幸先は悪く……
デュクレス城のエントランスホール
ラプラタに連れられてやって来たそこには武装した集団がいた。不揃いな武器、不揃いな防具、凸凹なメンバーだ。
よく見てみれば霧の村で出会ったマティユ達三人、懐かしいジェルメーヌ達もいる。
「お久しぶりね、シルヴァー。ラヴィも変わりないかしら?」
「メヌ! 私の方は大丈夫よ。あれからだいぶ魔法の方も工夫できるようになったわ」
大階段の上に現れた俺達にいち早く気が付いたのはジェルメーヌだった。大きく手を振ってそう聞かれて、ラヴィは階段を駆け下りると顔を明るくさせてそう返事を返している。
俺達も彼女に倣うようにして階段を降りて行く。そこへシュッとバトルアックスが目の前に降ろされた
「よう、シルヴァー。今回のことが終わったらまた戦おうぜ」
敵意も殺意も感じなかったので俺は平然として(まぁ、表面だけだが。本当のことを言えば心臓が飛び出るかと思うくらい驚いた)とりあえず足を止め、持ち主を見る。
「何だ、バルディック……言っておくが次も俺は負ける気は無いからな」
「上等だ」
最初の【英雄達との腕試し】で勝ったのは俺だ。あの時から少し経っているが、実力は高めてきている。負けるつもりはない。
そんな思いで言うと、バルディックは挑発的な笑みを向けてくる。向こうも本気で来るということだろう。ああ、実に楽しみだ。その前にヘヴンの依頼を片さなくてはならないのだがな……。
「バルディックってば本当に脳筋なんだから」
「ハッハッハッ。俺は脳筋じゃねェよ。――アタマが空っぽだからなぁ」
どうやらアンデッドジョークだったらしい。俺とラヴィは一応笑っておいた。
そんな俺達から少し離れたところではロウとアル、ゼノンにヴェトロ、ディオールが話していた。
「……卵の殻は取れたようだ?」
「何で最後に疑問符をつけるのさ、ヴェトロ。うん? 前に比べれば一人前に近付いているって? なるほど、ロウくんも頑張ったんだね」
「頑張りは、しましたが……一人前というのはどうも分かりません」
嬉しそうな色は覗いているが、全体的には困惑が強い表情を浮かべてロウは小首を傾げていた。
「まぁ、そうだろうねぇ。とりあえず僕たちが一人前としているのは一人でも十分な状況判断と行動が出来るというところかな」
「それだったらロウは十分出来ていると思うよ。デュクレスに来てからもしっかり情報収集に動いていたし」
ディオールの言葉を聞いてゼノンはそう言う。
「へぇ、だったら一人前としても良いんじゃないの? ヴェトロ」
「……」
「ん? ああ、なるほど、まだ勝っていないから。ヴェトロも案外頑固だよね~」
「どういうことですか?」
「うん、ヴェトロは自分と戦って勝ったら一人前だと認めてやろうってさ。ほら、僕たちはまだ君たちが戦っているところを見ていないからね」
「あら、だったらロウくんにはヴェトロが付けば良いじゃない。実力を見られるし、だめなら指導も出来るわね」
「こらこら~、勝手に話を進めちゃだめだって」
ロウの随行員が決まった……と思ったら横から半透明な手刀が下ろされる。
「ラプラタ。……別に、私達が誰に付いたって何も問題ないでしょうに」
「そうでもなかったりするんだよ」
ラプラタは緩く首を振って否定した。その斜め後ろに控えていたマティユが静かな、しかしどこか浮ついた熱を秘めたような瞳でジェルメーヌを射貫く。
「ジェルメーヌ。今回のことは我等が王から任された仕事ですよ。いつものような自由は許されていないのです」
「まぁ、マティユの言うとおりなんだけどねぇ……。まぁ、ほら、ヘヴンが組んだシフト表。これの通りに動くようにして。君達は魔獣を散らした先のお仕事があるんだからさ」
ジェルメーヌはその言葉にハイハイとうんざりした様子を隠さずに返事をしていた。ここに集まっているアンデッドの連中はジェルメーヌのようにどこか反発心を見せている者とマティユのように何か違和感を覚える瞳をしている者、どちらとも言えない者の三種類に分けられそうだ。
何を言いたいのかというと、ちょっとギスギスしていて空気が悪い。かつての英雄も人間だったんだなと思わされる一幕だ。
「まぁ、両方とも落ち着け。冒険者として言わせてもらえば、依頼主の要望は基本的には聞くのが普通だ。俺達は基本的にはヘヴンに従う。それで、シフト表とやらには俺達も入っているのか?」
「もちろん!」
すぐにそう返されて俺は口の端を引き攣らせた。シフト表はこの人数を調整するだけあってかなり細かい物となっている。流石のヘヴンも一晩で作ることは難しいだろうと思うほどだ。つまり、相当前から予定されていたことであって俺達に拒否権を認めていなかったということだろう。どうやら各チームごと一人は転移魔法を使える者が含まれているらしい。
