街中の戦い4
次は6月20日の投稿を予定してます。
「大変ですっ! 研究長、この街本気で危ないですよぅ-!」
突然、扉が開くと泣き言をいいながら一人の少女がやって来た。普通に街で見かける人達よりも一段劣る服をまとっている。路地裏の住人らしいと言えばらしいと言える。
彼女が入ってきて、ダルは分かりやすく顔をしかめると背中を向けて黙りこんだ。ロウは困った顔で笑っている。どうも知り合いらしいのだが、あまりいい意味での知り合いではないようだ。まぁ、この場所に来ることが出来ているのだから悪い人物ではないと思いたい。
「……危ない、とは外のことか?」
渋々と俺は彼女にそう尋ねた。他の誰も口を開こうとしないのだから仕方がないのだ。
少女はこちらを見るとずんずんと近付いてきて口を開くと火を吹く勢いで捲し立てた。
「はいもちろんです当たり前でしょう!? 外見てないんですかっ! 緑の化物の絨毯……っていうか森蔓の移動コロニーみたいなのが来ているんです!」
「屋内にいるのに外の様子が分かってたまるか。しかし、その表現が間違いないのならこの街の外の状況は最悪だと言えるな」
いくら今この街に結構な数の冒険者が来ているとしても緑の絨毯などと言い表せるような魔物を相手するには分が悪いだろう。余程の理由が無い限り俺も遠慮したい。
「ええ、そうです。もう最悪なんですっ! だから所長、逃げましょう!」
少女はダルに向けてそう言った。ここに来て彼はちらりと彼女に目を向ける。
「逃げてどうするってんだぁ? この研究所は国の紐付きなんだ。逃げたらオッソロシ~イ奴等が追いかけてくるぞぉ……。俺ぁ進んで死神と会いたくはないからなぁ……あいつ等の怖さ、ちゃぁんと知っているよなぁ?」
ダルは黒い霧を背負っているかのようなどんよりと暗い雰囲気を作りだして脅す。実に物騒な言葉が混ざっていたようだが、聞かなかったことにする。
「ひぃっ。知ってますよぅ……でもぉ……」
「そんなに逃げたいならお前だけで逃げれば良い。後のことは保障しないがなぁ」
「それに、緑の絨毯ということは逃げた先で補足されてあっという間に取り込まれてしまいそうですよね。戦えないのだったら特に。魔物の養分となって最期を遂げるのは流石に嫌でしょう?」
ロウがさらっと笑顔でそう言った。何故そこで笑顔なのだろうか。恐怖心を煽るためか? そうだとしたらその目論見はおそらく十分に達成されている。少女はもうほとんど泣いているからだ。
「ロウ……」
「いや、そいつには厳しく言うのが正解だ。調子者だからな」
ダルも助けに入らない。そもそも、彼女とダルの関係は何だろうか。
「ダル、彼女はこの研究所の一員なのか?」
「まぁ、そうなるのか……?」
「なぜ疑問系」
「ツテを辿ってここまで来られてなぁ。無下にも出来なくてとりあえず置いているわけだ」
俺は少女の方を見て尋ねる。
「そっちはどう思っているんだ?」
「とりあえず置かれているなんて知りませんでした……正式な研究員だと……思ってたのに……うぅっ……ぐすっ」
「あ~、泣くな泣くな。少しは成果を出してくれているし、お前はちゃんと研究員しているぞぉ。それはちゃんと認めているからなぁ」
「へぇ。研究成果があるんですね」
何となく、ロウの対応が彼女に対してだけ塩っ気がある気がする。
だが、深く考える前にダルの言葉によって注意を引き戻された。
「何を隠そう、森蔓について調査していたのがそいつだ」
「なるほど……」
正直に言うと、少しだけ違和感を覚えていたのだ。ここは魔獣の研究所なのだ。森蔓は魔物であって魔獣とは少し違う。だからダルがすらすらと森蔓の話をし始めて奇妙な感じを受けていたのだ。研究者の基礎知識だと言われたらそれまでだったのだが、どうやら特別な理由があったらしい。
「マイア、ちょうどいい。あれを見てきたなら何か分かったことが一つくらいはあるだろう? 教えてやってくれ」
「へっ!? そんな、分かったことなんて……」
「ないって言うのかぁ?」
「ひぃっ! いや、ないことはないかもしれないなぁなんてっ! えへへ……」
笑いながらさりげなくそっと視線をそらしている。
「本当に何でもいいから研究者目線で何かあったのなら教えてくれ」
「んー、研究長がいいと言っているようですから話しますけどぉ……」
と、、彼女が言うには今緑の絨毯化している森蔓は手足や頭のようなものを作っていたらしく、普通とは違う印象を持ったらしい。冒険者達が戦っているところも覗いてきたようだが、どこか苦戦していたように見えたと言う。特に火魔法があまり通用していなかった点に注目していた。
