闘技大会2
次は3月7日の投稿を予定してます。
俺達は発表された試合グループの表を見上げた。闘技大会の参加者・参加チームが多い場合は複数をまとめて放り込み、たった一人もしくは一チームを決めるバトルロイヤル方式というものをとっている。そのため、表にはエントリーした際のチーム名がずらりと並んでいた。
「昼から開会式だったか……」
最初の試合(団体の方)はこの半日で全て終わらせるという。個人の方はその合間に行われ明日はトーナメントだ。しかし、今回は特に参加チームが多かったらしく、合計で二十ある。
……終わるのか?
「ああ。その後すぐに第一グループの戦いが始まるらしいな」
ヨシズが話した追加情報に俺は視線を左端に移した。そこに第一グループのチーム名が連なっている。
「第一グループか……」
そのトップに名があるのは『聖騎士選抜隊』だった。どうやら早速俺は彼等の戦闘を見ることが出来るようだな。まぁ、初めは乱戦が予想出来るから実力を十分に発揮した戦いになるとは限らない。
ちなみに、俺達は第九グループのところにチーム名があった。日が暮れる頃に戦い始めることになるのではないかと思っている。
「見所はやっぱり『聖騎士選抜隊』だよね」
ゼノンが表を見上げつつそう言う。俺も同じ考えだ。
「毎回優勝しているという話だからな。どこまでの力を見せてくれるか楽しみだ」
ジンが期待させるような事を言うから彼等への期待が高まっている。本当に虎道場送りになった騎士達が構成しているのだとしたら俺に負けはない…と言いたいところなのだが。今の俺の気持ちも上から目線だろう。最初は本当にそれが許されるほどの差があったのだ。
「優勝候補に対してずいぶんな言い方だな」
ヨシズは虎道場での話を聞いてはいるが実際に彼等と戦ったことはないので俺の言葉に違和感を覚えたのだろう。言葉ではきっと伝わらない。
俺は踵を返しつつ言う。
「なまじ戦ったことがあるからな」
「まぁ、油断はするなよ、シルヴァー」
ヨシズは肩をすくめると俺に続いた。そして、とりあえず芋洗い状態になった闘技場のエントランスから出て行く。開会式までむさ苦しい人混みに居たくなかったからだ。ラヴィやロウもあんな場所にいさせたくなかった。
……もっとも、開会式まであと二時間ばかりしか無かったりするのだが。
そして、昼頃になって俺達はまた闘技場へとやって来た。二時間前に負けず劣らずの人混みに俺は鼻に皺を寄せずにはいられなかった。むさい・うるさい・暑苦しい!
くぅん《シルヴァー、踏まれてはこまるから頭を借りるぞ》
「は?」
疑問を零す前に頭に小さな衝撃があり、アルが飛び乗ってきたのだと気付いた。子狼姿で俺を駆け上がったのか。器用なまねをする。だが……と俺は額を押さえる代わりにアルを押さえた。
「……おい、フェンリルだって気付かれるだろうが」
くぅん《もう別に良いのではないか? 誰も何も言ってこぬからな》
アルの言葉は『この大会で勝ってしまえばさらに誰も何も言えなくなるだろう、くっくっく……』と続いた。
腹黒い…のだろうか。いや、何となく誰にも正体に言及されないことでやさぐれているようにも感じる。実は誰かに指摘されてみたかったりするのだろうか。
しかし、それにしても不思議なことに思う。アルが度々大きさを変えているのは何となく知られているはずだ。それなのにフェンリルだと疑う者が…ここ最近はほとんどいない。箝口令というほどのものは無いはずだし、そういったものが出されるほど重い命、職ではない。奇妙な感じはある。―――だが、それを考えるのは今ではない。
「シルヴァーさん、私達も行きましょう」
「ああ、そうだな」
妙なところで立ち止まって必要以上に視線を集めていた状況から目を逸らし、俺は闘技場に踏み込む。ほどなくして開会式が始まった。観客席の内特に高い位置に大きく作られているのは王侯貴族向けのスペースだった。その一つに人影が現れる。
「皆さん、新顔の人もちらほら見えますね。初めまして、私が教皇です。此度の闘技大会も期待しています」
魔法を使っているのか、それなりに離れているというのによく通る声で彼はそう言った。俺達のような冒険者が近寄るなど到底無理だろうと思わされるほど距離があると感じる。
