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虎は旅する  作者: しまもよう
アヴェスタ教国編
207/458

教皇は獣人好き?

次は9月26日の投稿を予定してます。


 教皇の部屋に残ることになった俺達は閉まる扉を眺めていた。統括研究所のミシルについては帰ってからヨシズかゼノンに聞いておけば良いだろう。


「さて、アリウムもいなくなったことですし、これで思う存分話せますね」


 そのタイミングで俺達の前に新しく飲み物を淹れたコップが置かれる。

 少しだけ不穏な感じがした。俺は心の中で少し身構える。一体何の話をされるのかは分からないが、下手な反応をすると何かが起こりそうな気はしていた。

 まぁ、教皇だからな。本人はぽやぽやしているが権力は間違いなく持っているのだ。


「教皇様が俺達を指定した理由は……獣人だから、か?」


「そうなりますね」


 彼は変わらぬ表情で頷く。しかしその微笑みの中に俺は答えを見つけることが出来なかった。


「……理由は?」


「そんなに大したことではありませんよ。実は、私の妻も獣人でしてね。今外がどうなっているのか知りたがっているようなんです。もうこの国に帰属しているのであまり外へ行かせてやることができず……しかし、私も妻が我慢している姿を見るのも辛いので、せめて情報でも得られればと思っているのです」


 教皇の妻というと……たしか、リディア・アヴェスタ皇妃だったか。豹の獣人だったと思う。獣人が上層部にいるからか教国はそこまで獣人に厳しい印象ではない。少なくとも俺自身はそんな感想を持たなかった。


「情報と言ってもな……俺達だって流浪の冒険者だ。確かに獣人だが自分達の出身場所についても今の状況を知っているとは言えない」


 そもそも、俺はもとが普通の虎だった。まぁ、色合い的には普通ではなかったようだが……少なくとも、純粋な獣人ではないことは間違いない。虎人族の里も行ったことがあるが、あそこが故郷というわけでもない。俺の故郷はクナッスス王国ドルメンからさらに辺境にある森だ。

 また、ロウについても今は獣人と言われても通じる見た目になっているが本当は普通の人だった。純粋な獣人と言えるのはラヴィだけだ。


「そうですね。ですが、冒険者だからこそ尋ねたいと思ったのです。皆さんは帝国からだいぶ南の方へ行ったところにある、獣人が多くを占める国を知っていますか?」


「……ああ、知っている。南方諸国だな」


「それは良かったです。実際に行ったりは?」


「したぞ。本当に最近のことだ」


 俺がそう言うと教皇はパッと顔を明るくさせた。そして、ぜひ詳しい話を聞きたいと言う。

 相手が教皇ということもあって政治的な何かがあるのだろうかと思いながら、俺は適当に内容を選んで話した。ラヴィやロウも補足というように彼等からの視点で話してくれる。教皇が聞きたいと言っていたのは獣人のことなので念のためエルフについては話さないことにした。


「……そうですか。南方でもスタンピードが問題に。リディは心配しそうですが……」


「だが、人も物資もこれから充実していくだろうし、スタンピードも乗り越えられるはずだ」


「そうですね。我が国も……いえ、私の一存では難しいでしょうか……」


 俺の予想に教皇も頷いていた。そして、ぶつぶつと何やら呟いていたが、何らかの結論を出したように首を振る。


「少しでも話を聞かせていただいて助かりました。もう少し皆さんの話も聞きたいところですね……ああ、冒険者ということはやはり目標は森でしょうか?」


「ああ、魔の森の突破だな」


 俺はきっぱりはっきりとそう言う。

 なぜそこを目指すのか、という問いは無粋だ。俺達は行きたいところを目指すだけの話。魔の森は何百年と開拓されずそのまま残っている場所だ。大障壁に隔てられ向こう側へ行く道が限られている上に、上級の冒険者であっても一度は死を覚悟するくらい動植物の生態が物騒なのだ。


「そうでしょうね。……アリウムから話を聞いて注目していました。闘技大会は途中で中止ということになってしまったのでおそらく皆さんの本領というものを見れてはいないのでしょうが」


