対蔓植物最前線5
次は8月15日の投稿を予定してます。
じりじりと近付いてくる森蔓の大樹。改めてよく見てみれば樹の幹の部分が蠢いている。まるで蛇が一面に這っているような見た目だった。嫌いな人はとことん嫌いな光景だろう。
「うぇぇ……」
あんなものに立ち向かわなくてはならないという現実もうんざりした気分を抱かせる。
「しかし……どう倒したものか」
とりあえずの方針を立てないと俺もそうだが他の面々も動きづらい。だから誰かがリーダーシップを発揮しないとならないだろう。
森蔓で出来た巨木……言い難いな、森蔓ツリーとでもしておこう。ともかくそれが街に来るまで少しの余裕はありそうだった。それだけゆっくりとした動きだからな。しかし、のんびりしていられるものではない。何ゆえか都を目指してきているのは間違いないのだから。
「皆、聞いてくれ」
とりあえず声を上げてみればその場で戸惑っていた人達の目が集まる。誰も彼もがこの先の動きに困っていたのか、その目には期待が覗いていた。
期待に添えるかどうかは分からないのだが……と思いながら、俺は自分の思う所を口に出す。
「まず、あれが現れているのがこの方向だけなのかによってはここからの動きをよく考えなくてはならないだろう。あれがここに来るまで少し余裕があるから、手分けして各方面の状況を集めたい」
「オーケー、分かった。そういえば他の方角からも森蔓が来ていたんだったな。向こうの情報も考えてみれば必要か。じゃあ、誰が行く?」
「二、三人ずつ足の速い奴を適当に見繕えば良いんじゃないか」
その意見に視線が集まる者が数人居た。ロウやゼノンもその数人に入っている。
「頼めるか?」
その問いかけに視線が集まった面々は頷いた。しかし、そこへ待ったがかかる。
「あの……わざわざ行かなくても、たぶん何とかなると思うんだけど」
そう言ったのはマリナだった。何とかなると言いつつもどこか自信なさげな表情で少しばかり不安を煽られる。
「あー、魔法か?」
行かずとも何とかなるような魔法……すぐには思いつかないな。
「ええ、そう。あのね、少しだけ空を飛べば良いんじゃないかしら」
「空を飛ぶぅ!?」
まるで夢のようなことを言う彼女に向けて驚愕の視線が向けられる。空を飛ぶ……浮遊なら魔法としてあったが、空を飛ぶことそのものが可能となる魔法は知らないな。俺が知識として引き出せていないだけなのかもしれないが。
「ちなみに、どれくらいの時間、どれくらいの自由度で可能なんだ?」
「そうねぇ……慣れないうちは垂直に数十メートル程度が限界かしら。実は、知識としては知っているのだけど、私自身は使ったことがないのよ」
一気に危険度が跳ね上がった気がする。俺は額を押さえ、頭の中で魔法を使うことと人を送り出すことを天秤に掛けていた。
「しかし、危険だ何だと言っていられる状況ではないな。とりあえず、人に使うことは出来るか?」
「ええ。そういうことも可能なはずよ。それで、誰が実験だ……こほん、空を飛んでみるの?」
マリナは顔を明るくして周囲を見回した。しかし、その周囲の冒険者共は誰一人として彼女と視線を合わせようとはしなかった。腰抜け共め。というか、マリナ自身もおそらく飛ぶのは遠慮したいという気持ちがあったのかもしれない。
そんなものを提案するな、と言いたいが言っている時間が惜しい。
「実験台とかは勘弁してもらいたいが……やるしかないから、俺にかけてみてくれるか」
「だ、大丈夫なのですか? シル兄さん……」
俺がやる気を出したら周囲の奴等はホッとした顔を見せる。その中で、ロウは心配してくれた。良い子だ。
「人を送るより早いのは間違いないんだ。俺は【浮遊】の魔法が使えるから着地についても問題ないはずだ。さぁ、さっさとかけてくれ」
