虎道場での生活2
次は2月14日の投稿を予定してます。が、あまり余裕がないので投稿出来るか分かりません。
シュン…と俺の背後に何かが立つ気配がした。それについては驚くことなく、俺は一歩下がる。
「シル兄ちゃん、ちゃんとたどり着いてたね」
現れたのは人を一人担いだゼノンだ。他の誰かだったらさすがに驚がな。
「ああ、まぁな」
「はっはっは。ゼノンよ、流石に転移魔術で別の場所へ飛ぶことはないだろう」
俺の姿を見てやけにほっとしたような顔を見せたゼノンにジンは笑う。だが、正直に言うと俺は笑えないな、と思った。ジンがあり得ないと言っていたことがまさに起こっていたからだ。
何だったんだろうな、あれは。
女神アデライデとは、ずいぶんと前から聞いている名前だが、それを姉と呼ぶ点においてよく分からなくなっている。
もう少し神話を知っておかなくてはならないのかもしれない。
「ん?」
ふと、俺達に近付く魔獣の気配を感じ取り、咄嗟に飛び退いた。ゼノンも警戒をにじませる。
シャアアアアッ!
「なんだ、蛇か……よっと」
上から落ちてきた…いや、襲ってきたのは俺の腕の長さほどの緑の斑蛇だった。地面に伸びているというか俺が落とした奴の上に蛇は落ちるところだったが、その前に頭をとらえる。
「迷彩蛇だったか? どこにでもいるな」
「確かに。野営で食料がなくなったときは重宝する蛇だな。ご丁寧にも落ちてきてくれる」
「いや、それ、襲ってくるの間違いでは。迷彩蛇の隠密性はバカにできないんだけど」
ゼノンは乾いた笑いをしている。
だがそれは隠密に重きを置くゼノンだからこその感覚だろう。
「だが、それにしては分かりやすかった気がするな」
何となくだがいつもより早くに気付けたと思う。
「ああ、それは恐らく……」
ジンは何かを知っていたらしく、俺に教えてくれようとしたのか声を出したが肝心なところを話す前に何やら戦闘の音が聞こえてきたので途切れてしまった。
だが俺も全く気にしないわけにはいかないのでそちらを警戒する。
「うおっ!?」
グルルルル……
ガサガサという音がしてさらに警戒し、腰を落としたらちょうど顔を出した熊と目が合う。魔力の気配が濃いのでおそらく魔獣だ。凶暴性が増長されているからか、躊躇無しに飛びかかられて咄嗟にそいつの顔を斬った。一瞬でに現れたカニ装備を使ったのだが、随分とスムーズに動けた気がする。最近は刀での戦闘を慣らしているからだろうか。
「シル兄ちゃん! まだ来るよ!」
「は?」
どうやらまだ休めないらしい。
ゼノンの警告を聞いた俺はこちらにやってくる魔獣を待ち構える。
……来た。
まず現れたのはネズミだ。マイルラットという魔獣で普段は群れで生活する。何故か俺達の所に現れたのは一匹だけだったが……。これは問題なく倒せた。
その後も群れでいるはずの魔獣が一匹もしくは群れと言うには少ない数匹で現れるといったことが続く。
「追われているのか?」
動物達の様子を見て俺はそう考えた。やって来る方向は基本的には同じ方向だったからだ。しかも食物連鎖の上下になるような動物達が共に逃げてくるといった事もあったからだ。
「恐らく、彼女のおかげだろう」
「彼女?」
俺はジンを見る。先程言いかけた言葉の続きだろうか。
「ああ。君の仲間だよ、シルヴァー。ラヴィーアローズさんだ。この森に生きる魔獣は魔法に耐性のあるのが多くてね。並の魔法は効かないから、実践で創意工夫をするに丁度良いのだよ。この辺りを軽く掃除しておいてくれと頼んでおいたんだ。あれらは恐らく彼女から逃げてきたはずだ」
「それなら、この先にラヴィがいるのか。俺達のことには気付いているだろうか? ゼノン、どう思う?」
「シル兄ちゃん、まず落ち着いてから動こうよ」
ゼノンに窘められて俺は深呼吸して落ち着いた。
「さぁ落ち着いた! だからラヴィの所に行くとしよう。俺も魔法の練習はしたいからな」
そう言って返事を待たずに俺は藪をかき分けて進み始める。伸びている奴等はそのままにして。まぁ、ジンが『目が覚めるまでは置物扱いされる魔術陣』を施していたから大丈夫だろう。