俺のおののきを余所にシフト表を片手にしてラプラタがアンデッド達をまとめていく。そこへ俺達も混ざる。
「よし、今日の所はこのメンバーで行くことになるよ。明日以降は各自でシフト表を確認するように」
シフト表はエントランスホールにある絵画の一つと交換して提示するという。ブレインはこれに許可を出したのか……。
「お待たせ~っ! おお、ちゃんと別れてるみたいだね。すぐに転移の準備をするよ。シルヴァーは?」
「ここだ」
転移は俺とヘヴンが行った。ヘヴンはだいぶ遅れてきたが、幽霊なのに寝癖がついていたから、寝ていたのかもしれない。それで、俺はゼノン、ロウのグループを送り、ヘヴンはヨシズ、アルのグループを送った。ラヴィはデュクレスなので歩いて向かうそうだ。
ああ、俺は自分の分もあったな……。
「念のため確認しておくが、俺が向かうのはクナッスス王国北部の森、確か……タリオの森とか言っていたか」
名前の由来は森に初めて立ち入ったのがタリオさんだからというものだった。タリオさん以外も森に立ち入った人くらい居そうだがな。
俺は転移の術を起動させながらクナッススのドルメンよりも辺鄙な場所にあった小さい村の語り部のご老人が話してくれたものだ。流石にホラであるとは思いたくないな。
「あれ、タリオって……お前だよな?」
焦げ茶の髪に青い目、大剣を背負った男がちらと振り返って後ろにいるもう一人、緑の髪に茶色の目で大きめの杖を持った男にそう言った。
「――ああ、私だ」
「はっ? ……あ、しまったっ!?」
俺と一緒に行ってくれるという英雄(そういえば名前を聞いていなかった)が話している内容に驚いて転移魔法をしくじってしまった。
どこへ――どこへ行くか俺でも分からないのだが!?
「シルヴァーっ!!」
焦ったようなヘヴンの声を聞いた気がしたが、それを認識する前に視界が暗転した。これは、普通に成功した場合の転移魔法とは全く違う。
俺の命ももはやこれまでか――?
転移魔法の失敗とか、悪い予感しかない。お供のアンデッド達はアンデッドだから問題ないはずだが……飛ばされる先によっては危機となるだろうな。申し訳ないことだが。
いけないと分かっているのに意識は深みに沈んでいく。体も手足の先から力が抜けてもう動かせなかった。
*******
「……い、おい、大丈夫か」
肩を軽く叩かれて意識を取り戻した俺は周囲がぼんやりとした緑色しか見えないことに気付いて瞬きをする。
目の前に見知らぬ誰かがいたことに気がついて跳ね起き、臨戦態勢を取った。
「敵じゃない」
よく見れば俺のお供の二人だった。デュクレス城では生前の姿を取っていたから分かったことだ。これがアンデッドのままだったら……敵じゃないとか言われても攻撃していたかもな。
「ふぅ、転移失敗したか? ここは……」
「森、だな」
「見れは分かるが……どこの森だ?」
「さぁな、それは分からん。俺達もお前の術で飛ばされたんだから」
それもそうかと納得して俺の視界が傾く。
「……おい、大丈夫か」
「いや……魔力を消費しすぎたらしい」
くらくらする頭を押さえて俺は地面に腰を降ろした。支えてくれたのは転移前にタリオだと言っていた奴だ。俺は微妙な視線を向けてしまう。
「……? とりあえず、魔力の枯渇ならこれを飲めばいいだろう。デュクレスの魔力水だ」
「デュクレスの魔力水って……」
俺は顔をしかめる。中心部の噴水から町全体を巡るあの水のことを言っているなら、妙な効果付のあれだろう。
「大丈夫だ。調整済みだから変な付随効果はない」
「本当なんだろうな……?」
一応信じてぐいっと一本。その途端、満たされる魔力に驚いた。前よりもずっと魔力回復量が多いんじゃないか?
「すごいな、これは。もう回復したぞ」
「それは良かった。王も喜ぶことだろう。デュクレスはなかなか普通の人がいないからな」
「おい、ちょっと待て」
結局、人体実験だったのかよ!
「問題はなかっただろう?」
「まぁ、それはそうなんだが……ところで、魔力が回復したからまた転移で予定の場所へ行くことが出来そうだが」
「……いや、少しここを散策してみたい。アラン、どうだった」
「王が付けた目印らしい気配がする気がするが、はっきりしない」
「ということは、少し座標がずれただけという可能性もあるということか?」
「ああ。かつて、私が見つけたとき、タリオの森には細く長い木が生えていた。ちょうどそこにあるような……」
竹。
ああ、そういえば覚えがある。縄張りにしていた範囲にこんな場所があった。この木はしばらく見ていないから忘れていたな。