「え、ええ……」
マリナはもごもごと良く分からない言葉を口の中で呟き、俺を指さした。それと同時にマリナの魔力が俺を包み込む。
「なるほど……」
魔法の効果を何となく体で理解した所で、俺は脚に力を入れて上へと飛んだ。オオッという歓声か驚愕の声だか分からない音が追いかけてくるが、一先ず放っておいて、俺は高高度から都の周囲を見る。
「森蔓ツリーがいるのは俺達のいる方向だけか」
他の所は暇な様子だった。少なくとも一目見て依頼さえなければそうっとしておくような魔物が居るようには見えなかった。
「頭数は揃えられそうだな。問題はこの情報を受けて皇都から逃げようとする人が現れたときだろう。護衛としてあれと戦う人数を減らされたら堪らない」
飛んだ時とは違い、それなりにゆっくりとした速さで俺は地面に戻って来た。重心を動かすことで移動が出来るようで、とても便利な魔法だ。可能なら覚えたいものだ。
「シル兄さん! 大丈夫ですか」
「ああ、問題ない。それよりも……」
最も重要なのは飛んだ感想ではない。
「あの森蔓ツリーがいるのはこの方向だけだった。散っている戦力をここに集めればあれも何とかなるかもしれない」
危機的状況をコロリと忘れたかのような集団に向けて俺はそう言った。
「とはいえ、あれだぞ? 普段なら逃げる一択だっての。集まるかねぇ……」
「それについてなんだけど」
あれ、と先程よりも少し大きく見える森蔓ツリーを指さしての懸念の言葉に即座に反応した声は俺の知る、しかしこの場にいないはずの人のものだった。
「っ!?」
「ひえっ! 死神っ!?」
俺達が振り返った先にはマリがいた。いや、マリだけではなくシリルやゼアなど彼女の仲間やフードを深く被った謎の人物などもいるわけだが。誰なのだろうな、フードの人物。女性らしい小柄なのが一人と大剣を佩いている男が一人だ。まぁ、人目を避けたい人だっているだろう。
ところで、死神という言葉にマリは一瞬で機嫌を急降下させていた。
「ええ。死神よ? ……でもあたし、その呼ばれ方は気に入っていないの」
「ハイっ! すんません! 失礼しますっ!」
「は? おい……」
流れるようにマリの前を辞して周りの集団へと逃げ込んでいった彼を俺は呆然と見送った。いくらなんでもプライドの無さ過ぎる逃走だろう。
しかし、死神という単語が響いてから俺の周囲は俺とマリ達を残してぽっかりと空いてしまっていた。それだけ怖れられているということだろう。一体何をしたのか。
「マリ、人が集まらない可能性について何か対応策でもあるのか?」
「ええ。とりあえず、ぎりぎりまで都から逃げ出すことは禁じるお触れが出されたのよ。それに加えて今の今まで森蔓へ対応していた冒険者に対してはあれと戦うことを条件に依頼料の引き上げをすることになったわ」
「へぇ。あれと戦わないって選択した場合は?」
「そりゃあ、依頼失敗扱いでお金は払えないわよ。臨時依頼の内容は都へ近寄ってくる植物系魔物の駆除よ? あれだってそうだもの。ここであれと戦わない選択をするということは依頼放棄とみなされるわ。素材の買い取りもしないそうよ」
そりゃそうだ。周囲にいた冒険者は一様にそう言って頷いた。
「それなら、自動的にこの場所の頭数は揃うか。問題は手薄になった他の門だろうが……」
「そっちの方は民間の実力者に任せることになったわ。元冒険者の神官とかね。キリトがサポートに向かっているから大丈夫でしょう。あなた達は余計なことを考えずに……あれを倒してくれれば良いわ」
「まぁ、そうなるだろうな……」
俺は、というか俺達は若干の諦めの気持ちを抱いて森蔓ツリーに向き直った。




