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虎は旅する  作者: しまもよう
アヴェスタ教国編
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対蔓植物最前線3


 緑の地面が押し寄せてくる最前線にやって来た俺はとりあえず手近なところから燃やしていき、地面を後退させることを繰り返す。炎蛇は俺が自分の意思で消さない限りは森蔓を燃やし続けるように設定した。これで今まで戦ってきた面々が少しでも休息を取れれば良いのだが。

 使ってみて分かるが、神術というものは恐ろしく使い勝手が良い。大気にある浮遊魔力も利用しているから使用者の負担が少ないのだ。それに、継続時間も少しだけ延びる。しかし……後で何かとんでもない反動があったりとかしないだろうな?


「シルヴァーさん……いろいろ、本当にいろいろ聞いておきたいことがあるのだけど?」


 炎の蛇に目を奪われた様子ながらラヴィが尋ねてくる。俺はそれに頷いた。


「ああ、後で答えられるものはきちんと話そう。ラヴィやヨシズになら話しても構わないからな」


「あら、そうなの」


「ああ。とりあえず、しばらくはあの炎の蛇はあれらを燃やし続けるからその間くらいは休んでいてくれ」


 俺がそう言うと、この場にいたメンバーの視線は炎の蛇と俺との間を行き来したが、少しずつ楽な姿勢を取り始めた。


「ねぇ、シルヴァーさん。あれは、森蔓よね?」


 座り込んだラヴィにそう聞かれて俺は頷いた。おそらくは森蔓だろう。研究者もそうだと言っていた。


「そのはずだ」


「でも、普通の森蔓ではないのよね?」


「そうだな……俺も正直に言うとそこはよく分からないのだが、明らかに普通では考えられないことが起こっただろう?」


「ええ……飲み込まれた人に擬態し始めた場面を見てしまったわ。その人そのものであるかのように行動していた」


「いや、()()()、ではなかったよ」


「イルマさん……」


 会話に割り込むようにそう言ったのは立ち上がったまま休憩をとっていた女剣士だった。

 俺は視線だけでその意を問う。


「あれは間違いなく私達のリーダーだった。意思疏通を図ることが出来たんだ」


 それなのになぜあんなにも容赦なく殺したのだ、と彼女は俺をなじった。あれに対する恐怖もあっただろうに、今は忘れているようだった。


「意思疏通が可能であろうとも、あれはもう人ではなかったからだ。あのまま放っておいたらここは瓦解していただろう」


 森蔓は固まっていた彼らを狙って殺到していた。介入しなければ彼等は飲み込まれ、死んでいただろう。


「リーダーは、生きていた! お前は人殺しなんだ!」


「俺が殺したのは森蔓だ。人に擬態した、森蔓だ。あれはもう人ではない……魔物だ」


「う、ぁ……ああああ……っ!」


 俺があれを魔物だと断定すると、彼女は声を上げて泣き崩れた。人ではないのだと断言するのは彼女にとって酷なことだったのだろうか。

 きっと、仲間を亡くしたことをまだしっかり受け入れることが出来ていないのだろう。だからと言って優しい嘘をついて目を曇らせることを良しとするわけにはいかないのだ。


「これ以上戦えないのであれば下がっていてくれ」


「……シルヴァーさん。少しだけ彼女と話させてもらえるかしら?」


 ラヴィがイルマの肩を抱いてそう言った。その言葉の調子に少しだけトゲを感じる。言いすぎたのかもしれないな。

 俺はちらりと炎の前線を見てから頷いた。炎蛇はいまだ元気に森蔓を燃やしている。


「あと5分は大丈夫だ」


「分かったわ。ねぇ、イルマさん。少し私とお話ししましょう」


 ふらつきつつも立ち上がったイルマと彼女を支えるラヴィは二人だけで少し下がった場所に移動していった。


「よ、シルヴァー。派手な登場だったな」


「イェーオリ。残って戦っていたのか。あれについては……演出も何もしていないのだが。まぁ、確かにあの魔法は派手だったか」


 イェーオリと同じようにやって来たヨシズからも俺の使った魔法の感想が真っ先に飛び出してきた。


「面白い魔法だぜ、本当に……いつ覚えたんだ?」


「つい先程だ」


 そう言うと俺は腕を一振りして再びなにかの形を取ろうとした森蔓の即席コロニーを燃やす。


「ヨシズ、詳しい話は後にしよう。とりあえず、そろそろあの炎の蛇も限界になる。抜けてくるものもいるかもしれない」


「ま、十分休憩はできたから良いけどな」


 剣士連中はさっさと立ち上がると炎を抜けてくる森蔓を待ち構える。俺も刀を取り出すとそこに加わった。


「そういえばヨシズ、この森蔓、根っこの部分がどこにあるか分かるか?」


「根っこ? 物理的な方の?」


「ああ。物理的な方の」


「あー……地面の下じゃないのか?」


「やはり、その予想になるか。こういうものは根を叩くことが出来れば早そうなのだが」


 俺はうーんと考え込みながら思ったことを零していく。


「そりゃあ、まぁ……。というか奴等、根っこも束ねているのかね? けど、そう楽な話じゃないだろう。向こうから来てくれないと分からねぇだろうし」


「向こうから……」


 そもそも、この森蔓大侵攻はスタンピードなのだろうか。規模を見ればそうではないかと思うのだが、それにしては一律に都を目指している点がおかしい。


