闘技大会二日目4
次は5月9日の投稿を予定してます。
急転。想像力豊かな人は注意。
個人トーナメント第四戦目はキーラという名前だった。魔法主体の戦い方だと想像出来るローブを着た少女で、対するは顔の上部分だけを隠すような仮面をつけた女性アンという名前らしい。この時点で彼女があのアンさんだという確証は得ていない。顔が見えないのでは仕方が無いだろう。
……戦いを見ていても良く分からないな。受付で大人しくしている彼女しか知らないから。
両者とも魔法を主に使っており、遠距離から避けるゲームになっている。集中を切らした方が不利になっていくだろう。俺は絶対得意になれそうにない戦いだ。
「……ん?」
「失礼します……シルヴァー様」
ふと部屋の向こうに人の気配を感じて俺は振り向いた。その直後にノックの音が響き、一人の女性がふらりと入ってくる。ギルドの制服を着ているから大会関係者だろうか。帽子を深く被ってお辞儀をしているから顔が見えない。きつい香水の香りに違和感を抱く。
俺はとりあえず食べている物を飲み込み、立ち上がった。
「ええと……大丈夫か?」
「……問題はございません。シルヴァー様には申し訳ありませんが……ここで消えていただきます」
「なっ!?」
その言葉に、そして突如ふくれあがった魔力の気配に俺は驚きの声を漏らす。同時に女性が顔を上げて腕を真っ直ぐこちらへ伸ばした。意識があるようには見えない虚ろな目に、彼女が正気ではないと判断する。
それよりも、俺は向けられた掌に集まっている魔力に顔を引き攣らせた。どう考えても術者諸共吹っ飛ばしそうな分が渦巻いていたからだ。当然、下手に受けてしまうと俺も無事では済まないだろう。
「攻撃意思を見せたのはそちらだからな。悪く思わないでくれ」
女性はまだ魔力を集めるつもりのようで、少しだけ時間に余裕があった。その『少しの時間』の内に俺の意思に従ってカニ装備が自動的に現れる。そして双剣を握ると俺は一気に近付いた。
「ハァッ!」
魔法は術者が死んでしまえばどれだけ魔力が集まっていようと成立しない。この場合、可哀想だがそうするのが最善だと俺は判断したのだ。
「……ヒィッ」
斬りつける寸前、俺と彼女の目が合った。小さく悲鳴を上げる彼女に正気の光を見てしまい、目を開く。そのせいで確実に命を狙った太刀筋がぶれてしまう。
それが良くなかった。
「……【バースト】」
「ぐぅっ……!」
正気に戻ったかと思ったのははったりだったようで、またあの虚ろな目に戻った女性は口元を笑みの形に歪めて躊躇いなく魔法を放った。俺はそれをもろに受けてしまい、壁に叩きつけられ、その先へ――
ズザザザ……と試合場の土を削り俺の体が止まる。試合中の所へ出てしまったので魔法が二方面から飛んでくるが、刀で力任せに振り払った。
「くっ……そ」
油断していた。いや、休憩時間だったのだから油断していて当然だろうが。
一つを杖代わりにして俺は何とか痛む体を動かし、立ち上がる。流石に魔法の打ち合いは止んでおり、異変に気付いた試合場は戸惑いと緊迫した空気に包まれていた。
「シルヴァーさん! 何があったんですか?」
「は……はぁ、はぁ……アンさん、か」
「はい。……【キュア】」
真っ先に駆け寄ってきた仮面の女性はその途中で仮面をはぎ取って顔を露わにした。やはりアンはあのアンさんだと分かったところで……俺は自分がつくった壁穴を警戒し、アンさんを後ろに下がらせる。
「シルヴァーさん、何があったのか分からないと私も動けないわ。簡単にでも……」
アンさんの言葉を遮るように向こうから魔法が飛んできた。植物の蔓のようなそれは間違いなく俺を狙っている。
「【スモールシールド】」
魔力消費を抑えるために小さめの盾のような障壁を作り、攻撃をいなす。今度はちゃんと警戒していたため、遅れることなく対処できた。
すぐに治癒してくれたアンさんに感謝しなくては。体の痛みが薄れるだけでずいぶんと感覚も違う。
俺は二度三度と襲い来る蔓を弾きながら口を開いた。
「見ての通り、何故か襲われている」
「そのようですね。しかし、一体誰が……? あ、私も襲撃者の撃退を手伝いますので……って、えっ!?」
アンさんは穴から出て来た人物を見て戸惑いの声を上げた。
<えっ……ダリアさん? 一体今までどこに……>
アンさんだけではなく、司会をしているギルド員も彼女を見て思わずといったようにぽつりと呟いていた。その声音に彼女がこんなことをするはずがないと周囲に思われるような良い人物だったのだと知る。
「知り合いかっ!?」
