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虎は旅する  作者: しまもよう
アヴェスタ教国編
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俺にはシルヴァーという名前があってだな……

次は5月23日の投稿を予定してます。


「人の顔を見て溜め息を吐くなんて、失礼ねぇ~」


 俺達が来たことを察知したのだろうか。待ち構えていたかのように扉を開けたのはマリだった。彼女がギルマスの部屋にいることは不思議には思わない。こういった緊急事態こそ彼女達は良く動きそうだと思っているからだ。


「いや……こちらのことも考えてくれ。死闘を潜り抜けた先で情報を寄越せとばかりに待ち構えられていたら思わず力が抜けてしまったっておかしくないだろう?」


「そう? まぁともかく、入って。そしてさっさと情報を吐いて」


 マリに促されて俺はギルマスが座っている場所の反対側に腰を下ろした。


「情報と言われても、俺が言えることなんてそう無いぞ」


 むしろこちらが欲しいくらいだ。


「そうね~……とりあえず、闘技場に現れたのは何だったのか、ね。下にいる人達に聞いたんだけど、いまいち要領を得なかったのよね」


「彼等からもお前の方が良く分かっているだろうと言われてしまってな。話してもらえるか? 内容によってはこの先の動きをもっと考えなくてはならないかもしれない」


「俺の方も分かっているとは言えないが……」


 そう前置きをしてから俺は人の皮を被った魔物(ダリア)の話をすることにした。ダリアはアンさんの妹だというので話す前に問うように視線を向けたら頷きが返って来る。どうやら詳細に話しても良いようだった。

 それなら遠慮はいらないか、と判断して覚えている限りのことを詳細に話す。


「……う~ん……」


「人の意識が残っていたというのはな……。話を聞いているとずいぶん前から都に来ていたようだというのもぞっとしない話だ」


 ギルマスは不機嫌を隠そうともせずにそう言った。

 流石に信じられないか。人であって魔物でもある。あの時のダリアはそうとしか言えない状態だった。それは聞いただけでは到底信じられない話だろう。


「嘘はついていない」


「嘘だとは思っていないわよ。そうする意味も無いしね~。でも、そうだとすると外の魔物は人が素体となっている可能性もあるって事よね」


「魔物の形になっているならばもはや人とは言えないだろう。人の意識もなかった」


「遠慮はいらないわね。それと、レナートとかいう人物のことも気にしておかないとならないわね……。キリト、そこのとこ誘導しておいて」


「はいはい」


 マリがあらぬ方を向いてキリト、と呼びかけたらいつの間にいたのか、物陰から本人が現れた。まさかいるとは思わなかった俺はひゅっと息を飲む。


「やぁ、一応護衛のためにいたんですよ。まぁ、ここからは隊長には自分で何とかしてもらうということで」


「はいはい、どのみちあたしは大人しく守られているような性格でもないし」


 キリトは少し考え込んだ後、天井へ消えていった。身軽だな、と思う前に何故扉から出て行かなかったんだとツッコミを入れたい。天井裏は余程魅力的な抜け道でもあるのだろうか。


「じゃあ、俺もそろそろ……」


 臨時依頼取りの合戦に参加しようかと思う。

 だが、マリが立ち上がろうとした俺の肩を押さえて椅子に戻した。訝しげに見れば、にっこりと完璧すぎて逆に胡散臭い笑みを向けられる。


「まだ何かあるのか?」


「この事件について、もう少しね。アンちゃん、あなたにも、聞きたいことがあるから」


 俺は少しだけヨシズ達がどうしているか気になって窓を見たが、はぁ……と溜め息を吐くと諦めて深く腰掛けた。こういう状況で動かずにいるのは性に合わない。だが、もう少しだけ我慢しようか。


