霧に飲まれた村
次は10月17日の投稿を予定してます。
「霧に飲まれた村ね。私も話は聞いたわ」
夜になって戻って来たメンバーに霧の村について話したら知っていると返ってきた。ラヴィは真剣な表情を浮かべて、霧がたちこめたのは一週間くらい前らしいという情報を付け加える。確か、ラヴィはゼノン・ヨシズと一緒に討伐依頼を受けてきたのだったか。冒険者の間の噂で聞いたらしい。
「僕の方も聞きました。おかげで屋台での売り上げは上がった気がすると」
「屋台?」
ロウはアルを連れて雑務依頼を受けてきたそうだ。その途中で雑談がてら教えてもらったのだろう。しかし、難民が増えて屋台の売り上げが上がるというのは少しばかりおかしな感じもする。
だが、俺が聞き間違えたのではないらしい。俺のオウム返しにロウは律儀に頷いて肯定した。
「はい。国は開拓村の方々に対して多少の補助を行うそうですが、最低限の衣食住の保証程度で、不十分なところは各自の持ち出せたお金等で何とかしろと言われたとか。懐に余裕のある開拓村の方々は持ち出せたお金で屋台の食事を買っているようですね」
「ああ、それで屋台の売り上げか」
何となく納得がいって俺はうんうんと頭を振る。おそらく開拓村の人のほとんどが身の着のまま放り出されたはずだ。そこまで余裕はないだろうが、最低限の衣食住プラス何かを買うだけの蓄えはギルドに預けるなどしていたのだろうな。
「あー、それで、俺が言いたいのは無駄足になるかもしれないけれど霧の村に行ってみないかということなのだが……ダメだろうか?」
「俺としては別に良いと思うけどさ~、シル兄ちゃんが冒険心出すなんて珍しいね?」
ベッドに座って足をぶらぶらと揺らしながらゼノンがそう言ってきた。確かに俺が冒険心を出すのは珍しいかもしれない。だが、よく考えてみれば最近は冒険らしい冒険が出来ていないのだ。ここは一つ心の潤いのために遠出しても良いのではないか。
というか、そう思ったらますます行きたくなってきたぞ。
「ふふっ。シルヴァーさん、何としても行きたいという顔になっているわよ」
「え!?」
ラヴィに笑われて俺は思わず自分の両頬に手をあてた。
「くくっ……一応シルヴァーはこのパーティのリーダーなんだから決定事項にしてしまっても良かったんだが」
「流石にそれはな……。各自が許可証を得るために頑張っているのに勝手はできないと思ったのだが?」
実際、依頼の中には三日から一週間程度拘束されるものもある。今このときにヨシズ達がそういったものを受けていないとは限らなかった。決定事項としなかったのは俺の思いやりだ。
グルル《そう拗ねるな、シルヴァー》
「拗ねてない」
「まぁ、行くにせよ行かないにせよ、霧が立ち込めたとかいう村のことで知っている情報を出してもらえるか」
笑い顔を引っ込めてヨシズがそう尋ねる。とはいえ、俺も分かっていることはそうないのだが……。
「とりあえず、俺から言おうか。まず、村の場所はこの都から北方面に二日ほど馬車で行った辺りらしい」
「意外と近いな」
ヨシズが驚く。それも無理はないだろう。俺達がいる都は一応教国の首都である。首都という場所はやはり国の中心に近い位置に置かれることが多い。だが、ここから馬車で二日ほど行った場所が開拓村ということは、都はだいぶ北寄りにあるということだ。ただ、よく考えてみればその理由に思い当たるだろう。
「ああ。俺もそこは疑問に思って聞いてみたんだ。この国の北には聖獣の森があるだろう。だから今までは開拓は畏れ多いとか言って行ってこなかったらしい。だが、厳密には聖獣の森は北東だから、方角をずらして進めても良いのではないかという話が出て件の霧の村が出来たそうだ」
「へぇ。開拓を始めたのはいつからなんだ?」
「ああ……確か、三年くらい前だったとか言っていたような」
「三年前か。何とも言えない期間だな」
「どうやらそれなりに強い魔獣・魔物が現れるらしい。それもあってあの村には元冒険者といった人物が多いらしいな」
俺がそう言ったところ、妙な視線が集まっていることに気付いた。言いたいことは声に出して言えと視線で告げる。
「あのな、シルヴァー。魔獣・魔物に手応えを求めすぎるとそのうち本当に行き詰まるぜ」
