いつもの日々に
次は10月3日の投稿を予定してます。
反省会の時間だ。
皇宮から宿へと戻り、ヨシズやゼノンと合流した俺達は誰ともなく溜め息を吐くと部屋の一つへ集まった。
「あー……とりあえず、割と勝手に話を進めて悪かったな。しかも、魔の森へ行く予定もだいぶ延びてしまったし」
俺はまず全員に頭を下げる。あそこで即決で石を売ることが出来なかったので聖獣の加護というものを得るのにだいぶ時間を掛けなくてはならなくなってしまった。
「まぁ、納得はできる理由だから良いけどね」
ゼノンは俺の考えを理解してくれたので怒るつもりはないようだ。ロウも同じようで、隣で頷いている。
「それに、よく考えてみればヘヴンさんの方が経験の蓄積は大きいと思うわ」
「そうなのか?」
「そういえば、ヨシズはあまりヘヴンのことを知らなかったか。あいつは本当に昔から生きている……ん? 幽霊って生きているの定義に入るのか……? ま、まぁ、ともかく遙か過去からの記憶を持っているらしい」
彼は数千年規模でこの世に存在しているはずだ。今まで何度か話して、その言葉の端々から推測したことだが……。そう外れてはいないと思う。
「なるほど。昔からいるというなら、あの石についても似たような例を知っているかもしれないということか。……かなり信じがたいことだがなぁ」
幽霊という点も信じる気持ちが育たない理由になっていると思う。
「だが、本当のことだ。俺は仲間に嘘を告げる気もそんな趣味もないからな」
「そこは分かっているぜ。シルヴァーは割と素直な質だってことくらいは今まで旅してきて分かってきている」
「そうだろうか……?」
素直、というのは流石にないような気がする。だが、案外、周りから見ると違うのかもしれない。
「ま、何にせよ、もう決まったことだからこれ以上文句を言うつもりはないぜ。けど、どうやってそのヘヴンのところへ石を持っていくつもりだ?」
「ヨシズは見たことがあるだろう。転移門がデュクレス帝国のところへつなげられるんだ。それを利用すればヘヴンも捕まるだろう」
「ああ、あれか……」
ヨシズは初めて転移門を見たときのことを思い出したのか、少し複雑な顔を浮かべていた。
王侯貴族どころか仲間以外には絶対に明かせない魔法だな。もちろん、本当に危急の状況では出し惜しみをするつもりはないが。
「今は懐中時計がないから転移ではなく転移門での移動になる。門の方は特に制限がないはずだから全員向かえそうだな」
「そうなのか。だが、そんな大規模な魔法を使って大丈夫なのか?」
「ああ。もともと俺は魔力が多い方だし、前々回行ったときに飲まされた薬のせいでまた増えたようだからな。それに、ブレインが用意してくれた杖があれば負担も軽くなる。俺以外の奴は使えないだろうが、俺に限って言えば気軽に使える」
「なるほど。それなら近いうちにそのデュクレス帝国とやらへ行けるか」
実のところを言えばデュクレスへ行くのは俺だけでも十分だ。だが、ヨシズの態度から察すると……行きたいのだろうな。
「そうだな。近いうちに」
全員をつれてデュクレスへ行くことになりそうだ。デュクレスについてはこれ以上話せる……話すことはないだろう。
そう思った俺はとりあえず話を変えることにした。
「それはともかく、ヨシズとゼノンはアリウムの専属研究者と会ってきたんだろう。どんな人だったんだ?」
「あー……うん、研究者らしく知的好奇心に満ちた子、かな。何か公国でも活動? しているみたいで、変な魔獣が現れているという情報があるって聞いた。その話を聞いてからがね……」
「言葉を濁すような何かがあったのか」
「いや、かなり細かく質問されただけだ。ゼノンの知識がそれなりにあったからな。何か琴線に触れるものでもあったんだろうよ」
「ゼノンの知識というと……」
「魔獣関係だよ。ミシルって魔獣関係の研究者だったみたい。まぁ、考えてみればアリウムさんはスタンピードについて調べているみたいだったし、その専属ともなれば当然その分野だよね」
「今やもうどこでも問題になるな。スタンピードは」
酷くなれば国も滅びるから当たり前かもしれない。南方諸国なんかは滅亡一歩手前だと言えるだろう。今はだいぶ持ち直しているはずだが。
「冒険者としては得意分野での仕事が増えたりするからありがたい面もあるけどね」
わふぅ、わふ《とはいえ、増えすぎて困るのはここのような都よりも辺境の村だろうな。冒険者も寄りつかぬのだろう?》
