対蔓植物最前線6
次は8月22日の投稿を予定してます。
「森に燃え移らない程度に燃やしていけ!」
俺達の前にはゴウゴウと盛大に燃え上がる炎の壁があった。言うまでも無いだろうが、俺やロウ、その他使える魔術師達の神術による炎だ。ただ燃やすことのみを考えたかのような構成で、本には基本的なものだと書かれていた。魔法陣としては炎という文字をひたすら敷き詰めた形だったから確かに楽なのだが、ずっと浮かべていると精神的に辛くなってくる。
ちなみに、ロウが神術を使えたのはどうやらトカゲ装備を身につけたことが理由らしい。あれを着けていないときはやはり神術を使える手応えがないと話してくれた。
「種火を放り込めば燃え続けるから、炎の勢いが落ちたら使ってくれ!」
そして消えたら呼べ、と付け加えると俺は刀を手にして炎の壁を抜けてきた森蔓その他巻き込まれた魔獣や魔物を斬り捨てる作業に入った。
もう既に分かっているのかもしれないが、俺達がいるのは森蔓ツリーの根元だ。都から東方面に続く道をふさぐようにしながらこちらに近付いてきている。後門には死神がおり、前に進むしかなく、結局街に辿り着かれる前に森蔓ツリーを燃やしてしまうことになった。地道に燃やしていけば樹を形成する力だって無くなるだろうし、核の部分も見えてくるだろうという期待がある。水袋がなくなれば森蔓はかなり弱体化するのだ。
「おそらく今あれが動けているのは構成する森蔓が多いからだ」
魔獣研究所の一応長であるダルも「それほど大きくなったら抱える水袋も大きく、そして重くなって移動が出来なくなる」などと言っていた。だから今俺達がやっているのは森蔓ツリーを構成する蔓を燃やして減らすことであれが動けるだけの力を削ぐ、ということになる。冒険者としての経験と勘で動いているだけだがな。何もしないよりは良いはずだ。
「検証は後! まずは削ってやる……!!」
イルマが気勢を上げて森蔓に向かっていったのが見えた。今はどこもやる気に溢れている様子だ。
ここからは忍耐が試される時間だろう。どこまで集中力が続くかが問題だが、幸いなことに冒険者の数が多いので休憩する余裕がある。交代制で続ければ朝になる前に決着が付くかもしれない。
「シルヴァー、交代だ」
「ああ、分かった」
俺達のチームも状況を見て休憩のために下がった。
今回森蔓ツリーに対応するにあたって二~三チームで組み合わせを作ってある。とはいっても近くに居たからという理由がほとんどだったりするが。ちなみに、俺達と組んでいるのはシュトゥルムだ。彼等は別の門の方にいたのだが、森蔓ツリーにすぐさま気が付いていの一番にここへやって来ていた。それで、ちょうど俺を見つけたらしく、一緒にどうかと聞かれたので応じたのだ。気心が知れている相手の方がやりやすくはある。それを言うならイェーオリ達もどうだろうかと思ったのだが、既に別の場所で戦いだしていたから他のチームと組んだのだろう。
「はぁ、終わりそうもないわね」
下がって休憩しつつ俺達は相手を見上げる。げんなりしたような声でラヴィが言った通り、森蔓ツリーはちっとも削れていないように見える。これでも相当量削っているはずなのだが……。
「あれは腰を据えて地道に削るしかないだろう。幸い、人手は充実しているのだからいつかは、な」
いつかと言うか、夜明けまでには終われば良いと思う。今はちょうど日が変わった頃だろうか。俺もその他の冒険者達も相当な時間戦い続けている。例え森蔓ツリーが現れていない状態であっても……つまり緑の地面に対処していたとしてもこのくらいの時間に休憩が必要になっただろう。しかし、その場合はどうしても戦線が押し込まれることになったはずだ。
そう考えると、今の状況は案外ましなのかもしれない。少しだけでも休憩する余裕があるからだ。
そのとき、前方から困惑のような感情が伝わってきた。
「何かあったのか?」
「シル兄さん、見てください。森蔓ツリーの動きが止まってます!」
ロウが真っ先に気付いて指さした方を見れば、確かにじりじりと動いていた森蔓ツリーが止まっている。
「状況が動いたか!?」
「でも、シル兄ちゃん。何か前の方では別の動きもあったみたい」
本当に降って湧いたかのように現れたゼノンがどうにもやるせない、といった顔で話す。
「別の動き?」
