長い一日3
次は一週飛ばして1月31日の投稿を予定してます。
視線が合ったということは俺の存在を向こうも認めたということだ。俺の挑戦も認められたと判断していいだろう。
……いいはずだ。
「よし、これで最後だな」
まだやる気を見せて襲いかかってきた野郎がまた一人投げ飛ばされて沈む。そいつが最後だった。
俺はくるりと回って相対した。
「俺はシルヴァー。普通の冒険者だが…ここの道場主に用があって今日はここまで来た」
「私はジン。ジン・エヴァンスと申す。君はどうやら彼等とは別口のようだね。どうりで……。ああ、ちなみに私は別にここの道場主という訳ではない。彼の知り合いではあるがね」
ジンと名乗った彼は壁際で倒れている奴等を見ながらそう言った。話していて分かるが、非常にまともな御仁だ。貴族として過ごしているからでもあるのだろうが、非常に堂々とした佇まいといい、いろいろな意味で強いと感じさせるので、俺は緩みそうになる口を引き締めるのが大変だった。
「へぇ。そうなのか」
俺はジンという名前を聞いた時点で彼が道場主ではないと気付いていたので気のない返答になってしまった。そして、その上でゆっくりと身構える。
そんな俺を見ても眉をぴくりと動かしただけで特に気にした様子もない。
「……我々は敵でもないのだし、戦う道理はないはずだがね」
「俺が戦ってみたいだけだ。それに、この道場に出入りしている冒険者…いや、元冒険者か。そのジンさんとは仕合ってみることを勧められているからな」
虎人族の里長が言ったことは忘れていない。というかもう思い出している。
『ジンという名の元冒険者が出入りしているはずじゃ。あいつはもう全盛期の時ほど強くはないだろうが、それでも実力者のうちに数えられるやつでな。一度仕合ってみると良い』
と、確かそう言ったのだ。
俺の言葉にジンは顎に軽く手を当てて少し考え込む様子を見せた。
「ふむ…私のことを指していそうだな」
「ああ、俺もそう思っている。……そういえば俺にそれを教えてくれた長は虎人族でザックという名前だが…聞き覚えはあるか?」
「……なるほど。私がかつて共に旅をした仲間だ。なるほど、なるほど」
心底納得したように彼はそう言うと鋭い視線を俺に向けてきた。先程までとは一転して恐ろしい気迫を纏ったその姿に俺は笑う。
「っ!」
最初に動いたのは俺だった。まずは素直に殴りかかっていく。
だが、彼はあっさりと俺の攻撃を受け止めた。その上で体を捻って俺を投げ飛ばそうとしてくるが…素直にやられるつもりはなかった。
「……あいつが推すわけだ」
俺の繰り出す攻撃にジンは楽しげにそう呟きながら微笑みを浮かべて応戦する。その余裕のある様子に我知らず焦りが浮かぶ。
「ははっ…ここまでとは思わなかったな。何者だ、ジンさん」
「君が冒険者だというならば……Aランクだったと言えば分かるのではないかな?」
分かると言えば分かる。単純に言えば今の俺より一つ上のランクであるということだ。だが、Aランク以上の認定はひどく厳しい基準が設けられている。AとBではその実力は一段階以上離れていると言われるほどだ。
「Aランクは化け物か……」
俺は攻撃しながらも感嘆の溜め息を吐く。
手も足も使っているが簡単にいなされてしまう。不意をついた(はずの)攻撃も適切に対応される。どうしようもない。
「それは私も常々思っているよ」
「嘘をつけ…と言いたいが、本気で言っているようだな……。俺はまだ上を目指せるということかっ」
そんな彼に本気を出させることができない俺はまだまだだということだろう。
話しながら足払いを掛けようとするが、びくともしない。おそらく、身体強化は使わせることが出来たはずだ。だが、それだけとも言える。
「……私としては今の君も良い線をいっていると思うがね。本来の攻撃が出来れば私でも危なかったはずだ」
本来の攻撃……?
