不死の王からの依頼
次は11月14日の投稿を予定してます。
ヘヴンの部屋に入る前にまずラプラタが扉の向こうへ体を半分突っ込み、様子を見る。幽霊なので扉は閉まったままだ。足だけが扉から生えている。何となく笑えるが、よく考えてみればラプラタがそれだけ気を付けておかないと何かが起こる可能性があるわけだ。それが何なのかははっきりと言えないが、もし仮に命に関わるものだとしたら……笑えない。
「まぁ、たぶん大丈夫だろう。一回全部の罠を強制起動させて解除したばかりだから」
「強制起動って……」
「どこに設置されているか分からないからね。一人生け贄になってもらった」
「ちなみに、誰が?」
「バルディックと言っていたかな。少し前にジェルメーヌが報告に来て、あまりにも反応がないからキレたらしい。それで、こうなれば強引にでも突破するしかないと言って蹴り出していた」
ラプラタは親指でヘヴンの部屋を指した。危険地帯か何かだとしか思えない扱いだな。知っている名前が二つばかり出てきて微妙な気分になる。バルディックはともかく、ジェルメーヌについては……意外と過激な性格だったのかとびっくりだ。
「いくらヘヴンといえども早々に罠を設置し直すことはできないということか」
「まぁ、たぶんという言葉がつくけど」
絶対の安全の保証は無いわけだが、いつまでも駄弁っているわけにもいかない。怖じ気付いていると思われるのも困る。だから、俺はラプラタとの会話を切り上げて目の前の扉に手を掛けた。少し力を入れてみたが、びくともしない。意外と重さがあるのだろうか。
「あ、ここの扉は見た目に合わず引き戸だから」
俺は無言で力を入れる方向を変える。妙な細工がされているというわけではなく……というか扉の付け方がおかしいんだ。
早く言えという苛立ちもあって力が強くかかった扉はスパンと大きな音を立てて開いた。
「どれだけ騒いでも集中しているヘヴンは気付かないから。だから面倒だというのもあるけど」
「そうか」
幽霊だから命の危険なんかもなさそうだし、大きな音に驚くようなタマじゃないのだろう。それくらいは分かっている。……つい力が入ってしまっただけであって、音を立てたら訝しんで出て来てくれるかという考えは全くなかったことは秘密にしておこう。
「それより、意外と広そうだな?」
「そりゃあ、城の貴賓室を改造しているからね」
貴賓室か。良い部屋を勝手に使いやがって……とは思うが、よくよく考えてみれば今のデュクレスに高貴な身分の人を招待する可能性は低いから好きに使われても何も問題は無かったりする。
「さて、行くか」
ラプラタを先頭に俺、アルの順でヘヴンの部屋を進む。入口は何やら良く分からないガラクタが山になっていて奥へ続く道を一本作り出しているような有様だ。天井の方まで積み上がっている。よく見るとその天井には細かい魔術陣が刻まれていることが分かった。本気の結界のようだ。
「あ、そこらにある物を迂闊に触らないようにね。私は幽霊だから問題ないけど、君達は違うだろう?」
生身だから何が起こるか分からないということだろう。おそらく今までヘヴンの部屋を訪れた者はほとんどが人の身を持たない存在だったから、ラプラタも注意してくれたに違いない。このデュクレスにいるかつての英雄達はその多くが骨や腐肉の姿となっていた。もちろん、それが嫌で生前の姿をしている人もいたらしいが……見た目だけなのだそうだ。つまり、物理的な衝撃には滅法強いというか、普通の攻撃では死なない。
「そんな危険物があるんだったら空気自体も変だったりしてな」
「あー……ないとは言えないところがね……」
途端に不安になった俺はガチガチに防御をかけることにした。アルも無言で魔法をかけ直している。ラプラタの様子を見ていると、ヘヴンのいる場所に行くまでに用心するに越したことはないようだ。どれだけ魔境なのか。
「私が健在だったころよりもずっと魔境化が進んでいるみたいだね。研究者という奴は放っておいたらロクなことをしない。ほら、見るといい。あの煙を噴いている金属質な箱は確かカツラだけを消失させるというとてもアホらしい研究に使っていたものだろう。プロトタイプは何でも消失させる危険な代物になってしまったと話していたか……」
何でも消失させる……酸か何かを放出する魔道具だったのだろうか。近付かない方が良さそうだ。もちろん、俺の髪を心配しているわけではないからな。流石にカツラを使うような年じゃない。
「それに、あいつが作ったもの以外もあるらしい。非常に危険なモノで世の中に置いておけないような物も……。持ち込んだのは私とか何らかの要因であいつと関わったことのある者達だろうけど」
そういえば、俺自身も厄介物を持ち込む予定だった。ヘヴンの魔境化は大丈夫だろうか。
「お? あれ、ヘヴンだよな?」
ガラクタの山から視線をずらしたら部屋の片隅に見覚えのある幽霊を見つけた。書物の囲いから頭が見えている。
「あ、本当だ。おーいヘヴン。待ち人来たる、だ」
