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虎は旅する  作者: しまもよう
アヴェスタ教国編
177/450

統括研究所

次は2月21日の投稿を予定してます。


 転移魔術は複雑すぎて俺が使えるとは到底思えないがその便利さはとても魅力的だと思う。一瞬にして森からどこかの建物へと景色が変わったことで周りを見回しながら俺は感嘆の溜め息を吐いた。まぁ、これが一般の移動手段になることはないだろうがな。国家レベルの機密だろう。


「あっ! 教官! ……と、獣人…ですか?」


 誰かが転移してきたことに気が付いたからだろうか。様子を見に来た…恐らく騎士が一人ジンに駆け寄りつつ俺達には疑心に満ちた目を向けてくる。


「ああ、怪しい者ではない。私が保証しよう」


「まぁ、教官が言うならそうでしょうが…一応持ち物検査はさせていただきますよ。あ、もしかしてアイテムボックス持ちだったりしますか?」


「確か…三人ともそうだったような」


 視線で尋ねられたので俺は頷いてみせる。本当はあまり人に話すことではないのだが…信頼のためと考えれば致し方ない。


「俺達は三人とも一応アイテムボックスが使える」


「なるほどー…それで教官はこちらまでいらしたんですね。では、少しこちらの部屋で待っていただけますか」


 そう言って何かに納得した彼は俺達を一つの部屋に案内するとどこかへ行ってしまった。恐らく彼の上司のような存在を呼びに行ったかしたのだろう。


「ええと…ジンさん。ここは研究所、で間違いないですか?」


「ああ。街の統括研究所だ。場所は詮索してくれるな。私でも少し危うくなるからね」


 ……そんな危険を冒さずとも良かっただろうに。

 というか、ジンですら立場もしくは命が危うくなるのであれば俺達のような冒険者は言うまでもなさそうだ。口封じくらいは当然と考えられそうだな。


「ちなみに、どんなことを研究しているのかは聞いてもいいの?」


「―――もちろん、その程度は教えても構いませんよぉ」


 ジンよりも先に答えたその言葉に俺は振り向いた。何もないところから沸くかのような気配の現れ方だったが、ぎりぎり察知は出来たと思う。


「誰だ?」


「私はここの研究長、ガリと言います」


「何も所長自ら来なくとも良かったのではないか? まぁ、手間が省けていいのだがね」


「ふ…報告に来た者曰く、私が一番暇そうに見えたからのようでしたなぁ。ジン様は既に互いに知っている身でありましょう。お三方の名前を聞かせていただけますかなぁ?」


 ガリと名乗った彼は少しばかりよれている白衣を着て杖をついていた。名は体をあらわすと言って良いのか、見た目は本当に不健康な痩せぎす体型だった。研究者らしい出で立ちで気の抜ける話し方だがその眼光の鋭さは歴戦の冒険者を思わせるものだったりする。国の上層部は怖い人材がそろっているのではないだろうか。だから関わりたくはなかったんだ。


「俺はシルヴァーという。単なる冒険者だ。そしてこの二人はゼノンとラヴィーアローズで俺の仲間だ」


「ほほう。冒険者の方々ですかぁ。ジン様とはどのような関係ですかなぁ」


「少し彼等の鍛錬に付き合っているだけだ、所長。早速で悪いが本題に入ってもよろしいか」


「ああ、すみませんねぇ。ここに来たということは…判別の出来ない魔獣でもいましたか」


「いや、正直分からんのだ。今回は量が多く、私達だけでは見逃してしまいそうでな」


「……珍しいですなぁ。では、解体場へ案内しましょう」


 所長の後について俺達は研究所を歩く。研究所の廊下は無駄なものを一切許さなかったような素っ気ない姿を見せていた。


「飾りっ気がないでしょう?」


「ああ、まぁ……」


 俺の思考を見透かすように言われた言葉に少し動揺する。


「でも、研究所らしいといえば研究所らしいですよね」


「ありがとうねぇ。まぁ、飾りっ気がないだとか寂しいだとか言われ慣れているんで今更気にはしませんが」


「そう言えば、結局聞いていなかったのだがここではどのようなことを研究しているんだ?」


「基本的にはこの国の周辺の魔獣の動向になりますなぁ。森際の魔獣研究所なんかは今てんてこ舞いしていますよぉ。その忙しさが近日中にこの研究所にやってくるんだろうねぇ。聞いた話だと最近はどこも異変が続いているようで。冒険者の方々なら身を以て知っているのではないですかな? おや、そういえば確かお三方は冒険者だとか言っていましたねぇ。……これは話の聞きがいのある……」


