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虎は旅する  作者: しまもよう
アヴェスタ教国編
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虎道場での生活


 今、俺の周りでは四人の男が攻撃の機会を窺っている。彼等は一応この国の騎士らしいが、騎士崩れ一歩手前なのだという。しかし、放逐するのは彼等にかけた時間諸々がもったいないので何とかして使()()()ように出来ないかとジンに依頼があったのだそうだ。ジンいわく、「彼等の根性を入れ直せ」と上から命令があり、闘技大会までに仕上げて見せなくてはならなくなってしまったということだ。


 俺はそんな彼の手伝いをすることになった。彼等と一通り戦ってジンが指導を終えた後に俺の鍛錬時間になるそうだ。逆に言えば彼等と戦い終えない限り鍛錬時間はやって来ない。この道場へやって来てから数日の内にこうして準備運動代わりに戦闘し、奴等を沈めてからようやく俺の本当の鍛錬時間がやって来るという日常を過ごしている。しかし、場合によっては手間取っている内に時間切れになってしまう。


「まぁ、これだって鍛錬になるにはなるからいいが」


 それに、俺に付き合ってくれるゼノンのおかげで俺自身の調整も進んでいる。魔法についてはラヴィと試行錯誤するのだが、流石に毎日ではなかった。


「今だっ」「やっちまえ!」

「ぶっ殺せー」「おう」


 俺が溜息交じりに呟いたのを好機とみたのか、四人が一斉に動いた。流石は同じ組織に所属していると言えば良いか、彼等の動きは実に息の合ったものだった。


 だが、まだ甘いな。


 隙を見せたと言えばそうなのだが、それはわざとだった。あまり膠着状態が続いても困るからな。


「しかし……何故毎回毎回同じように掛かってくる!?」


 工夫をしろ、工夫を。それと、騎士にあるまじき言葉を使うな。

 そう思いながら俺は借りた木刀を振るい、正面から向かってきた奴の攻撃を流すとその脇腹を蹴り飛ばして包囲から抜け出した。そしてすぐさま反転し、互いに衝突して転んでいる残り三人の頭を木刀でぽくぽくぽくと叩く。


「これで何回目だ。まったく……分かりやすい隙はわざとだ。同じように掛かっていっては対応されるに決まっているだろうが」


「全く以てその通りだな。ご苦労だった、シルヴァー」


「ああ、ジンさんか……この短時間で()まで?」


 俺は振り返って部屋の入口に顔を向けた。とついでにゼノンは俺がここまでで対戦して下してきた野郎共をどこぞへ連れて行っていたのだ。外だとしか聞いていないが……一体ドコまで行ったのだろうな。


「ああ、安全対策を施した上で少し街の外へ放り出して来たところだ。まぁ、黄昏の恐ろしさは散々言い含めてあるから彼等も真剣になるだろうね。追加で四人か……今日は一人も合格がでないとは、ね」


 これは大変だ、とジンは溜め息を吐きつつ二人を担いだ。

 ジンの方針では戦っているうちに改善が見られたら復帰を許すらしい。この彼等にとって地獄の戦闘合宿からも離れることが出来ると。


「あ、シル兄ちゃんも一人持って行ってよ」


「ああ」


 俺は一人を担ぎ上げてジンの後を付いていく。外へ運んでいったのだということは知っているが外のどこなのかは聞いていなかった。


「君にはほとんどずっと戦わせてしまったから今日、彼等をどこに放り出したか知らないか」


「ええと……まぁ、そうだな。やっぱりどこか外の方なのか?」


「ああ、リディ様に作っていただいた魔術陣があるのだよ。今日は前回よりも少し深い場所になる。飛んですぐに魔獣に襲われるかもしれないから注意しておくように」


 それを聞いて俺はげんなりとする。流石の俺もそれを聞いて喜べなかった。今日は戦い通しだったので少し疲れているからでもある。だから、『リディ様に作っていただいた魔術陣』という言葉の意味を深く考えなかった。