「まぁ、確かに辺境とか開拓村なんかはキツいだろうな。だが、冒険者が寄りつかないことはないぞ。ああいった場所での依頼は高額なんだ。ただ、人が居つかないという問題はある」
人が居つかず、人知れず滅びていく村も恐らくは存在しているだろう。そのようにして廃れていった村は人が居なくなってしばらくした後、魔獣の住処となる。時にはあまり良くない魔力が溜まってしまい、アンデッドを生み出すこともある。デュクレスにいるアンデッド達はどこか憎めない、抜けたところのある者達だったが、本来ならアンデッドという存在は忌避されるものだ。たとえその生前が英雄であったとしても。
俺としては話が通じるなら別に良いという考えだ。生まれで言えば俺だってきっと人にとっては化物だろうから。
「何にせよ、明日からはまたいつもの日々だ。俺達は全員Bランクで依頼をそれなりに選り好みできるから、積極的に許可証を狙っていこう」
*******
教国は聖獣の住まう森へ立ち入る許可証を発行することができる。その基準は冒険者にとっては分かりやすい物となっている。教会の紋が押されているギルドの依頼書を取って依頼を完了すれば良いのだ。もちろん、いくつも受ける必要がある。
ただ、パーティメンバーで分担すればいくらか楽になるようになっている。もともとパーティでの作業が推奨されているのだ。なぜならば許可証を求めるような冒険者は総じて目指すのは魔の森であり、魔の森は数パーティでかかるのが常識になっているからだ。パーティでの連携だとか協調性を見るためという可能性もある。
「しばらくはそれぞれの時間がずれる日々が続きそうだな」
俺は掲示板に貼られている依頼を眺めながらそう呟く。この日は寝過ごしてしまい、ギルドへ来たのは昼近くだった。宿の双子には盛大に笑われてしまったが、反論はできなかった。
しかし――困った。この時間になるとろくな依頼が無い。
「残っているのはドブさらい、掃除代行、家事代行、犬猫探し……報酬もしょっぱいときた」
俺は大きな溜め息を吐く。ちらっと見ただけで分かる依頼はほとんどがそのようなものだった。選り好みできるとか言ったのは果たして誰だったか――。
皇宮に呼ばれて以降、俺達はわりといつも通りの日常を送っていた。討伐依頼や雑務依頼のローテーション、たまに王侯貴族からの依頼をこなしている。
「今日はどうするか。許可証のための点数稼ぎがてら何かは受けたいが……」
何もしないという選択肢はない。だから、俺は呻りつつも大した選択肢のない依頼と睨み合っているのだ。
「あの……」
「ん? 何だ」
遠慮がちな小さな声が後ろから聞こえてきて、俺は振り向いた。
「依頼書、張らせていただいても良いでしょうか?」
「ああ、邪魔だったか。あ、どのような依頼か聞いてもいいか?」
どうやら教会のシスターのようだった。服に隠れるようにして幼い子どもが張り付いているのも見える。新しい依頼を掲示板に貼りに来たということだろう。ドブさらい等よりマシかもしれない。
そういった希望を感じて俺は尋ねた。
「どのような、と言われましても……ええと、単なる炊き出しの手伝い兼護衛ですね」
「たきだしするの!」
シスターに張り付いていた幼子が声を上げた。タイミング的にはシスターの言葉の補足かと思うところだが、内容はまったく同じだった。とはいえ、無視するのも何なので俺はしゃがんで出来る限り目線を合わせてやる。
「そうか。炊き出しするんだな」
「たきだしするの」
シスターにひっつきながらもチラチラと俺を見ながらそう言う。舌足らずな感じが何となくほわっとする。癒やされるとか表現してしまうと変態性が出て来そうで躊躇われるが……心情的にはそんな感じだ。
「依頼書を見せてもらっても良いか?」
せっかくなので引き受けることを考えてみる。シスターが見せてくれた依頼書にはこのような文が書かれていた。
『南部街 炊き出し・護衛
急遽 どなたでも 1人~
炊き出し分から夕飯を出します。
注意:3カ所を回るため長時間の拘束となります』
そして、教会の正式な書類であると証明する印もちゃんと押されている。点数稼ぎにもなるということだ。
良いのではないだろうか、これで。
「じゃあ、この依頼は俺が受けようか。そんな小さな子を長く待たせるのも忍びないからな」
「まぁ! ありがとうございます」
「ありがと!」
俺は張られる前だった依頼書を持ち、カウンターへ向かう。
今日の午後はこの仕事一本で良いだろう。