「ガリ所長。流石に長時間の拘束は許可できない」


「ジン様がそう言うのであれば諦めますかねぇ……」


 分かりやすく肩を落として落ち込んだ彼に対して少し申し訳ない気持ちも沸いたが話を聞く…話すためだけに何時間も拘束されるというのは俺の精神的に辛い物がある。


「あ、所長! ここの部屋を使いますか?」


 すぐ近くの扉が開き、現れたのは所長よりは健康的に見える研究員だった。その白衣を見て俺達は息を飲む。赤かったからだ。

 だが、所長やジンは全く動揺していなかったりする。何故だ。


「もちろん、使えるようになっているよねぇ?」


「は、はいっ! ちゃんと片付けてあります!」


「ああ、応援に数人暇そうな人を呼んできてもらえるかなぁ?」


「分かりました! 呼びに行くので…失礼します!」


 研究員が去ってから所長は扉の向こうをちらりと覗くと頷いた。


「うん、問題はなさそうだねぇ。ジン様、そして冒険者の方々、この部屋が解体場所になりますよぉ」


 ……解体場所。だから先程の研究員は赤かったのか。何らかの作業で血が付いたのだろう。

 扉の向こうが殺害現場になっていたとかではなくて良かったと言うべきか。しかし明らかに血と分かる赤に包まれながら良い笑顔を浮かべていたあの研究員に恐怖の感情が浮かんだのは俺の精神が弱いからではないはずだ。


「それでは皇領の魔獣を出していってもらえますかなぁ? 時間があればデータにまとめるところも手伝っていただけると助かりますがねぇ……」


「私はそこのシルヴァーの鍛練に付き合うという約束がある。……つまり、シルヴァー次第になるわけだが、どうする?」


 ジンにそう尋ねられて俺はアイテムボックスから魔獣を取り出しつつ考え込んだ。俺のもともとの目的は闘技大会に向けた鍛練だ。魔獣の調査ではない。


「俺個人としては鍛練に向かいたいところだが……狩って来たものの量を考えると…手伝った方がいいのではないか?」


「ああ、そうですねぇ…まぁ、私たちも慣れているのでそこまで心配されずともいいと思いますよぉ」


 ……という所長の言葉は残念ながらすぐに撤回されることになった。


「うわぁ…何ですかこの魔獣の山!」


「まぁ、驚くよねぇ。私たちだけでは無理だよねぇ」


「当たり前ですって!」


 手伝いにやって来た研究員達が魔獣の数に引いていた。


「流石にこれは多すぎるので手伝ってもらいますよぉ」


 部屋を埋めるほどではなかったがおよそ3分の2は埋め尽くされてしまった状況を見て所長は俺の肩をガシッと掴んでそう言ってくる。


「そうなると思ったわ……あ、これで私の方は終わり」


「こっちも終わりー」


「俺の方はもう少しある」


 ラヴィとゼノンが同じタイミングで終わりを宣言したが俺の方にはまだ何体か大物が残っていたので黙々と並べた。


「よし、終わりだ」


「壮観だな……少し狩りすぎたか。これは今日の奴等にとって楽になってしまったかもしれぬな」


 この魔獣の山を見て真っ先に考えることがそれなのか…と俺は脱力する。教官根性とでも言えば良いか。


「ジンも当然手伝ってくれるよねぇ?」


「もちろん。私もあれの原因の一端を担っているのでな」


 狩りすぎて解体にも駆り出される。これは俺達にとっては割とよくあることになるのだが、絶対に普通の冒険者ではありえない。そろそろ解体が追いつかないほど狩るのは控えるべきか、と思うわけだが…魔獣の方から寄ってくるのだから仕方ないよな?


「ガリ研究長。こうして魔獣を解体しているわけだが、これだけでも何か分かることはあるのか?」


「ええ。ありますよぉ。時間あたりの遭遇率から考えて、やっぱり全体的な数の増加があると思われますねぇ」


「スタンピードか……」


「普段冒険者の侵入を許さない皇領だからこそ分かることですねぇ」


 普通の森は闘技大会のためにやって来た冒険者などが狩を行っているため目立った増加はなく、むしろ普段よりも安全だろうと言われた。俺達は普段よりも危険な場所に行っていたのか。

 ……待てよ。最近の鍛練前の手合わせで俺は崖っぷちの騎士達を倒してきたわけだが、彼等は毎度毎度皇領に放置されているのではないか。危険だと思われるあの森に。

 つい俺はジンの方を見てしまう。


「どうした、シルヴァー」


「……いや、何でもない」


 彼は案外鬼教官なのかもしれないな。



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