俺は眉をひそめてジンから少し距離をとった。
「俺が最も慣れ親しんでいるのはこのスタイルだが? もちろん、屋外であれば魔法も使うが……」
どうもそのことを言っているようではなかった。
「うーん…無自覚なのか? なら、少し本気を見せてあげよう」
「はっ!?」
取った距離が一瞬で詰められ、狼狽える。だが、咄嗟に体が動いて避けることが出来た。普通ならば俺は好機と見て接近戦に持ち込むのだが…なぜか少しの余裕を取るように動いてしまう。
一体何なんだ……。
だが、俺はこの距離を知っていた。
「刀の分、か……」
それが分かったと同時に引き倒され、首筋に手を当てられる。
刀が出てくる前に完全に負けてしまったようだ。
「ご名答。今の君は剣士として真価を発揮する距離感を持っている。接近戦も悪くないが、それは最終手段だ」
「剣士……か」
俺はジンの手を借りて起き上がりつつ呟く。
刀はある。カニ装備のあの二刀だ。
「不服か? それとも、剣を持っていなかったりするのかね」
「いや、剣…というか刀を持っている。ただ、まだ使いこなせていない」
闘技大会までに少しでもましにするのが一応の目標だ。
「なるほど。それならこの道場で鍛練を積めば良いのではないかね。君は中々の逸材だ。時間の許す限りは君の鍛練に付き合っても良いと思う程度には、ね」
「それはありがたいが…そこまで余裕はあるのか?」
「問題ないだろう。君はいつまでこの街に?」
「闘技大会が終わるまでだな」
俺がそう言うとジンはやはり…と頷いた。
「ちょうど良い。私もそれまでは何度かこの道場に来れるはずだ。まずは明日、互いに武器を持って戦ってみようか」
「おい、ジン! 何を勝手に決めてんだ!?」
さくっと次の予定が決められた次の瞬間、ツッコミが入った。
俺とジンは揃ってそちらを向く。
「あ、カイル…と……」
「ルトスだ。若いの」
この部屋の入り口に虎のアジト(廃墟の方)にいたカイルと眼光鋭く睨んでくる御老体がいた。
「ルトス。別に構わないだろう」
一歩前に出たジンはルトスの拳を止めていた。視線が合った後の一瞬で御老体は俺に殴りかかってきていたようだ。
「宮仕えであるお前がここを利用するのは構わん。だが、そこの若いのは別だ!」
ビシッと指さされた俺はジンの後ろで頬を掻く。虎人族嫌いもかくやという剣幕には思うところがあったのだが、ジンに庇われている現状では何を言っても意味が無い気がした。
「いくら虎人族だとはいえ、そうカリカリすることはないだろう。彼は君が危惧しているような存在ではない」
「それはお前の主観だろう。こちらはこちらで篩にかけさせてもらう!」
「彼については私が保証しよう。そんなおおそれたことをするような人物ではないとね」
「例えジンの保証があろうとも……ん? そういえば、今回は……」
何かに気付いたかのように動きを止めるとルトスは拳を引いた。
「ジン。この道場で倒れている彼等は…騎士、か?」
「ああ、そのことか。『崖っぷちの』とつくが、一応騎士だ。知っていると思うが、私は闘技大会までの間に彼等の根性を入れ直さなくてはならない」
「それはこちらにも期待されていることだな……で、そこの若いのは」
「俺は冒険者のシルヴァーだ」
内心ではいつ殴りかかってくるかとびくびくしていたが、態度には出さずにいつものように自己紹介する。
「ほう。冒険者、か。古巣を懐かしんだか? ジン」
「それに近い感情は持っているがね……。単純に彼が上を目指せる人物だと感じたから教官としての血が騒いだというだけだ」
「……はぁ、お前が保証するなら認めよう。案外役に立つかもしれん」
二人だけに通じるような話をした後、どうやら結論が出たらしい。
「シルヴァー。私は可能な限り闘技大会までの間君の鍛錬に付き合おう」
「その代わり」
ジンの言葉を継ぐようにしてルトスが睨みながら言う。
「騎士達の鍛え直し、というジンの手伝いをしてもらう」
どうもそういうことになったらしい。