 そこで教皇はなぜか笑みを深めた。


「しかし、とても良いものを見せていただきました」


「……そうか、それは、光栄だと言っておこう」


 何となく、俺の野生の勘が告げている。ここで深く踏み込まない方が良いと。


「皆さんはしばらくはこの都にいるのですよね?」


「ああ、その予定だが」


「ひょっとしたら私のような者から依頼が行くかもしれません。もちろん、ギルドへの依頼という形を取るでしょうが。――そのときは、どうか拒否しないでくださいね」


 指名依頼ということだろうか。「私のような者」とは、考えようによっては恐ろしい言葉だ。これは、拒否したくなるような依頼をするという予告なのだろうか。


「まぁ、本当に無理だと思うような依頼で無い限りは引き受ける方向で動くつもりだが」


「損はさせませんよ。ええ、きっと」


 本当だろうか。王侯貴族からの依頼はランクを上げるにはもってこいのものだったりするのだが、まぁ、当然様々な障害もある。失敗したときのデメリットも大きい。


「……そう願う」


 結局、教皇が聞き出したかったのは獣人に関するものだけらしい。南方諸国の話を終えてからは俺達の出自についても聞き出そうとしていた。まぁ、濁したが。

 残念そうな目を向けられてしまったが、話せないものは話せないのだ。


「――失礼します」


 扉をノックした音が聞こえてきて、俺達は会話を止める。


「入りなさい。……どうしましたか」


「はっ、第一秘書官より伝言を承りまして……」


「ああ、皆まで言わずとも良い。分かっていますから。時間だから連れ戻しに来たのですね。どうせ、私の仕事は溜まる一方でしょうし。では、皆さん、おかげで良き時間を過ごせました。帰りは彼についていくようにしてください」


 どうやら教皇が時間を取れるのはここまでのようだった。教皇が手で指した「彼」は伝言を持ってきた騎士だ。


「ああ、配慮に感謝する」


 教皇の騎士……つまりは近衛がいれば冒険者である俺達に突っかかってくる奴はそういない。この流れは教皇の配慮だった。

 ただ、教皇側の話はほとんど聞くことが出来なかったと後になってから気付いた。まぁ、俺達としても緊張していてどうにも頭が回らない感じはあったし王侯貴族相手には警戒心も強くなっていたから仕方ないかもしれない。

 そして、皇宮を出た俺達はとりあえず宿へ戻る道を行く。この後の予定はあまり詳しく決めていないが、おそらく最初に行うのは反省だろうな。



 *******



 シルヴァー達が皇宮を去って行くのを建物内部から眺める影があった。距離もあったので見つかりはしないだろうが、彼はカーテンに隠れるようにして立っていた。


「本当に、興味深い人物がいたものですね」


 その顔に微笑みはなく、真剣なものだった。


「まさか、始祖の……が現れるほどだとは思っていませんでした。もうほとんどの人が忘れ去っているでしょうに……もしや、女神様の使いでもあるのでしょうか。彼自身には全くその気は無く、周囲の認識も若干狂わせているようでしたが」


 ぶつぶつと呟き、頭を横に振る。


「考えても分かりませんね。しかし、何らかのつながりは持っておくことにしましょう。幸い、アリウムが関わっているようですし。予告もしましたし」


 そして、彼は書類が山となっている机に近寄った。そして、一掴みほどの紙をパラパラと読む。


「スタンピード、謎の石、教会の闇に始祖。頭の痛くなりそうな――厄介事のピースが集まっていますね。南方諸国の状況が良くなっているという点については幸いでしょう。しかし、女神様も一体何を考えておられるのか……」


 忙しなく視線を動かしながら思考に耽る。

 国の上層部も上層部にいるだけあって、彼は世界の異変に気が付いていた。そして、情報収集も忘れていなかった。だから、ある程度先の予想が付き、計画を立てていた。


 もっとも、新たな情報源として目していた者達が束の間の行方不明となることまでは予想できなかったのだが。





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