「とりあえず、ひたすら焼いていけばいつかは途切れて根っこも出て来るしかなくなるだろ」


 ヨシズは気楽な調子でそう言うが……。


「そこまでにどれだけ時間がかかるのか、どれだけ犠牲を払うことになるのかが問題だ」


「シルヴァーの()()を他の魔術師も使えば解決するんじゃ?」


 イェーオリが顎をしゃくって最初の頃と比べれば幾分か勢いの弱まった炎蛇を示した。


「確かにそうなのだが……」


「使えるとは限らないんですよ、イェーオリさん」


 ロウが森蔓を切り捨てながら言った。その言葉に他の面々は疑問符を浮かべる。


「どういうこった?」


「正直に言うと、俺にとってはそれを使うのは簡単だった。俺が持つ()を読み込めばいいだけだからな。だが、この魔術体系は相当相性が良くないと使えないらしい」


「僕はどうやっても読み込めませんでした。本を見ていても魔法陣が頭の中に入ってこないんですよね」


 スペルの攻撃魔法……もう神術と言っているが、それは割とはっきり使える人、使えない人が別れるもののようだった。

 普通の魔法は何となく魔力を動かせば使える事が多いのだが、この術はまず複雑な魔法陣を頭に描きそこへ魔力を満たしていくというか……うん、ともかく面倒くさい一手間があるのだ。

 普段使われている回復や援護のスペルは神代文字を書いて使う。魔法陣はその文字を芸術的な配置にしたものと考えれば分かるのではないか。


「それに、これは本当は表に出すつもりのなかった魔法だ。たがまぁ……使えた方がこの戦いも楽になるか?」


 ラヴィやイェーオリのところの魔術師に使えるとは限らないのだが。


「私は、試してみたいわね」


「ラヴィ。それに、イルマも」


「みっともない姿を見せてしまった。もう大丈夫だから……戦わせてくれ」


 外見上は問題ないように見える。これなら、確かに無謀な戦いをすることはなさそうだ。本当は俺の許可など得る必要はないのだが、一応頷く。


「よし! それじゃあ……俺はラヴィ達にこの魔法を使えるかどうかだけ確認してみよう。その間、蔓への対応は完全に任せることになるのだが……」


「おう、少しの間くらいは持たせる!」


 そんな返事を返したのはヨシズだけだったが、他の面々も行ってこいと言うように手をヒラヒラさせて見せてきた。


「炎蛇はあと1分ほどで消えると思うから、気を付けろ!」


 それだけ注意すると俺はラヴィ達魔術師に向き直った。この場にいたのは五人だ。イェーオリのところの三人……シルキー、マリナ、フリオ。イルマと組んでいたアシルも話を聞く姿勢になっていた。


「まず、俺が使った魔法はスペルのもととなった魔法体系の中で、攻撃に分類されるものだ」


「はっ!? え……まさか、失伝している()()ですか!?」


 アシルはハッとした顔をして誰よりも早く飛び上がるほど驚いていた。ラヴィはそこまで驚いている様子に見えない。シルキー達は疑問符を浮かべている。よく分かっていないようだ。


「アシルはこの国の出か? それで冒険者をしているならなおさら分かるだろう?」


 俺が話したがらなかったわけを。

 そう続けると彼は首を縦に振る。


「まぁ、説明すると、俺があの魔法を使えたのはこの本のおかげだ。『神術指南書』といって、スペル全般を覚えることが出来る。……もちろん、全般という言葉に嘘はなく、攻撃魔法も含まれている」


「攻撃魔法! それこそ失伝を惜しまれた筆頭ですよ」


「ああ、そうだ。知られたらどうなるだろうな……」


「あ……なるほど。今の教皇様は穏健派なので大丈夫かもしれませんが過激派貴族もいないわけではないので大丈夫でもないですね」


 アシルは混乱も露にぶつぶつ呟いていた。


「つまり、国の上に知られたらまずい情報をもとにしてあの魔法を使っていたってこと? じゃあ、わたし達の方も危なくなるかもね」


「ああ。それでもいいなら話そう」


「別にいいさ。教えてもらう立場のこっちはシルヴァーよりはきっと逃げやすい」


 シルキーがニヤリと笑って言った。

 そうなのだ。これについてはきっと「教わった」彼女達よりも「教えた」俺の方が追いかけられるだろう。


「だから隠し通したかったのだがな。まぁ、今はそんなこと言っていられないようだし。それで、全員話を聞く、で間違いないか?」


 肯定の返事が返ってきたので俺は本を使って教えてみる。そうしてスペルの攻撃魔法を使えたのはアシルとラヴィだけだった。特にアシルの方は適正があったのか普段よりも使えるとこぼしていた。


「これ、たぶんスペルをよく使えるか使えないかが関わっていると思うわ」


「確かに、スペルのもととなったと言われているものだからな。それの練度が関わっていることについては否定できないな」


 スペルが得意とは言えない俺が普通に使えたことについては疑問が湧くのだが。


「とりあえず、一人でも高火力の魔法が使えるようになったのは良かったわ。ねぇ、シルヴァーさん。こことは別の方角を守っているところもきっと苦戦しているはずよ。そちらにいる魔術師にも教えてしまってもいいのではないかしら」


 今さらだし。と最後に付きそうな言葉だったが、俺は素直に頷いた。俺も同感だったからだ。


「ああ、そうだな。それに、全体での討伐が進めば根っこも出てくるかもしれない」


 目指すはこの事態の終息なのである。





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