「うん。……死んだ仲間が言ってくるんだって『痛い、攻撃しないでくれ』って……」
「それって……」
俺は思い出す。
人のようだったのに、全く人ではなかったダリア。
悲しげな顔を浮かべたアンさん。
唇を噛みしめ、姉と慕うダリアの姿をした相手に攻撃を放ったキーラ。
蔓ではなく、本物の人の質感を持った形を取り始める緑のヒトガタ。
森蔓で作り出されたリーダーを見て呆然としたイルマとアシル。
俺を人殺しだと言った、イルマの慟哭。
「森蔓の、擬態級……か」
やるせない思いが俺の中にも浮かんでくる。
先程ゼノンはこう言っていた。死んだ仲間が攻撃してくれるなと言ってくるのだと。俺のパーティメンバーは誰も欠けていないからこそ、話を聞いてもそれは敵なのだと言うことが出来る。だが、もしそれがラヴィやロウのような仲間だったりしたら……剣を向けることを躊躇うだろうと思うのだ。
「それが、困惑の理由か」
「皆、森蔓が擬態しているものなんだと分かってはいると思うんだけど、どうしても気持ちの面では躊躇ってしまうみたい」
「どうしても剣を向けられないようだったら、俺がやろう」
「僕としてはシル兄さんがわざわざ恨みを買いに行く必要はないと思います」
「今さらのような気がするが。人殺しの誹りを受けようとも必要とあらば躊躇いはしない」
イルマとアシルのリーダーを燃やしたのは俺だ。今さら躊躇う理由はないし、躊躇うつもりもない。むしろ、倒すことが出来ずに戦線が崩れる方が困るというものだ。
刀を抜いて歩き始めたとき、フッと真横から何かが飛んできて咄嗟に切り払った。
「何だっ!?」
「おや……完全に意表を突いたかと思ったのですが」
「お前は……レナート、か?」
横の森から姿を現したのは見覚えのあるひょろい男と黒いローブ姿でフードを被って完全に顔まで隠した何者かの二人だった。攻撃は蔓の鞭のようだったから、レナートの食虫植物によるものだろう。
「どういうつもりだ」
俺は彼等に警戒を向ける。
「――もちろん、障害を排除するために決まっているではありませんか。困るんですよ、あれを見て動揺してもらわないと」
「困る?」
「ええ。教国は私の試験場ですから。手を噛む性質の獣は必要ないのです」
試験場という言葉に不穏なにおいを嗅ぎ取った俺は顔を顰めた。
「試験場? 許可を取っているわけでもなさそうだな。レナート、お前は一体……まさか、邪神を崇める一派なのか?」
「邪神? まさか。私が崇める神は女神エヴィータ様お一人だけ」
その神が邪神と認定されているんだ。……そう言ったとしても聞きそうにないな。
しかし、女神エヴィータを崇めているということは……問題の組織に彼も属しているのかもしれない。
「お前の他にも仲間がいるのか?」
「……さて、どうでしょうね? 私もそう口を緩ませるわけにもいきませんからね。そろそろ行きましょうか――我等が神に栄光あれ」
「っ!!」
最後の台詞が合図だったのか、レナートの植物と黒ローブの男が攻撃を仕掛けてくる。不意打ちに近いその攻撃を俺はぎりぎりでいなした。ゼノンやロウが手伝ってくれたのも助かった。
だが、向こうの攻撃は密度が違った。一ついなしてもまたすぐに次の攻撃がやって来る。人が対応出来る速さを超えて。ローブの男も、人とは思えないほどの速さで斬りかかってくる。風でフードが取れ、その下の顔が見えたのだが俺の知っているものでは無く、虚ろな沈んだ瞳が印象的だった。
「死になさいっ!!」
蔓ならば、少し当たったとしてもそう大きなダメージはない――そう判断してとりあえずローブの男の攻撃に対応し、蔓については衝撃に備えて体を堅くした。
「見つけたぞ、レナートぉおおお!!」
「見つけた、クシェル兄さんっ!」
そのとき、二人の影が俺の横を走って抜けていった。俺に向けられた攻撃は彼等が代わりになって叩き落としていた。
二人とも俺の知っている人物だ。
「ディエゴに……キーラ……?」
マリが連れてきたフードの二人の正体でもある。
何故、ここにいるのか。
どうして、そこまで敵愾心を露わにしているのか。
そんな疑問が即座に浮かべども、言葉にする間もなくレナートの食虫植物とディエゴ、黒ローブの男……おそらくはクシェルとキーラでの熾烈な戦いが目の前で始まってしまう。
俺は呆然として見ているしかなかった。




