対蔓植物最前線 Side2
次は8月1日の投稿を予定してます。
良いニュース。それは敵対勢力の者と考えられる人物を見付けたこと。
悪いニュース。それは敵対勢力の者と考えられる人物にロウが捕らわれたこと。
「状況は?」
駆けてきたゼノンは焦った様子をとくに見せずにそう尋ねた。焦っていないわけではない。怒りのあまり感情が抜け落ちているのだ。
今いる場所は朽ちた建物の一階にあった台所の抜け道を降りた地下。面倒な手順を踏んでやっと来られるこの場所を最初に発見したのはカイルだったという。
「変化なし、よ~。迂闊に動けないまま」
マリは厳しい表情のまま、やって来たゼノンとキリトの二人をちらりと見ると顎をしゃくって示す。
「ちっ……新手か。そこから少しでも近付いてみろ……この二人がどうなるか分かっているだろうな?」
二人、と言われて確認したゼノンは顔を険しくさせる。地下の中央部分に絶っているのは敵と考えられる男が二人とフードを被った何者かがいる。フードの男が抱えるのはぐったりとした様子を見せるロウだ。トカゲ装備をまとっているあたり、かなり危険な戦いになっていたのだと分かる。そしてその足元にカイルが蔓で縛られ転がっている。意識はあるようで、ゼノンの方に視線を向けてきていた。
申し訳なさが見えるその瞳にゼノンは首を振ってみせる。今は謝っている場合ではない。
「そちらの要求は?」
「言っただろう……俺たちを見逃せと。具体的には今から三十分の間は追いかけてくるなというものだ」
つまり、彼等は三十分の内に逃げ切る算段がついているということだろう。どうやってかは知らないが……逃げられて良いことは一つもないのは確かだった。
「さぁどうする? この二人を諦めるのか」
結論を急がなくてはならない。彼等がキレる前に決めないと本当に二人の命が危うくなる。
ゼノンは焦りを押さえつけて頭の回転を早める。こちらを急かすということは判断力を鈍らせる狙いがあるのだろうが、それ以上に彼等の方も時間的余裕がないのかもしれない。
「マリさんはどう判断してる?」
「悔しいけど、あの二人を見捨てることはできないと思っているわ」
「見逃す……と言ったらそちらが人質にしている二人は返してもらえるんだろうね? もちろん、無傷でね」
ゼノンがそう尋ねると彼等は頷いていた。
「既についた傷はどうしようもないが……まぁ、これ以上傷つけることはしないとしよう」
「……はぁ、分かったわ。この場は見逃しましょう」
「だったらその証明にその扉から出ていって戸を閉めろ。そして三十分の間入ってくるな」
その言葉にキリトがマリとゼノンの後ろで目をすがめていた。
仕方なしに外に出て戸を閉める。
「こっちよ」
扉から出て、マリはすぐに動き出していた。ゼノンとキリトは良く分からないままに後を追う。
「あの部屋を見つけたとき、同じタイミングでロウとアルが辿り着いていたのよ。扉を開けたカイルはすぐに捕らわれてしまって、それを助けようとしたロウも奮戦むなしく、ね~」
「……アルは?」
今の話の中で、アルの動きだけ良くわからなかった。完全に空気と化していたのだろうか。
「ああ、アルについては劣勢になるとみてすぐに離れていったわ」
「逃げた?」
グルル……
「うわっ」
「心外だ~って言っているのかしら?」
キリトが「逃げたのか」と非難混じりに言ったら物陰から矢のように飛び出してきたアルに齧られかける。
グルル
ほんの軽い冗談だったようで、狼の顔に明らかにそれと分かるような嘲笑を張り付けると尻尾を振って歩き出す。
「抜け道でも見つけたのかな?」
「あの狼はずいぶんと賢いようだから、その可能性はあるわね~。足跡を見つけて、もしかしたらと思ったのだけど……」
グルルッ
アルの低く潜めた唸り声にマリはさっと口をつぐむ。そして、真剣な表情になってアルとその視線の先を見た。ゼノンやキリトも同様にして緊張を高める。
そんな中、アルは影に進み鼻面で何かを押した。
「隠し扉……奴等の逃げ道に繋がっているのかもしれないね」
扉の位置や先の空間の広がりを察知してゼノンがニヤリと笑う。逃げれたと思っている相手に追いつけるかもしれない。もしそうなったとき、彼等は一体どのような顔を見せてくれるだろうか。