次第に勢いを増していく蔓に対応しながらそう尋ねた。女性がアンさん達の知り合いだからと言って何か手心を加えるといったことは出来そうにないのだが……。
「いいえ、大丈夫です。ただ見たことのある顔なだけです」
「そうか……」
「ええ。そうですよね?」
アンさんは少し振り替えってそう言った。視線の方向にあるのは司会席だ。
<っ、はい……。何があったのか分かりませんけど、攻撃してくる以上、手加減はいりま……>
「キャアアアアー!!」
司会席からの声を遮るように観客席の方から悲鳴が聞こえてきた。一体何が起こっているのか。
<冒険者の中で対応可能な方はお願いします! それ以外の方は落ち着いて出口へ向かってください!>
闘技場は大混乱となった。ちらりと確認すれば、何やら緑色の細長い鞭のようなのが見えた。植物系の何かだろうか。
「シルヴァーさん、とりあえず彼女を止めましょう。向こうのことも何か知っているかもしれません」
「そうだな」
とりあえず、生け捕りの方針でいく。
アンさんによれば、観客席に出て来ているのも俺を攻撃しているのと似たものらしい。
つまり、植物の蔓のように見えるそうだ。
「そういえば、レナートが似たような術を使っていたなっ」
「……確かにそうですね。似た術を扱うなら適切な止め方を知っているかもしれません。しかし、ここにはいないので」
そのとき、蔓の鞭が止まった。
「レナート……」
女性が反応したのはレナートという名前だろうか。
「知り合いか?」
「ええ……そうよ……だって、この術を教えてくれたのは彼だもの。私は頼まれたの……彼が優勝するのに障害となる奴等を消してくれって。力を与えた対価として。これで私はまた……冒険者としてあの人と一緒にいられる……!」
何を言っているのかよく分からない。俺はアンさんに視線を向けた。彼女は少し考えたあと、一歩前に出る。
「あなたは本当にダリア?」
「違うと思う」
その否定は俺達の後ろから聞こえてきた。この場にいるということは……。
「キーラさん」
否定の言葉を紡いだのはアンさんの対戦相手だったキーラという少女だ。彼女はつかつかとこちらにやって来るとアンさんの隣に立って女性の方を睨んだ。
「お姉ちゃんは昔、冒険者時代に失敗して隻腕になってる」
だが、あの女性は両腕とも健在だ。
「私がダリアで間違いないわ。この腕はほら……」
「っ!?」
女性が軽く腕を振るとぱらりと指がほどけて蔓になった。
俺達は息を呑む。
「……人間ですらなかった……」
キーラが呆然と呟いた。
「人間よ? 私は人間なのよ。ダリアという人間。そうじゃなきゃあの人と一緒にいられないじゃない」
「あの人とは誰のことを言っているんだ?」
「私の婚約者よ。結婚の約束をしていた人……クシェル」
ダリアは微笑んで自分の手を撫でる。キーラとアンさんは彼女を険しい顔で見ると頭を振った。
「クシェル兄さんはここにはいないはず。ダリアお姉ちゃんを探しに行ってそのまま……」
「……え?」
ダリアが固まって顔だけキーラに向ける。そこへアンさんが話しかけた。
「ダリア、あなたは二年前から行方不明の状態だったのだけど……一体今までどこにいたの?」
「わ……たし……は……」
ここで、全く話が分かっていない俺にキーラが簡単に人間関係を教えてくれた。ダリアはアンさんの妹でキーラの兄、クシェルと結婚する予定だったらしい。キーラがダリアをお姉ちゃんと呼んだのは彼女らの家が隣近所だからだという。
「最近、あなたらしき人影とクシェルらしき人影が都にいると聞いたから来てみたのだけど……ダリアはクシェルを探しに来ているのよね?」
「ええ、そう! そうなのよ!」
顔を明るくして肯定するダリア。アンさんは悲しげな顔になって静かに言う。
「……もう、死んでいるのに?」
「え……? そんな、はずは……生きているって聞いたわ。都にいるって……。ねぇ、姉さんも見たんでしょう?」
「らしき人影がいるという話は聞いたわ。私は見ていない」
「だったら……!」
「でも、クシェルについてはあなたの方が分かっているはずよね。最期に立ち会ったのはあなたなのだから」
「あの人はもう……いないの? 私は何を探していたの……?」
ぱらり、と指が、腕が、足が、ほどけて蔓になる。そして、ダリアの顔だけを残したそれは蔓の木と言える形になった。
「アァ……アアアアアアァーー!」
脳を揺らすような絶叫が響いた。気が狂ってしまったかのようなその声に思わず両耳を押さえつける。
「っ、来るっ!」
再び戦いが始まった。




