街中の戦い2
次は6月6日の投稿を予定してます。
すみません、遅れました。
俺、カイル、ゼノン、ロウで街を捜索するには少し人数が過ぎるので二人ずつに別れることになった。俺とロウ、カイルとゼノンでそれぞれ街を探索しに向かう。この組み合わせは何となくで決めた。ああ、ちなみにアルは放流。気付いたらいなくなっていた。まぁ、無謀な真似はしないはずだ。
「シル兄さん、どこを探すのかは決まっていますか?」
「いや、特に決まっていないな。とりあえずルトス爺さんに聞いてみたら皇宮と研究所、教会が怪しいんじゃないかと言われたから、探すとしたらその辺りか?」
この三択の中でもっとも行きやすいのは教会だな。教国は教会の力が強く、街にも小さな教会がいくつか存在している。貴賤を問わず受け入れてくれる場所でもあるから冒険者を理由に締め出されることはない。ただ、ルトスは「近付くな」と言われたそうだから俺達にしても行くとしたら特に気を付けなくてはならないだろう。
「教会は僕達の方で行った方が良いのでしょうか? ゼノン兄さんは進んで行くとは思えませんし」
「教会に一番慣れているのがあいつだと思うがな。まぁ、慣れているからといって行くとは限らないか」
「あ、シル兄さん、少し寄り道してもいいですか?」
街中を歩いていたところ、ロウがふと足を止めそう言ってきた。この状況で言い出すということは目的からそう外れた行動をするつもりはないのだろう。ロウに限って自分勝手な我儘を言うことはないと判断した俺は頷いて許可を出す。
「ああ。全く関係ない理由でなければ、構わない」
「はい。あの、実はアッシュ学院長の下僕だったというおじさんの研究所が近くにあるんです。今回のことで何か情報を持っているかもしれないので」
「なるほど。確か、ミュータント種の魔獣の研究所だったか?」
都に来たばかりの時、ロウが出掛けた先で出会った人物だと聞いていた。あの学院長の下僕を自称するとは、相当振り回されてきたのだろうと深く同情した記憶がある。
「次からは裏から入ってこいと言われたので、そちらへ行きましょう」
ロウはそう言うと躊躇わずに怪しげな路地裏へと踏み出した。俺はギョッとして慌てて追いかける。路地裏は危ないという常識はこの街でも通用するからだ。俺の「ちゃんと通用する常識リスト」にもしっかり載っている。
「ロウ、ちゃんと注意しないと危ないだろう」
「すみません。でも、急いだ方が良いと思ったので」
するすると道を通り抜けていくロウはずいぶんと慣れた様子でちょっかいをかける隙を見せず……むしろ後ろを追っていく俺の方が絡まれていた。都の外は緊急事態も緊急事態だというのに路地裏の住人は悲しいほど変わらないようだ。
「おい兄ちゃんよぉ……」
「悪いが、急いでいる」
掏りの手を掻い潜り、殴りかかってきた相手はいなし、誘いもすべて断って足を早めようとしたのだが、ちょうど今話しかけてきた奴は体全体を使って妨害してきた。
「あのなぁ……流石に執拗に追いかけての誘拐はダメだろうがよ」
俺は驚いて思わず足を止めてしまった。
「俺が誘拐犯?」
「あ? どう見てもそうだろうが」
なぁ? と男は近くに座り込んでいた奴に同意を求めていた。俺はそちらを見ずに、近くの壁に手を突いてがっくりと項垂れる。ただひたすら脳内に『誘拐犯』という……ある意味場所に合っていて、とても犯罪臭のする言葉だけが渦巻いていた。
「誘拐犯……俺が……」
まぁ、そう見えるだけであって、真実は違うのだからそこまでダメージを受ける必要はないと気付いたのは比較的早かったのではないかと思う。
立ち直った俺は懇切丁寧に誘拐犯ではないことを説明するとようやく納得してもらえた。だが、その頃にはもうロウの姿が見えなくなっていた。
「まったく……見失ってしまったじゃないか」
がしがしと苛立ちながら頭を掻く。ロウがどちらの方角へ向かったのかは分かるのだが、その先の分岐でどちらへ向かったのかは分からない。
