっていた。一応、ヘヴンからの依頼を受けた手前、それなりに仕事をしておかなくてはならないからだ。ここで言う仕事とは、全体の進捗のまとめとかになる。報告はほとんどがヘヴンに行ってあいつがまとめていたりするが、こちらにも誰がどこへ行っていたのかなどは分かるからな。
「こうしてみていると割と傾向がはっきりしているな」
南方と大障壁付近。そこで発見できる魔石は魔力を充分に含んだ真っ赤なものが多い。一方でそこから離れるにつれて青みがかかったものへと変わる。青いものはそれなりに石の魔力が減っている状態にあるそうだ。つまり、石の魔力が使われたということで、どこかから移動してきたのではないかと考えられるわけだ。
「大障壁付近といえば、次の五公国もまさにその辺りだったな」
一応、今のうちにスタンピードの芽は摘んでいるわけだが、完全に無くすことはエヴィータ神に会うまでは無理そうだからな……。次の国に着くまでに下手なスタンピードが控えているかもしれないと思うとうんざりしてくるな。
「陛下、皆様方が食堂へ集合されたようです」
「そうか。じゃあ、俺も行くか……って、これはこれでいろいろと言われそうだ」
いや、主役は遅れて来るものだ。
そう、巷の物語では鉄板らしい展開がそうだと聞いた。その方がきっと説得力的な何かが増すに違いない。
物語? 一介の冒険者がその詳細まで知っていると思うか? 又聞きの又聞きだよ。
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食堂にはブレインが言ったとおり、外に出ていたメンバーが集まっていた。それぞれ好きな物を食べている。俺もコックラプラタに肉料理を頼むと、席についた。
「あー、皆、お疲れ」
わふぅ《充実した戦闘であったぞ》
アルは満足気だが、他のメンバー……ヨシズやゼノンはげっそりしている。ロウは無表情になっていた。どれだけの苦労があったのか分かるというものだ。
「どこも結構大変だったようだな。まぁ、ヘヴンからの依頼の方はそろそろ終わる目処が立っている。今日はそのあとにどうするかについて決めようと思う」
「一旦教国に戻るんじゃないの?」
「まぁ、そうなんだが……俺達はディオンによって聖獣の森へ行く許かが下りているので、そちらに行っても良い」
本来はランクを上げて許可を得るのだが、例外として聖獣による許可出しがある。流石にあり得ないと思って今まではその可能性を省いていたが、ディオンが聖獣だったからな……。
「それに、ひょっとしたら急いで教国を出る必要があるかもしれない」
イェーオリ達のことがあるからな。
きっと、彼等をまず皇宮から出すことから苦労するだろうな。向こうが素直に応じてくれれば良いが、難しいと思う。
と、そんなことをヨシズ達に話してみれば、また厄介事を……と唸られた。俺に言われてもな……俺だって好き好んで厄介事を拾ってきているわけじゃない。多少の冒険ができる状況は嬉しいが、現状は冒険しすぎだろうな。国の上の方や政治関係は関わってこなくて良い。
「シル兄ちゃんはどうしたいのさ?」
「俺としてはイェーオリ達は助けるべきだと思う。向こう側に生きていたということもあるし、なかなか面白い話が聞けそうだからな。まぁ、国を敵に回すに値するかと聞かれると何とも言えないが」
その俺の言葉を皮切りにそれぞれの意見が飛び交い出す。
「そうですね。僕としては同じ冒険者でもありますし、理不尽を強要されているのであればイェーオリさん達を助けたいと思います」
「オレとしちゃぁ、自業自得だと思うけどな。冒険者たるもの、貴重な情報は機を見て話すものだぜ?」
ロウは賛成、ヨシズは反対か。
「それもそうだよね。でも、一度くらいはおおそれた行動もしてみたいな。……本気のマリ達と対戦できるかもしれないっていうのもいいよね」
「ちょっと戦闘狂が入っているぞ、ゼノン……」
「あちゃ-、シル兄ちゃんの狂戦士が移ったかな?」
「おい、どういう意味だそれは。……ところで、ラヴィとアルは?」
わふぅモグ《我が役に立つかは別として、助けるのは賛成だ。守るのは任せるがいい》
「私はどっちとも言えないわね。国を相手にするのは流石にデメリットとして大きすぎるもの。ギルドに干渉されたら困ったことになるわよ?」
「いや、ギルドは大丈夫だろ。一度でも国の無理な干渉を許してしまえばそれが前例になってしまうから、そこについては厳しいはずだぜ」
賛成多数、だな。イェーオリを助ける方向で行こう。
「はい、お待たせー」
「お、来たか」
ふわふわと飛んできた皿の上にはじゅわりと肉汁が滴る大きなステーキ。なんの肉だったかは忘れたが食べられるものなのだから良いだろう。ああ、涎が垂れそうだ。
とりあえずは目の前の料理に集中するとしよう。イェーオリ達の救出方法? もう臨機応変で良いだろ。