「魔獣についてはゼノンがいるし、大丈夫か」


「そこで人任せ!?」


「別に、問題ないだろう? 仲間の実力程度はもう見誤ることなくなったはずだ。というか、出会った当初の実力でも何とかなるのではないか?」


 外といってもこの街の近郊だろう。そう大した敵はいないはずだ。


「シルヴァー。私は『深い場所』と言ったはずだがね」


「あ、ああ……そうだった、な?」


 ジンが笑いを含みながら肩越しに俺の方を振り返った。わざわざ強調した意味がわからず、戸惑う。

 深いといっても街の近郊であればたかが知れていると思うのだが……。


「たぶんビックリするよ」


 俺の様子を見てゼノンはにやにやし始めた。少し嫌な予感がする。


「さて、この部屋だ」


 片手の空いているゼノンが扉を開ける。その先は家具も何もないがらんどうの部屋だった。

 いや、よく見れば床に魔術陣がある。非常に細かい曲線や直線で模様が描かれており、パッと見るだけで素人でも恐ろしく手の込んだ術だと分かる。


「これ、作ったのって……」


「リディ様だ。あまり詮索はしてくれるな。まぁ、向こうからやって来た場合は別に構わぬがね」


 ジンはそのまま無造作に魔術陣の中央へと進んだ。


「ああ、シルヴァー。魔術陣の起動のさせ方は知っているかね」


「それは、まぁ……」


 学院で学んだことだ。一応まだ覚えている。魔術陣の模様に沿って魔力を流すだけだから簡単なものだろう。


 ……というのは単純な魔術陣に限られていたりするのだが。



「なら、普通より強めに魔力を流して私の後に続くように。行き先は指定済みだから気にしないで構わない」


 そう言うと彼はシュン……と青い光になった。


「転移魔術か……え、ちょっと待て、こんなもの普通作れないだろう? 使えないだろう?」


 俺は起動のさせ方は知っていると言ったが、起動させられるとは言っていない。


「はいはい、混乱するのは後で出来るから、早く行って、シル兄ちゃん」


 誰も説明してくれない。俺を混乱させて楽しいか?

 まぁ、確かに混乱するのは後でも出来るな。

 ふぅ……と息を吐いて気持ちを落ち着かせる。

 こんな状態ではジンが忠告するほどの場所へ行ったとき情けない様を見せることになりそうだからな。

 そもそも行けるかわからなくなっていることには目を瞑る。ゼノンは出来るようだし、俺ができないということはないだろう。


「では、行くか……」


 普段よりも緊張した面持ちで俺は魔術陣に踏み込む。この模様に沿って魔力を流すことで発動するのだ。少しでもずれたら成功しない。

 しかし……ここまで精密な魔術陣を作るというのもすごいことだが、その起動が出来る人は少ないのではないだろうか。細かいからこそ多くの魔力が持っていかれる上にかなりの魔力操作能力も要求される。


「こう……だな」


 そしてようやく魔力を通せたとき、俺も光となった。




 ……? これが、森の奥なのか?


 体の中身が浮くような不可解な感覚の後、俺が目にしたのは不思議な輝きを持った花が広がる幻想的な場所だった。それらは風に揺れる度に微妙に色を変えている。赤系統、青系統、黄色系統の三種類に分けられるだろうか。


「何の花だ、これ」


 俺は虎時代も、人になってからもこのような花を見たことがなかった。


『私の夢に迷い混んできたのは誰……?』


 しゃがみこみ、花を観察している俺の後ろから声がした。


「誰だ!」


 俺の後ろに無防備に立っていたのは線の細い、美しい女性だった。特徴的なのは瞳の奥に白い炎が揺らめいていたことだろうか。その美貌も相俟って一度見たら忘れられないだろう。

 似たような顔を見た記憶がある。

 俺は警戒心を忘れて思考する。一体どこで見た?


「……え……どこかで、会ったことがある?」


『私には……あなたと会った記憶はないわ……。だとしたら、あなたが会ったのはアデライド姉様かしら。私たち、目を除けばそっくりなのよ』


「アデライド……女神の……?」


 いや、流石にそれは信じられないが……。ヘヴン関係だったことを考えるとあり得ないことでも1%の可能性は出てくる。


『あら……あなたは姉様の庭の子なのね。それなら、ここにいるのは危険だわ。私は姉の全てを拒絶してしまったから』


「一体どういう……」


『……私は目覚めるつもりがないの。私の夢に姉の子はいらないわ。戻してあげるから、私のことは内密にね』


 この場所は一体どこなのか、彼女は一体何者なのか。尋ねて、答えを得る間もなく俺は花畑を離れることになった。何かに引っ張られるように遠ざかる。そして、視界は黒く染まった。



「少し遅かったな、シルヴァー」


 次に目を開いたとき俺の目の前にはジンがいた。そして、ふと肩の重みに気付く。そういえば、一人担いでいたのだった。あの場所では全く感じなかったことを考えると俺だけあの空間に飛んでいたのか。


「どうした? 転移は初めてだったか。それで戸惑っているのかね」


「ああ、いや……まぁ、驚いた」


 花畑から見てわかるほどの深い森へ来ていたこと、ジンの背後に倒された魔獣の山が出来上がっていることとか、な。


 とりあえず、色々考えるのは後にする。そしていつ魔獣に襲われても応戦できるように肩の荷物は地面に落とした。


「ヴッ……」


 無意識にか呻き声が上がったが黙殺する。



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