「ん? おおっ~! 意外と早かったね、シルヴァー」
ふわりと浮き上がって書物の囲いから抜け出したヘヴンは俺とアルの目の前に降り立った。
「マティユ達はちゃんとメッセージを伝えられたんだね。良かった良かった」
子どもの初めてのおつかいを喜ぶかのように笑うヘヴンに微妙な気持ちを抱く。とはいえ、それは大したことではないのでそれよりも納得がいかないことについて口に出すことにした。
「だが、一つの村を勝手にアンデッドフェスティバルの舞台に仕立て上げて村人を追い出すのはどうかと思うぞ」
「ふふ……緊急事態だったからね。仕方が無いよねっ」
緊急時だから許されるという枠を超えている気がするのだが。
と返答してもどうせ似たようなやりとりになるだけだと分かるので引っ込めることにする。
「ハァ、それより、スタンピードについてだ。詳しい話を聞かせてもらえるか。それと、王とやらについてもな」
「もちろんさっ! まぁ、『王』についてはちょっとどこまで話せるか分からないんだけどねっ。さぁ、適当なところに座って」
「適当なところ……」
俺とアルは途方に暮れたような気持ちで今いる周囲を見やった。座れるところなどないのだ。良く分からない魔道具の上か? 尻が溶けるようなことがあったら最悪だ。そうじゃなくても何が起こるか分からないものには触れない方が良いだろう。
「本の上になら座っても大丈夫か?」
特に書名が書いていない本が近くに積み上げられており、その上ならばまぁ大丈夫なのではないかと思った。
だが、それも甘かったようだ。
『オイ、お前! オレサマの上にケツ乗せんじゃねぇ! かみちぎるぞ』
突然、声がして俺は反射的に立ち上がった。俺の感覚が間違っていなければ、声は椅子代わりにした本から聞こえていた。
「なんつー口の悪い……」
やはり、何か変なものだったかと諦めの気持ちを感じつつ、見下ろしてそれの正体を尋ねるようにヘヴンへと顔を向けた。
「ああ、たぶん、喋る本だね。私が昔に作ったものだ。だけど魔導書とかそういったものじゃないから。無視しちゃって大丈夫」
「噛み千切るとか言っていたが?」
「紙千切る、だよ。大事な本をびりびりに破くぞという脅し。部屋が散らかるだけだから問題ないけどねっ」
「何のために作ったんだ」
「え? 人嫌いの王女様のためかなっ。家庭教師を付けられなくて困っているという依頼があってねー……それなら教科書自体に講義させれば良いと思って作ったんだった。ちなみに、コレは聖書」
『オイ、てめぇらこのオレサマに変な目向けんじゃねぇ。這い蹲って崇め讃えな! ……女神様達をな! 知らねぇってんなら教えてやっても良いぜぇ?』
グルル《面妖な》
「口の悪さが際立つな……。はぁ、もういい。立って話を聞くから」
というか、『女神様達』って何だろうな。もしかして聖書としても不良品か。
「じゃあ、まずはスタンピードについてだね」
ヘヴンはがらりと調子を変えて真剣な顔になった。そして、確認するようにスタンピードのことを話していく。
「知っての通り、スタンピードは基本的に南の方からじわじわと勢力を強くしているんだ。人里近くは冒険者とかが討伐しているからまだかろうじて飲み込まれてはいないね。でも、それも時間の問題なんだよね」
「冒険者だっていつまでも戦ってはいられないからな」
「それもそうなんだけど、私が危惧しているのは森の奥深くとか、冒険者も滅多に向かわないところで進んだスタンピードの方だよ。あれは次第に規模が大きくなって……そのうち溢れる。溢れたものは人里の方へなだれ込むだろう。冒険者が討伐した分の余裕があるからね」
「それは……しかるべき所に言っておいた方がいいのではないか?」
それこそ、研究所のような場所に言っておけば後は勝手に調べて危険性を割り出してくれるだろう。
「確かにそうした方が良いかもしれないね。だけど、根拠の所はどうするんだい? 言っておくけど私のことは絶対に知られるわけにはいかないんだ」
「あー……問い詰められたらぽろっと話してしまいそうだな」
「だろうね。だから、私は一つ方法を考えた。それがシルヴァー達への依頼にもつながっていくんだ」
「で、それは何なんだ?」
「それは――森の奥にいる時点で数を減らすというものだよ! ついでに魔力の濃い場所を特定して対処するんだ。シルヴァー達に頼みたいのは最初の魔獣を減らすという部分だね」
「なるほど……」
それは、とても危険な仕事ではないか?
俺達の実力を高く見積もられてると言えば良いのか。出来ないとは言いたくないが、森の奥深くという時点で相当危険だというのにスタンピードの発生地点だぞ? 正直に言うと、即決で引き受けると言うのには躊躇われる。
俺は腕を組んで呻った。
「霧の真実」までを教国編として区切り、人物紹介を追加しました。
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