「しかし、若いな……」
教皇は遠目に見た限りではそこまで年齢を重ねているようには見えなかった。
「だが、シルヴァー、見た目は確かに若いが…教皇はそろそろ五十代も後半に入る年齢だったはずだぜ」
ヨシズの言葉にギョッとした俺は話し終えて背を向けた教皇へまた視線を戻した。
「それはまた…見えないな」
種族としては人の区分にいるはずだが、それにしては若々しい。そう言えば教皇の妻は獣人だという話があった。ここからでは見えないが、どんな人なのだろうな。
「開会式はどれくらい時間がかかるのかな」
「早速飽きたのか、ゼノン。アルで遊んでいたらどうだ」
そう言いながら俺は頭の上の重りをゼノンに渡した。今俺達がいる場所は闘技場でも結構中心に近い位置になっている。どの方向を見てもすぐ傍に人が居る状態なのでアルは子狼サイズから変われないのだ。だからいい玩具に出来る。
すると、ゼノンだけではなくラヴィやロウまでつつこうと意識を向けた。余程退屈だったのだろうな、と肩をすくめる。
「……とはいえ、ほどほどにな」
聞こえてくる声は試合のルールの説明に変わっていた。
【パーティ戦】
・メンバーの人数は6名まで
・武器防具魔道具は自前のもので
・殺しは厳禁というか出来ない
・魔法の使用は可能
簡単にまとめれば上記の感じになる。6名という点について、最初アルのことが不安に思ったが、大丈夫だということになっている。俺達が闘技大会に参加するように乗せた人達がねじ込んだか屁理屈をこねたかしたのだろうな。その他のルールについても人によって差が出るかもしれないとは思うが(武器防具などはその人の経済状況に左右されるだろう)、全てをひっくるめて戦えということだ。
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堅苦しい言葉は聞き流して、だらだらと続く説明には野次を飛ばし、ようやく辿り着いた開催の言葉には素直に感情を乗せた雄叫びを上げて――闘技大会が始まった。
第一グループ以外はギルド職員に追い立てられるようにして闘技場の戦闘フィールドから離れていく。その一部は観客席へ上がっており、俺達もその中に混ざっていた。
「……ん?」
「何かありましたか、シル兄さん」
ふと顔を上げて周りを見回した俺に気付いたロウがすぐに尋ねてくる。いつの間に買ったのだろうか。観戦中に食べられるようにか軽食を手渡されて素直に受け取る。だが、俺はうーんと唸りながら首を捻った。引っ掛かっているのは先程感じたものについてだ。
「少しぴりっとしたんだ。殺気みたいなのを向けられた気がする」
「この場所で、ですか? 僕は感じませんでしたが……」
俺の気のせいだろうか。すぐ近くに居るロウが気付かなかったのならば、そもそも殺気など向けられていなかったか…ピンポイントで向けられていたのか。観戦に集中したかったのに気が散ってしまった。
観客席も人が押し寄せていて騒がしい。これではどこかから見られたとしても分からないだろうな。
「まぁ、何とかなるだろう」
闘技大会のルールにある『殺しは厳禁』というものを考えると最悪のことは起こらないはずだからだ。
<さぁ! 今年も闘技大会が始まりました! まずは第一グループの戦いです>
一際騒がしくなったことで試合が始まると気付いた俺は雑念を頭から追いやってこれから始まる試合観戦に集中することにした。眼下には第一グループに振り分けられたチームが8つ、壁際に定められた自分達の位置についている。注目の聖騎士選抜隊は王侯貴族向けの席がある方面に構えていた。俺達が観戦している場所とはちょうど対角線になる。
「遠いな……」
「『聖騎士選抜隊』が? 確かに。でも、見えなくはないよね?」
わふぅ《その年でもう目が悪くなっているのか》
「誰が老眼だ、アル」
ゼノンが抱えた子狼の頬をむにむにと引っ張る。短い手足をばたつかせているが俺に届いていない。
「シル兄さん。始まりますよ」
ロウに服の裾を引かれて俺は試合場を見下ろした。ちょうど澄んだ笛の音が鳴らされ、戦いが始まったところだった。八チームのうち七チームが即座に走り出す。
聖騎士選抜隊の構える場所へ。
卑怯だとかこれも戦術か、と思う前に周囲の観客の歓声や怒声が爆発した。