「聞きたいのはもちろん、今回の事件についてだ」


「話すことはもうないが?」


 俺は眉をひそめて不機嫌を隠さず、即座にそう言った。そんな俺にギルマスは苦笑するとマリへ視線を向ける。


「まぁまぁ、落ち着きなさい。聞きたいのは今回の件とシルヴァーが王都クナッススで遭ったという事件に関連性があるように思えるかってこと」


「っ!?」


 一体どこまで知られているのか。マリが口にしたことに俺は息を飲むと立ち上がった。


「あたし達が()()()()部隊だって事、もう知っているわよね~? 不思議でも何でも無いと思うけど」


「……ふぅ。まぁ確かに察してはいたが」


「それで、類似点があるわよね~?」


 マリの言葉に俺は頷く。

 人と魔獣を融合させるという実験がクナッススでは行われていた。

 そして、こちらはマリも知らないようだが、南方諸国でもエルフが魔獣との融合を成功させていた。

 類似点と言えばそこだろう。


「今回もあの組織が関わっているのか?」


 あえて出来る限り考えないようにしていたその可能性を俺は呟いた。


「そこを聞きたいのだが。お前から見て、今回のことはあの邪教の信者共が関わっていると思うか?」


「俺個人としては関わっている、と思う。……クナッススでは魔獣との融合実験のようなものを行っていた。成功する確率は酷く低かったようだが。南方諸国でも奴等の痕跡を見た。同じく魔獣との融合実験を行っていたようだった。今回は魔獣ではないが……魔物との融合実験を始めたかのようだな」


 俺がそう言うとギルマスやマリは顔を顰める。


「嫌な言葉ね~……魔物との融合とか」


 やはり、普通の感性では人をやめるという一点だけでも忌避すべき事柄になるのだろう。


「ああ。共通点と言えるかどうかは分からないが、俺が遭遇した二つとも研究所がすぐ近くにあった。だから、案外この都に拠点のような場所が作られているかもしれない」


「それはまた……急がないと大変なことになりそうね。今、冒険者は外の方に意識がいっているから、万が一都で魔物が現れたら……対応できないわね」


「この上さらに民間にも死者が出るかもしれないのか」


「死者がもう出ているのか?」


 ギルマスの言葉に俺はハッと顔を上げてそう尋ねる。


「今のところは、ダリアだけだな」


 どうやらギルマスは彼女を民間人の死者と扱ってくれるらしい。それが良いのか悪いのかは人によりそうだ。


「ああ、そうだったわ。アンちゃん、ダリアの話を聞いたのはいつだったの?」


 ダリアという名前を聞いて思い出したのか、マリはぽんと手を打つとアンさんの方を向く。


「ええと……確か、一月ちょっと前です。ここに勤めている後輩から手紙が来て、それで知りました」


「そうすると、都に来たのが……二、三カ月前と考えれば良いかしら。ギルマス、その頃は都に異変とかはなかった?」


「異変……魔物が明らかに増加していると判断できるようになったのがその辺りじゃなかったか?」


「あたしに聞かれてもね~。あの頃ってちょうどアリウム様について都を離れていた時だもの」


 オネェ……でもあるが、商人に扮したアリウムと帝国にいたという時期だろうか。俺達は南方諸国にいたな。


「そういえば……南方諸国で実験を繰り返していた博士とやらはあそこで死んでいるはずだ。クナッススのは逃がしてしまったが」


「あら、そうなの?」


「ああ。……どうも、奴等は組織としてまとまっていないように思える。やることは大体同じようだが」


 魔獣との融合、魔物との融合だな。それだけは今まで遭遇したどこも同じだ。


「う~ん……拠点が分かれば良いのだけど」


「知っているかもしれないが、クナッススでは廃教会がそうだった。南方諸国では権力者の城だった」


「生活範囲にある可能性があるというわけね」


「あの、マリさん、ここのギルドにも雑務依頼はありますよね?」


「ええと……ギルマス?」


「うむ。雑務依頼は当然あるが……それがどうかしたか?」


「あのような依頼は街を知ることにも繋がります。よく引き受ける者は街のおかしいところ、変わったところに気付くのではないでしょうか」


「そうか! 普段と違うところを洗い出し、そこを捜索すれば……」


「拠点が見つかるかもしれないのね。問題はそういう人達が既に外へ行ってしまっていた場合ね」


「そこは今ここで言っても仕方がないでしょう」


「善は急げだ、アン、客員である君には申し訳ないが……」


「いえ、下へ伝えに行ってきます」


 アンさんが扉から出ていってからマリの視線が俺に突き刺さる。


「さて、シルヴァー。もちろん、手伝ってくれるわよね~?」


「拠点探しか」


「そうね。可能なら君のパーティメンバーにも協力してもらいたいところだけど。十分な実力があって信頼できる冒険者って少ないのよね~」


「……そうか?」


 甘言に乗せられたわけではないが、俺はマリに協力することになった。街中で奴等の拠点を見つけ出してやるのだ……。



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