表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虎は旅する  作者: しまもよう
アヴェスタ教国編
196/449

対蔓植物最前線2

次は7月4日の投稿を予定してます。


 少し時を戻そう


 ギルドから離れた俺とロウはあてもなく彷徨く……のではなく、手近な路地裏へと進んだ。ギルドの裏からならまた入れるのではないかと思ったのだ。だが、残念ながらその目論みはあっさりと壊されてしまう。裏口もまた抗議に来た街の人で塞がれていたからだった。


「やっぱりギルマスへの報告は諦めるしかなさそうだな」


「そうですね……」


 そうして踵を返して大通りへ戻ったときのことだった。先程とはまた別の横道から人の腕が出てきたかと思うと手招きをしたのだ。何だろうかと思って俺は無警戒に近づく。


「し、シル兄さん……」


「今人いないし、俺達を呼んでいるんだろう? 大丈夫だ、よしんば襲いかかられても反撃可能だからな」


 と、警戒するロウを宥めて横道へ踏み込んだ。しかし、不思議なことにそこには誰もいなかった。

 訳がわからずキョロキョロと周りを見回し、また正面に戻ったら目の前に人がいた。


「やあ、シルヴァー」


「っ! シリルか!」


 降って沸いたかのような現れかたに本気で驚き、思わず殴りかかっていた。だが、拳はあっさりと受け止められ、その人物をよく見て誰か分かると俺はハアァ……と息をはいて体の力を抜く。そういえば、前にもあったかもしれない。


「驚かせるなよ」


「そっちの子は気付いていたみたいだけどね」


 どうやらロウは寸前に気付いたらしい。それで俺ほど驚いてはいなかったのか。だが、あの現れ方はないと思うぞ、本当に。初めて会ったときも相当驚いたものだが。妙に気配が薄いのだ。


「ところで、そちらから接触してきたということは何かあったのか?」


「まぁ、ちょっと外の方が大変そうになってきているみたいでさ。街中で怪しいところとか噂とかなかったなら外の戦いに参加してくれないかなと思ってね」


 シリルがこう言ってくるということは外の状況は相当悪化しているのだろうな。俺やロウが参加したところで形勢が変わるとは思わないが、猫の手も借りたい状態だというなら少しは助けになれるだろうか。

 とりあえず、こちらも報告しておくことがある。それを話してからだな。


「……いや、怪しい場所と噂ならあったぞ」


「え、本当に?」


 様子を見る限り俺達を尾行していた訳ではなさそうだ。俺は肩をすくめると噂の場所について話した。


「まぁ、そこを実際に見て確かめてはいないわけだが」


「それは当然だね。むしろ、考えなしに突撃していなくて安心したよ」


 大袈裟なほどの動作で安堵の意を示すシリル。


「俺はそこまで猪ではないぞ」


 バカにしているのかと少しムッとする。そんな俺をどうどうと宥めてきたのはロウだった。子どもの手前、拗ね続ける訳にもいかないので気持ちを切り替える。


「それで、怪しい場所は都の中にあるようなのだが、俺達はこのまま外へ戦いに行って良いか? 都の中のことはシリルやマリ達に任せてしまっても大丈夫か?」


 今の俺の気持ちとしては外の戦いに加わる方に傾いている。おそらくヨシズやラヴィがそこにいるからだ。この街を軽く見て回っても見つからなかったのだから。

 そして、シリルが言うには外の状況が厳しくなっているということだ。あの二人も厳しい戦いに追い込まれているかもしれない。そう考えると急いで向かわなくてはならないという気持ちになる。

 そんな俺の思考は分かりやすかったのかもしれない。シリルは肩をすくめるとこう言った。


「まぁ、そんなに外へ行きたそうにされちゃ無理に引き留められそうにないし。でも、ある程度向こうが落ち着いたらこっちにも来て欲しいんだけど」


「そうですね。マイアさんが言うには僕がいれば大丈夫そうなので、僕だけは戻ってくるつもりです。集合する場所など決められますか?」


 シリルの言葉にロウが頷くと尋ねた。俺は先程までいた研究所とマイアを思い出す。確かに、ロウがいれば無問題だと話していたな。


「そうだね……まぁ、ギルドが一番分かりやすいかな。ああー……ギルドと言えば、薪騒動も落ち着かせなきゃならないんだった」


 シリルは頭痛が痛いというように額に手を当てていた。あれを落ち着かせるのも彼等の仕事の内だというのだろうか。マリ達はやはりよく分からない集団だな。

 まぁ、それについては置いておこう。


「そのことなのだが、外の方はそんなに火魔法を使える人が少ないのか?」


「うーん、居ないことはないんだけどね……どうやら魔力が足りなくなった人が増えているらしい」


「なるほど……魔法が使えなくなった分は現実的な火で済まそうということか」


「そう思惑通りにいくとは限らないけどね。ないよりはマシだと思うよ。本音を言えば高火力で焼き払って欲しい所なんだけど、無理は言えないしね。昔あったというスペルの攻撃魔法なんかは少ない魔力でも高火力を出しやすいとか」