「たぶんですけど、あの大きさの森蔓のコロニーにしては水袋が大きかったんだと思います。どうしてそうなったのか、とかは分かりませんけど。でも、水袋が大きい森蔓は生命力も強くて倒しにくいものですから……」
「外から攻めてきているものは全てそんな感じだったのか?」
「いえ、全てではなかったですねぇ。普通の森蔓を手下みたいにしていたので緑の絨毯になっているだけで、人の体みたいな形を構成していたのはそこまで多くなかったと思います。東西南北で各々二体くらいでしょうかねぇ」
「しかし、それらは考える頭があると言えるな。面倒な相手だ」
人と融合したからなのだろうか。見た目は森蔓で、あのダリアのような見た目が全く人と変わらないものはいないのだと考えられる。だが、もし仮に完全に人と同じような見た目に変わられたら今戦っている冒険者達に動揺が走るかもしれない。戦線が瓦解しなければいいが……。
「ところで、マイアさん、街中では不審な人とか物、建物なんかはありませんでしたか?」
「街中で? ……んー、路地裏しか知らないんだけど、街の門の方がキナ臭いって噂があった気がしますねぇ。実際、こちらに絡みもしない妙な奴等がいましたよぉ。やっぱりヤバい奴等だったんだ?」
「さて、どうでしょうかね。まだ情報を集めている段階ですから。可能なら案内もしていただきたいですが」
「それなら外のに手伝ってもらえばいいと思います。どうせ暇しているだろうし」
「どうしますか、シル兄さん」
ロウにそう聞かれた俺は少し考えたあとに結論を出した。
「今すぐに、このまま行くというわけにはいかない。今日の夜か明日になるかもしれないが、大丈夫か?」
路地裏のことを一応ギルマスかマリに話しておいた方がいいだろう。それに、出来ればヨシズとラヴィさんも探しだして合流したい。さすがにロウと二人だけで向かうのは自殺行為だと俺でも分かっている。
「今日の夜か明日ですかぁ? ……まぁ、誰かしらはいるはずですから大丈夫だと思いますけど。あ、ロウくんがいれば無問題だと思いますよ!」
「可愛がられているということか?」
「はい! 実力的に認められているみたいですよぉ」
「実力的に……」
それだけなんとか言葉を捻り出して俺は押し黙った。実力的に認められているということはロウが彼等と戦うなりしたということだろう。そして、勝ったのだと考えられる。
俺はロウの頭を撫でた。
「まぁ、ロウは賢いから大丈夫だと思うが、取り返しのつかない無茶だけはしないようにな」
「はい」
そして、俺達はおもての店側から外へ出た。人通りがないと思いきや今はやけに慌ただしい。街の人が外に出てきているのだろうか。普段の市場とも違うざわめきに何となく不吉な予感がした俺はロウに断ってギルドへ向かうことにした。
「何かあったのだろうか」
「皆慌てている感じですね。逃げ出すといった雰囲気でもありませんし」
「そもそも逃げられないだろう。あのマイアとかいう少女の話から考えればな」
ギルドに着いてみれば、またしても人垣で入れそうになかった。違いと言えば、今回はそのほとんどが街の住民であることだろうか。
「おい、何でこんなに混み合っているか教えてもらえないか」
とりあえず手近なところにいたおばちゃんに尋ねてみる。
「ああん? あんた達、知らないで来たのかい?」
じろじろと無遠慮に俺とロウを見てから簡単に教えてくれる。
「外の化け物を燃やすために薪が必要なんだと。全部持っていかれるのは困るからその抗議に来ているのさ」
「抗議って……そうすると、魔物に負けてここが襲撃される恐れが出てくる。そちらの方が困るんじゃないのか?」
「……あんた達、冒険者かい。それならさっさと外のを倒してきておくれよ。あれだけ強い冒険者が集まっているんだ。襲ってくる魔物を倒すくらい、なんてことないんだろう?」
「そんなことは……」
否定しようとしたロウの目の前に、俺は横から腕を伸ばして手のひらを見せることで止める。
おそらく、彼女だって頭では理解しているのだ。現状の苦しさを。薪を供給しないということがかえって危険を招くことを。それでも抗議しに来たということは将来的な危険回避よりも今現在の心の安寧を取ったのだろう。
とても危うい状況と言えるかもしれない。
「ロウ、この状況じゃギルマスのところに辿り着けないだろう」
「ええと、シル兄さん……」
「冒険者は戦うのが仕事でもあるからな」
ギルマスに報告するのは諦める。だが、マリか彼女の一味ならその辺にいそうだ。そちらに話しておけばいいだろう。
それに、正直なところを言うと外の緑の絨毯とやらがとても気になるのだ。思い切り暴れることが出来そうだという点で。この苛々とした気持ちも、森蔓を盛大に燃やせば解消されるのではないだろうか。