対蔓植物最前線
次は6月27日の投稿を予定してます。
「あの依頼、受けたのは失敗だったかもしれねぇな」
「今さら言っても意味ないわよね、ヨシズさん」
うねうねと動いて都へと近付いてくる緑の地面を見て、二人はうんざりといった顔でそう話していた。ここは、都の外壁から少し歩いた場所だ。闘技大会を機に集まった冒険者達が戦線を張っている場所でもある。そこが崩れないように時折交代しつつ緑の地面を焼き払ったり斬り捨てたりしているのだが一向に終わりが見えなかった。
「おーい、そこの二人、変わってもらえるかー?」
「ああ、もうそんな時間か」
声をかけてきたのはイェーオリだ。ヨシズとラヴィが依頼を受けてこの場所に来たとき、ちょうど近くにいたのが彼等だった。知らない仲でもないし、協力して緑の地面と戦おうということになった。
「おうよ。ティリーと代わってやってくれ。ったく……これじゃキリがねぇ」
「みんな思っていることよ、イェーオリ。さっさとこの街を離れるべきだったかもね」
「とは言ったってよ……ここって宗教的な街だって話じゃねぇか。目的のものがあると思ったんだよなぁ」
二人がそうぼやいている間にヨシズはさっさと年若い剣士と交代する。
「まだ、出来る……っ!」
「息上がってるじゃねぇか。見栄張んな」
彼を下がらせてヨシズを狙ってきた蔓を斬り捨てた。そのすぐ後に炎が後続の緑を焼き払い、余裕を作る。あまりの熱量に蔓どもは少し躊躇し、一瞬の膠着が生まれたが……それは本当に一瞬でしかなかった。退却するという頭がないのか、ないのだろう。
「まったく……森蔓だよなぁ、これ。一体どこから来ているんだか」
「四方八方から来ているみたいだから偵察も無理だものね。私達が出来るのは襲い来るあれに対処し続けること程度」
しかし、それも長くは出来ないだろう。ラヴィは蔓を焼き払いつつ周囲を見る。冒険者の数は多いのだが、どこも疲れを見せ始めていた。終わりの見えない襲撃は戦い慣れている彼等にしても精神的に辛いものがあるようだった。
「根っこを叩かないと終わらないぜ、これ……」
「その根っこが分からないのが痛いわね。人為的なものだと思うのだけど、原因になった人とかはもうこの世にいない可能性すらあるもの」
そのとき、ヨシズやラヴィのいる所から少し離れた場所で悲鳴が上がった。横目で確認すると、どうやら剣士の一人が対処を誤って蔓に飲み込まれてしまったらしい。徐々に磨り減っていく人型の小山を見て皆顔を顰めていた。
「そろそろ、崩れ始めるか……」
「ヨシズさん、あそこのフォローに回ろうと思うのだけど」
「ああ、行ってこい。イェーオリ!」
ヨシズがそう呼ぶと当然のように彼とついでにティリーが走ってくると横に並んで蔓に攻撃し始めた。ほんの少しの休憩だったがだいぶ持ち直せたらしい。
「よし、気張っていくぜ!」
改めて気合いを入れ直して蔓に向かっていくヨシズ達。一方でラヴィは体勢が崩れていたパーティのもとへ急いで向かっていた。向かうついでに蔓を焼き払っていく。少しでも余裕が出来れば良いと思いながら。
「手伝いに来たわ!」
「うぅっ……はぃ、ごめんなさいっ。ふぇぁ、【ファイアーボム】」
魔術師らしい男性が震え、泣きながらも何とか火魔法を使っていた。しかし、その威力は十分とは言えない。仲間がやられたことに動揺して十分な魔力を込めることが出来なかったのだろう。精神的な揺らぎはそのまま魔法の威力へと影響するからだ。
「【フレイムシード】……【イグニッション】!」
ラヴィの掌から蔓植物の真上へ向かったいくつもの小さな火種。それがボン、ボボンと爆発して広範囲の蔓を焼き払った。