「へぇ、そうなのか。よく知っているな」


 昔あったということは、今はないということだからだ。しかし、流石にそんな夢のような魔法があるとは思えない。


「自分で言うのもなんだけど、こう見えても僕は学者的な存在でもあるんだからね?」


「いやいやまさか。学者は野生児扱いされないだろう?」


 俺は即座に冗談だと受け取って笑い飛ばした。


「野生児……隊長あたりが言ったのかな。あの面々は本当にろくな扱いをしてくれない。あのね、冗談でも何でもなく僕は学者だって。地理と歴史の研究者なんだよ。だから、スペルとかもそういうものがあったことを知っているし、フィールドワークとして森へ出掛けたりしたんだから」


「……それなら、スペルの話は本当なのか?」


 本当に冗談ではないようなので、結構真面目に尋ねた。


「そう考えられるというだけだよ。立証は困難なことだから。でも、スペル……もしくはその元となった秘伝書のようなものならまだこの世界のどこかにあるかもしれない。それがあれば研究もついでに討伐もはかどるだろうにね」


 普段ならここで「研究が先なのか」程度の突っ込みをいれるところだが、少し引っ掛かるものがあって俺は押し黙った。


「シル兄さん、あまりのんびりしていられないでしよう。会話はその辺りにして、行きませんか」


 ロウに袖を引かれてハッと思考の海から戻る。


「あ、ああ。そうだな、行こうか。シリル、街中のことは任せて大丈夫なんだな?」


「もちろん、何とかするよ」


 そこで俺達とシリルは別れた。

 しばらく歩いて、人影が全く見えない辺りまでやって来るとロウは立ち止まる。俺はそれに気づくのが少し遅れて数歩先に進んでから頭だけで振り返った。


「どうした?」


「……その、先程の話ですが……」


 ロウは少し迷っているような様子で口を開いた。


「シリルとの話のことか?」


「はい。スペルの元になったと秘伝書と言っていましたよね。それがあれば外での戦いがましになる可能性があるということですよね」


「ああ、そうだろうな」


「シル兄さん、使うことは出来ませんか……?」


 ある、ということが前提のその言葉に俺は思考が停止する。


「ロウが持っているのか?」


 だとしたら、俺に許可を求めたのはなぜだろうかという疑問があるが……。しかし、きっと使ったら注目の的になる。ロウでは荷が重かったりするのか?


「いえ、僕は持っていません。持っているのは……シル兄さんですよ?」


 だとしたら、俺に許可を求めるのは当然だった。しかし、俺には秘伝書の心当たりがない。


「俺が持っている? ということは、ロウが俺達と行動するようになったあとに手に入れたということだな。秘伝書なんて、全く記憶にないが……」


「前に洞窟で見付けていますよ。ほら……『神術指南書』です。確か、報告も売却もしていなかったと思いますが……」


 洞窟、『神術指南書』という言葉で俺の脳裏に甦るものがあった。サバイバル授業という濃密な時間が。


「あ、ああっ……! あれか!」


 俺はアイテムボックスに沈めていたそれを取り出して確認した。確かに、手に入れた当初にロウがおののいていた。その時に先程シリルが話したことと似たようなことも言っていた。スペルの元となったものなのだと。

 俺はごくりと唾を飲んだ。


「あらゆるものの魔力を用いることが出来る魔法体系……いや、使って大丈夫なのか……?」


 数が少ないから幻の書とまで言われているそうだがシリルの話から推測すると散逸もしくは紛失しているのかもしれない。

 きっと使ったら注目の的になる。間違いなく。


「……考えよう」


 使うか、使わないか……誤魔化す術とか。

 だが、外の様子を見て腹をくくった。目の前の惨状をひっくり返せるなら、使おうと決意したのだ。

 だから、俺は()を取り出したのだった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