そして、三人と一匹は扉の向こうへと進んで行った。
暗闇の中、可能な限り気配を潜めて歩く。障害物などの察知は魔力を利用していた。薄く薄く広げ、それが途絶えたところが障害物のある場所になる。慣れれば簡単なことだった。
しかし、それもデメリットがないというわけではない。
「ちっ……気付かれたわね」
相手側に魔力を探る頭があれば気付かれてしまうのだ。ただ、気付かれたということはかなり近くに来ているということでもあった。
「急ごっか」
気付かれたからには遠慮せずに魔法を使い身体能力を引き上げるなどして先程までとは比べものにならないほどの速さで進む。
気配察知のために広げていた魔力にザワリと何かが触れ、不快感を覚える。
「何、これ……」
足元にその『何か』がやって来ていた。
「これは、蔓だっ!!」
キリトがその正体――つまり、足元にいるのは森蔓だということだ――を看破した時のことだった。それらは一斉に足から脚、腰、胴へとまるで蛇が巻き付くかのように上ってくる。
グルルルッ
アルは巻き付いてくる蔓を噛みちぎると自分の周囲に白く明るい炎の防壁を作り出し、蔓を怯ませた。
「やっぱり植物には火よね~」
「森蔓を使ったということは外のも彼等が関わっていると考えられますね」
マリとキリトは剣を抜き、蔓を斬り捨てる。切り口に火がついており、そのまま消えずに蔓を焼いていく。
「……火は派手だよね」
ゼノンは火を使わずに森蔓を萎びさせていた。ゼノンが使ったのは水を操作する魔法だった。森蔓から水を抜いていったのだ。
「そんなに数がないから出来る事よね~。それよりも、急ぎましょう」
蔓を振り払いつつ進んだ先に……先程は見逃すしかなかった彼等がいた。
「見逃す、との約束はどうした?」
「見逃しはしたわよ? でも、追いかけないとは言っていないわ」
「屁理屈を……この子どもがどうなっても良いということだな?」
ロウに蔓が巻き付いていく。フードの男から出ていたので先程の蔓も彼が出したものなのだろう。
「……見せしめに殺すにはちょうどいい。……殺れ」
その言葉に従うかのように蔓がロウをきつく締める……その瞬間、ロウの姿が消えて蔓が空振った。
「何っ!?」
あまりの出来事に動揺を見せる彼等に向けてゼノン達は笑う。
「ロウの意識が戻っているみたいだったからね」
「あたし達が声も上げず、落ち着いていたのをおかしいとは思わなかったのかしら?」
これで憂いはなくなった。
グルル……
「アルもやり返しておきたいよね。まぁ、カイルはあの場所に置いてきたみたいだし、これで人質はいなくなった。覚悟するといいよ」
そして、飛び出したアルを先頭に三人の男達を攻撃する。
「ちっ……仕方ない、成功例を手放すのは惜しいが俺たちの命の方が優先だ」
成功例、と言われたのはどうやらフードの男のようだった。他の二人は彼を背にして走り去っていく。その二人を追いかけるのは叶わなかった。立ち塞がったフードが通路いっぱいに蔓を展開したからだ。
「成功例って、まさか……」
ゼノン達の視線が集まる先でぱらりとフードが取れた。その下から現れたのは蔓で出来たヒトガタだ。それは一瞬の内に人への擬態を完成させる。
『コロ……ス』
ヒトガタの蔓を中心に床も壁も天井も蔓で覆い尽くされてしまう。展開が早すぎて対処する間もなかった。
「スペル【蟒蛇】……!」
誰もが自分の身を守るだけで精一杯になっていた。しかし、突如小さな水の蛇のようなものが現れると蔓を飲み込み次第に大きさを増していったのだ。そのおかげで余裕が出来た。
水の蛇を見て危険を感じたのか蔓の量が増える。しかし、水の蛇の勢いはそれを上回っていた。
「これは、魔法?」
「そうですよ、ゼノン兄さん」
「ロウ? これはロウが使った魔法なんだ」
姿を現したロウは水の蛇を慎重に操作して蔓の元まで近寄らせる。
「あれは人の形をしていますが本性は森蔓なので……討伐してしまっていいですよね?」
「ええ、話を聞けそうにないし。聞けたとしても信頼出来ないものね~」
そして開いた顎に蔓のヒトガタが飲み込まれた。