「あはは。悪かったな、虎の兄ちゃん。お詫びといっちゃあなんだが……行き先を知っているなら案内するぜ? これでも俺ぁこの辺りには詳しいんでな」
「詫びにはならないだろう、それは……」
進路を妨害されなければロウを見失うことはなかったはずだからな。
「だがまぁ、案内してくれるというなら助かる。目的地は珍しい魔獣を売っている店の裏手だ」
魔獣の研究所だとは言わない。ロウの話では隠れて研究しているようだったからだ。
「なんだ、兄ちゃんはあそこの客か。まずいな……叱られちまう」
「知っているのか?」
「ああ。むしろ、知らないわけがない。あそこには俺も世話になっているからな……よし、行くか。ちゃんとついてこいよ」
着くまでの時間を尋ねたら十分もかからないと返ってきた。その間、話題に出したのはこの都で異変はなかったかというものだ。
「異変か……最近っていうと余所者がうろちょろしている場所があるという話を聞いたな。俺の管轄外の路地裏での話だから詳しくは分からねぇ。まぁ、どうせどこかの冒険者崩れが路地裏社会に加わっただけだろう……」
「そういうことは良くあるのか?」
「良くあるな。冒険者の引退先はたいていこういう界隈さ」
酷く醒めた眼差しだった。この男もまたかつては冒険者だったのかもしれない。だとしたら、同族嫌悪か。
「なぁ、外の騒ぎは一応ここまで聞こえている。たが、あんたは何でここに来た?」
その真剣な目に、俺は少しだけこちらの事情を話すことにした。
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案内された場所にはロウが申し訳なさそうな顔をして立っていた。俺は手を振って気にしていないことを表すとここまで案内してくれた男にも礼を言う。
「助かった」
「いやぁ……合流できて良かった良かった。じゃ、俺ぁ用事があるからまたな」
彼はロウが背にしている扉をおののいたような目で見るとそそくさと去って行った。
「何かこの建物の主の逆鱗に触れることでもしたのだろうか」
「どうなんでしょうね。何となく、ここに通っていることが分かると路地裏の方々が逃げていくんですよ」
俺とロウは互いに顔を見合わせると首を傾げた。
やはり、アッシュ学院長の下僕と言いつつその性質はとても近しいのではないだろうか。類は友を呼んだのか、それとも影響が強くてアッシュ学院長化したのか。
「それはともかく、本当に、置いて行ってしまってすみませんでした」
「いや、それはもういいから」
そして、俺はロウの先導に従って研究所だというその場所へと一歩踏み出した。扉の向こうはすぐ階段で、俺達は下へ降りていく。
「心の準備はしていてください。シル兄さんなら大丈夫だとは思いますが……」
「ああ、もちろんだ」
ロウがゆっくり扉を開くのに合わせて俺も深呼吸する。いい大人の俺がみっともなく動揺するような醜態を見せるのは流石に嫌だからな。
扉の向こうの光景が俺の目に飛び込んできた。ロウが心の準備をしろと言った意味が良く分かる。
「お? この状況でよくここへ来ることが出来たなぁ?」
「三日ぶりです、ダルさん」
「おう。闘技大会はどうだったんだ?」
「団体戦の初戦は無事に勝ちましたが、問題が起こって中止になりました。外のことを知っているなら分かっているのでは?」
「ああ……それがなぁ、街中のことはよく分からないんだ」
「外のことは分かると。どのようにしてですか?」
ぽんぽんとされる会話に俺は追い付けずに目を白黒させるだけだった。
そのことに気付いたのか、ダルと呼ばれた男が俺の方を向く。
「悪ぃな、兄ちゃん。確か、シルヴァーといったか?」
「ロウから聞いたのか?」
そう尋ねつつロウを見たのだが、頭を横に振っている。目の前の胡散臭い男が自分で集めた情報か。
「統括研究所の長は知っているだろう? 俺はその兄なんだ」
「……なるほど。ここはここで国の関係施設だったのか」
何と言えばいいのか分からないが、何となくいろいろな厄介事に絡まれているようで気が重くなった。