「助かるわ!」
魔術師を守のに精一杯の様子を見せていた女剣士がそう言うと攻勢に出る。その後ろの方で攻撃の機会を窺っていた数人も追うようにして蔓へ立ち向かっていった。
「「ウォオオオオオ!」」
まるで、仇を討つかのように。それは悲しいまでに勢いのある攻撃だった。
「体力配分だけは気を付けて」
「分かってらぁ! だけど!」
「仲間をやられて平静でいられるかってんだよっ」
ラヴィは何も言えずに口を引き結ぶと彼等のフォローに回った。
異変が起きたのはそのあとしばらくしてからだった。少し離れた先の緑の地面にぽつぽつと小山が現れたのだ。まるで不格好な人形の的のようなそれが現れた前後あたりから蔓植物の動きも変わっていた。
「くっ……【フレイムカーペット】!」
火種からの点火では対処しきれないほど一気に襲ってくるなど、人を翻弄する波のような動きを見せ始めたのだ。ラヴィも魔力消費の多い魔法を使わざるを得なくなってしまった。
「ありゃあ、一体何だってんだ?」
「森蔓の擬態級だったりしてね!」
「最悪だなぁ……それは」
彼等の会話を聞いてラヴィも舌打ちをしたい気分になった。森蔓の擬態級については実物を見たことはないのだが、その厄介さは知っている。しかも、冒険者達が酷く消耗し始めた今になって現れた……時機も最悪だった。
女剣士が蔓に吹き飛ばされ、後方へ下がる。ラヴィはすぐさまそこを埋めるように魔法を放った。
「……なぁ、あのヒトガタおかしくねぇか?」
一人が警戒心を滲ませて言った言葉を聞いて、森蔓に対処していた他の面々もちらりとヒトガタを確認する。
「確かに……何か、より人っぽくなっているみたいな」
その呟きのすぐ後、ヒトガタの手の部分がゆっくりと動き出し、ラヴィ達に向けて腕を伸ばしたような形になった。何をするつもりかと警戒を最大限に高める。
「……ぃい……ルマ、アシル……」
「嘘でしょ……」
「りーだー……?」
女剣士が呆然と呟き、ゆっくりと体を起こした。魔術師の男も棒立ちになってぎこちなく動き出したヒトガタを凝視していた。
時が止まったかのような一瞬。しかし、事態は進んでいたのだ。
「おれ、だよ……なぁ、分かる……だろう? イルマ……アシル」
伸ばされた手が、言葉を発した口が、踏み出した足が形を取る。蔓ではなく、本物の人の質感を持った形に。
それは恐怖以外の何ものでもなかった。死んだはずの仲間が蔓の中から現れ、声をかけてくるのだから。訳が分からない恐怖。敵性の蔓植物の中にいるのだからあれは間違いなく敵のはずなのにふらふらと近寄ってしまいそうで、イルマとアシルはどうしようもなく固まっていた。他の面々もあまりのことに動けなかった。そこを狙ったかのように蔓が殺到する。
「……スペル【炎蛇】……!」
凍りついている彼等の後ろから何やら呪文が聞こえたかと思うと、ゴウッと炎の蛇が緑を焼き払った。蔓も、彼も成す術なく燃えていく。炎に焼かれて擬態は解けていた。しかし……
「イル……マ……アシ……ル……お別れだ、な……」
イルマとアシルの二人……蔓に飲み込まれた彼の仲間であった女剣士と魔術師は、炎の向こうから微かにそんな声を聞いた。
「……擬態級が現れていたのか」
そして、そう話しつつやって来たのは二人の獣人。
「シルヴァーさんにロウくん……」
「ああ、ラヴィ。ここにいたのか」
おそらく炎の蛇を放ったのは、シルヴァーだろう。
「緊急事態だ。擬態級を自由にさせておくと本当に厄介なことになるだろう。だから、俺も奥の手を使うことにした」
本を片手に彼はそう言った。