「いやいや絶対に落ち着けていないって。それに、流石に一人で来ているってことはないでしょ」
「しかし、逃げてきている魔獣の数からして少々違和感があるのも確かだがね」
ここで俺は本当に真面目な顔になってジンを見た。何だかんだ言ってラヴィのことは信じているから無事であるだろうと思っている。それよりも、現状が普段と違うというならば万が一の可能性が出て来てしまうのでしっかりと話を聞かなくてはならないと思ったのだ。
「普段はここまで多様な魔獣はいないとか?」
「ああ…いないというか…人前には現れない。例えその命に危機が訪れようともな。それがどうだ……」
ジンの横を兎と熊が隣り合って同じ方向へ通り過ぎていく。俺達は思わず立ち止まってその二匹を見送った。
「……流石に食物連鎖を無視するような行動は取らないと思うのだがね」
ぽつりと呟いたジンの言葉に俺はこの森の動物達の行動は異常であるのだと理解した。
「じゃあ、スタンピードかな?」
深刻な表情など一切見せずにそういったゼノンだが、内容は笑えない。
「なるほど。世界的に起こり始めているというアレか。君達には覚えがあるのかね」
「まぁ、南方諸国で酷いやつを乗り越えたな」
「ほう…近いうちに詳しく聞かせてもらおうかね」
ジンがそう話したところで俺達はサッと木の陰に隠れた。そのすぐ後を通るのは限界まで攻撃性が高められた風魔法だった。狙いはもちろんのこと、魔法の選択も目に見えにくい風を選ぶあたり容赦ない。
「危なっ!」
「え、誰っ!」
ゼノンがつい漏らした言葉にラヴィはすぐさま反応していた。
少なくとも隠れているのが人であると分かったはすなので問答無用で攻撃されることはないだろう。
そう思った俺は恐る恐る木の影から顔を出す。
「ラヴィ、俺だ。ジンさんやゼノンもいる」
「あら…なんだ……」
「驚かしてしまってすまない」
俺は少し無用心だったと反省する。戦いに没頭していれば動くもの全てが的と判断するものだろう。場所が場所だからもしそれが人だったら俺でも驚く。
「いえいえ。戦闘するときの意識に変わっていると攻撃性が高くなるのよね。大丈夫だった?」
ラヴィがちらりと見たそれを俺も眺める。どれだけの時間狩りをしていたのか分からないが、かなりの魔獣が積み上がっていた。
「魔法は避けたから問題ない。だが…あれほどの威力が必要になるほどここの魔獣は強いのか?」
「シルヴァー、先程言ったと思うがね。ここの魔獣は魔法に耐性があるんだ。無効というほどではないから……」
「なるほど、強い魔法なら通用するのか」
「強い魔法と言っても工夫次第では初級のものでも通じるわ。私の魔力量にも限界があるから、頭を使わなくてはならないけれど」
魔力操作の応用的なものだろうか。初級の魔法でも強い威力を出せるなら俺にとっても役に立ちそうだ。以前に妖精四匹にしてやられたことを考えると魔法の修練も俺に必要だろうな。
「ところで、ラヴィーアローズよ」
「はい」
「今日のところはこれくらいで終わっていい。もし倒した魔獣を持てないならその二人に任せてしまえ」
「分かりました。私のアイテムボックスは限界まで入っているので……」
ちらりと向けられた視線に俺は頷く。
「それなら、俺の方に入れておけばいい。あれくらいなら十分入るからな。解体については?」
「ジンさんに聞いて。ここって実は皇領だから国が優先なのよね」
「しかしこれだけの量だと私でも少し判断がつかぬな。手間をかけるが研究所まで持っていってくれるか?」
「研究所というと……」
「統括研究所だ。虎のアジトとはちょうど反対側になるな。さて、ここから一番近いポイントは……」
この森にはいくつか転移魔術のポイントがあるらしい。どれがどんな場所につながっているのかは知らない。ごく限られた人にしか知らされていないそうだ。ジンがいなければ俺達は自力で森を出るしかない。何日かかるか分かったものじゃないな。
しかし、今は彼がいるので俺達は転移魔術で楽に帰ることが出来そうだ。