「いや、俺だってそこまで相手に手応えを求めているわけでは……霧の村についてはそういったことよりも不思議を感じられる部分が気になるわけだからな」
ヨシズは反対なのだろうか? 一人だけどうも反応が悪いような気がする。
「いや、何も行くのが反対というわけじゃないぜ。ああ、確かに霧の謎を解ければすっきりしそうだからな。行っても良いんじゃねぇか」
皆の許可も得たため俺達は霧の村へ向かうことになった。一応、念のためギルドへ行って霧の村についての情報を聞いてみる。元とはいえ冒険者が関わっているので何かしらあるのではないかと思ったからだ。
「ああ、霧の村ですね。調査依頼が出ているので受けられますか?」
ギルドが得ている情報は俺達が集めたものとそう大差は無かった。だが、依頼が出ているというものについては知らなかったので収穫だと言える。
「調査依頼があるのか?」
「はい。昨日ギルドに出された物になりまして、まだ掲示板に張ってはいないのですが問題は特になかったので大丈夫ですよ」
どうやら国から依頼が出ていたらしい。依頼について詳しく聞いてみたら依頼人として統括研究所の名前が挙がっていた。どうやら調査依頼を受けてから向かう場合、一人同行させて欲しいらしい。研究者だろうか。
「戦闘の可能性があるから、同行者に戦う能力が無い場合は流石に難しいが」
守り切れるという自信は無い。
「それだったら大丈夫だと思います。皇宮から推薦された方で、戦闘力は折り紙付きですから」
「そんな人物がいるのか……?」
というか、そんな人物を霧の村調査依頼を受けた一冒険者パーティにつけていいのだろうか。
「そのようですね。フィールドワークを行う際は戦闘も出来る必要が出てくるので……そういった理由で戦えるのかもしれません。ただ、同行については向こうの方も可能であれば、という努力義務として条件に挙げているので難しいと考えられるのであれば断ることも可能ですよ」
「いや、俺達は自前の馬車で行くつもりだが、スペース的には問題ないから一人くらい増えても大丈夫だろう」
「懸念事項としては勝手に動き回られて怪我したりしたときだよね」
「まぁ、言い方は悪いが勝手をして怪我したことを俺達の責任にされるようなことがあると困るな」
「ああ、そこのところも問題ありません。護衛依頼ではないので全て自己責任で動かれるそうです。そもそも、皆様にお願いしたいのは霧の村までの同行で、そこから先は別行動となるはずですから、帰りの世話も必要ありません」
滞在時間が違うのかもしれない。この依頼は特に問題となりそうなものではないと俺は判断した。
「受けても良いか?」
「まぁ、良いんじゃない?」
少なくとも、金銭的な報酬が加わったのだから。ただの観光気分ではいられなくなってしまったが、そこまで問題でも無いだろう。
そして、依頼を受けたので同行する人がやって来るまで出発時間が延ばされた。その時間も無駄にはならないように持ち物等の確認をした。もっとも、アイテムボックスの中に適当に突っ込んであるものを思い出すという、傍目から見ればただぼうっとしているようにしか見えない行動だったが。
「お待たせしました、ウェアハウスの方々ですよね?」
「ああ。俺はシルヴァーだ。ウェアハウスは俺とゼノン、ヨシズ、ラヴィーアローズ、ロウ、アルになる。そちらは……霧の村まで同行するという統括研究所の人で間違いないか?」
「はい。私、統括研究所探索部研究員補助という肩書きをもらっているディオンです。行きだけになるかと思われますが、よろしくお願いしますね」
「ああ。村までは二日くらいかかるらしいが、食料等の準備は終えているか?」
「はい、もちろんです」
「それなら、馬車に乗ってくれ。早速出発しようと思う」
ディオンと名乗った人物は割と背が高い男だ。何よりも目を引くのがその色彩だろう。彼は俺が親近感を持つ白銀の髪をしていたのだ。この国でその色を持つ……それはどうも何らかの意味を感じずにはいられなかった。
「……まさか二人もいるとは思いませんでした。思わぬ収穫になりそうですね」
真意の見通せぬ微笑みのままディオンが呟いた謎の言葉。聞こえてしまった俺はその意味をはっきり理解してはいないが、何らかの騒動になりそうな予感があった。




